第15話 二章 倒した勇者が弱いくせにしつこくて困っているのだが(9)
「はあああああ‼︎」
勇者の繰り出す斬撃が容赦なくメイアを襲う。
燃え盛る炎を照り返し閃くそれを、メイアは剣尖でいなし、受け流して勢いを削ぎ、時に真っ向から受け止める。
「どうしたぁ! 防戦一方じゃねぇか!」
勇者は常人の目なら追いつけぬ程の速さで連撃を叩き込む。
一撃目を受け、二撃目を弾いたメイアはバランスを僅かに崩した。すかさずメイアの首筋に向けて放たれた突きを、上体を捻りながら辛うじて剣の柄で軌道をずらす。そのまま上体を起こす反動で斬り上げるも、勇者は苦もなく飛びすさって回避する。
「なんだぁ、この程度かよ? 魔王って言っても大したことねぇなぁ」
「その割にいまいち決め手に欠けているようだが? わたしはまだ一撃も食らってはいないぞ」
「――っ、いつまで余裕ぶっていられるかなっ」
再び間合いを詰め斬り結ぶ二人。
息つく間もなく繰り出される勇者の剣を、メイアは絶妙な体さばきと剣尖でいなす。
刃がぶつかり、擦れる度に火花が散る。
両者の実力は、今のところ拮抗しているようであった。
「おい! 元魔王を一人で戦わせて大丈夫なのか⁉︎ あいつ――勇者はめちゃくちゃ強いぞ!」
水魔法で火を鎮めているルシエに、自称勇者が駆け寄ってきて尋ねた。
ルシエは片眉をく、と持ち上げて怪訝な表情を作る。
「どうして貴方がメイア様の心配をするのですか?」
「えっ、いや心配というか……うーん…………あ、そうっ、俺が倒す前にやられたら困るから! 獲物を横取りされたらたまらん!」
自称勇者はあたふたして、それから思いついたように手を打った。ルシエはため息一つ。そしてメイアと勇者が戦っている方へ一度視線を向ける。
「メイア様が倒されることなどありません。貴方もメイア様に言われたことに集中してください」
話し合いは終わりだというようにルシエは目の前の火を消すのに集中する。
「お、おう……」
頷いてその場を離れようとした自称勇者だったが、
「いや、待て! そもそもなんで俺たちがお前たちの指図を受けなきゃならないんだ?」
今更な抗議であった。
「うるさい! 早くしなさい!」
ルシエが怖い顔を見せると自称勇者は無言で頷いて走り去る。
「はぁ――メイア様、どうかもう少しだけ辛抱していてくださいね……」
ルシエは先程目に映ったメイアの表情が気にかかっていた。
その顔は癇癪が爆発する寸前のように、物凄くイライラしている様子だった。
ルシエの心配は見事に的中していた。
勇者と剣で渡り合うメイアの鬱憤は最高潮に達しようという頃合いであった。
(確かにこいつは強い。さすが本物の勇者といったところだ。このまま剣で戦っていても勝てるかどうかわからない)
メイアは勇者の怒涛の三連突きをかわし、間合いを取る。
が、間髪入れず一足飛びに間合いを詰めた勇者は横薙ぎに鋭く斬りつける。
(ああぁぁぁ、もう! 粘っこい戦い方だなぁ! こいつ絶対モテないだろ!)
メイアは心の中で勇者を中傷した。まったく謂れのないものであったが、それだけイライラしていたのである。
(そもそもわたしは剣は得意じゃないんだよ。魔王職の必須スキル欄に剣技があったから練習しただけなんだから! というか、剣技が必須な理由が初代魔王と勇者の戦いが剣で行われたからって理由が納得いかないのだ! わたしと関係ないだろ、初代! 墓参りすらしたことないわ!)
メイアの怒りは歴史の遥か彼方、初代魔王にまで及んだ。完全にとばっちりであった。
「どうしたぁ! 動きが鈍くなってきてるぜぇ!」
(いちいちうるせええぇぇぇ!)
今のメイアは太陽が東から昇ることにすら怒れる心持ちであった。
(今なら世界を灰燼に帰すのも悪くないと思える)
胸中で恐ろしい算段を温め始めるメイア。
そんなことを思っている間も勇者の攻撃は休むことなく浴びせられる。
全ての攻撃をいなしては弾き、勇者のどてっ腹に一蹴を入れるも、腕でブロックされる。
「泥仕合じみてきたなぁ」
「…………」
メイアは無言。口を開けば爆発しそうであった。癇癪が。
「そろそろ決着付けようぜっ――!」
そう言って勇者は跳躍する。
(まったく同意見だ。腹立たしい)
メイアが勇者の剣を受けようとしたその時。
近くで燃え盛る木材が爆ぜ、火の粉が飛び散った。
それはメイアの顔にも降りかかり、一瞬視界を奪う。
その隙を勇者が見逃すはずもなかった。
不明瞭なメイアの視界の中で、勇者の剣尖が弧を描くように閃く。
直後、メイアの両手に痺れるような衝撃が走り、手の中が軽くなった。そしてあっ、と言う間もなく剣の側面で叩きつけられ、メイアは膝を折る。少し離れたところからメイアの剣が地面に突き刺さる音が聞こえた。
「どうやら勝負あったようだなぁ」
頭上から降り注ぐ、勝ち誇った勇者の声。
「……ふっ」
うなだれたメイアの口から吐息のようなものが零れる。
元魔王メイア。この数百年誰かの前で膝を屈するなど、靴紐を結ぶ時以外ではあり得なかった。その顔に浮かぶ表情は――
(世界よ、滅べ)
完全にキレていた。
「ははっ、魔王が地べたに這いつくばっていやがる。『深紅の炎』なんて大層な二つ名が泣くぜぇ!」
ぶちり、と草の根を引きちぎるような音がメイアの額から聞こえた。血管がぶち切れる程の怒りであった。
そんなメイアに「冷静になれ」とでも言うように、近くで燃え盛っていた炎が水で包まれる。ばしゅっ、と蒸気を上げて火が消えると、「メイア様ー!」と、ルシエが息せき切って駆け寄ってきた。どうやら全ての消火活動が終わったようであった。
メイアははっとして、それから唇の端を吊り上げる。
「ルシエ! わたしとこいつの周りに障壁魔法を張れ! 今すぐだ!」
「御意に!」
飛んできた下知に、ルシエは従順に従う。というよりも、まだ指示を飛ばせる程の理性が残っていて良かった、と安堵していた。癇癪持ちの主人を持つと、侍女は苦労するのである。
ルシエが中空に手をかざすと、一瞬空気が揺らめき密度の異なった層が出現する。
「ご苦労!」
メイアが慇懃に言葉を吐くと同時に、彼女を中心として凄まじい量の炎と熱波が噴き出した。
突然の事態に怪訝そうに成り行きを見守っていた勇者は、虚を突かれて後ろへ吹き飛ばされる。
「悪かったな、勇者よ。確かに今までのわたしの戦いはその二つ名に相応しくなかったな」
腕や足、その華奢な体中に轟々と炎を纏い、メイアは立ち上がる。
先程の火事よりも激しく捲き上がる炎は、ルシエの張った障壁によって村には届かない。メイアはこの時をひたすら待っていたのだ。周りへの被害を気にせず、全力を振るえるこの時を。
彼女の深紅の髪が、それ自体が一つの炎であるかのように艶やかに揺らめいた。
「お詫びに今から見せてやろう。『深紅の炎』の、その真の力を!」
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