第17話 断章

西の国境線を挟んで人間界側の最前線、その宿営地の外れに突如眩い光が出現した。

光が収まり姿を現した勇者は、怒りのまま地面に拳を叩きつける。


「くそがぁっ! 俺は人間界で一番強い、その中でもさらに選ばれた勇者なんだよぉ……その俺をコケにしやがって、絶対に許さねぇぞぉ……!」


 何度も何度も、固く握った拳を打ち下ろす。その顔は、怒りと屈辱と羞恥でどす黒く張り詰めていた。


「俺が一番だっ……今までずっとそうだったんだよ」


 拳を地面に打ち付ける。


「俺より強い奴なんていない……いちゃダメなんだよ……っ!」


 再び打ち付ける。


「誰よりも強い……それが俺のはずだぁ…………力が全て、なんだよ……っ!」


 勇者は拳が血を流しても振るい続けた。その目に狂気のような色が浮かぶ。


 勇者は自分自身をその力で肯定してきた。それは彼が一番でいられるうちは絶対的なアイデンティティであったが、一度他者の力によって否定されればあっけなく崩れ去ってしまうものであった。

 それは彼が始めて味わった挫折、葛藤であった。


「…………俺はっ、弱いのか……?」


 違う、違うと言ってくれ。


 この時宙に放たれた彼の言葉は誰に向けたものであったのだろうか。


 それはわからないが、この呟きのような、願いのような言葉を、確かに拾い上げた者がいた。


「あなたは強い。そしてもっと強くなれる」


 そう言って勇者に手を差し伸べたのは、かっちりとした服に身を包んだ七三分けの男であった。

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