第13話 二章 倒した勇者が弱いくせにしつこくて困っているのだが(7)
「おいっ、ちょっと待て魔王! ……ねえちょっと! ……あの、ほんと待ってくださいお願いします!」
「――ええい、ついてくるな鬱陶しい!」
無免許の自称勇者を倒した(?)メイアたちは村へと帰るために来た道を辿っていた。
しかし後ろからは倒したはず自称勇者の一行が追い縋ってくる。メイアは最初は無視していたが、しまいには半べそをかき始めたので仕方なく振り返った。
「……まだ、何か用があるのか?」
「まだも何も俺は魔王を倒しに来たんだって!」
「魔王を倒すのはちゃんと免許を持っている勇者の仕事だから、お前は帰って炊事洗濯の練習でもしていろ」
「なんだその言い草は! ひどいぞ!」
「ひどいのはお前の生活力のなさだ。そんなんだとそのうち数少ない友達にも愛想を尽かされるぞ」
「余計なお世話だよ! 魔王のくせに真っ当な助言とかするな!」
「あとわたしは元魔王だと何度言えばわかるのだ? 魔王を倒したいのならなおさらこんなところでわたしにつきまとうのは無駄というものだ」
メイアは再び背を向けて歩き出す。
「それもそうなんだが……」
歯切れの悪そうな自称勇者の声に、肩越しにちらりと視線を送る。
「どうした? 何か思うところがありそうな言い草だな」
「いや……魔王って普通は魔王城にいるんだろう?」
「当たり前だな」
メイアは眉をひそめる。
「……そして魔王城に行くには魔界を突っ切っていく必要があるだろう?」
「まあ、魔王城のある王都は中央部に位置しているからな」
「道中には魔王軍の砦もあるし、凶悪な魔物だっているだろう」
「つまり?」
「つまり俺の実力じゃ魔王城に辿り着く前に死ぬ!」
自称勇者はいっそ清々しく言い切った。
「ダメな方向にすごい自信だな……そんな奴が魔王を倒すとかなおさら無理だろう」
「いや、でも接触さえできれば、ビギナーズラックとか、奇跡的な偶然とか、とにかくワンチャンくらいならあるかな、と思って」
「いや、ない」
メイアはすげなく言った。
「……とにかく! そんな折に魔王が魔界の南端にいるとの情報を手に入れて、さらに都合よくそこまでほぼノーリスクで行ける坑道のルートの情報まで手に入ったんだ。俺には、神が俺に魔王を倒せ、と言っている気がした」
自称勇者はぐっと拳を握り締めた。
「こいつ幻聴が聞こえているらしいから誰か医者にでも連れて行ってやったらどうだ」
メイアは自称勇者の仲間たちに提案した。
「おい! 人を頭のおかしい奴みたいに言うな! 医者なんて必要ない!」
「それもそうだな。どんな名医にもバカは治せないしな」
「なんでそんなに辛辣なんだよ⁉」
自称勇者は傷ついたように抗議する。
「元魔王であるわたしにはなんのメリットもないのにわざわざ相手してやったら、それが自称勇者(無免許)だったんだぞ。しかも超弱い。辛辣にもなるだろう」
まったく迷惑なことだ、とメイアは白けた目を向けながら答えた。
「……無免許だからなんだ。勇者っていうのは、守るべきもののために強い志を持って戦う奴のことじゃないのか」
自称勇者はぽつりと、堪えきれなくなったように呟いた。その声音には、剣を構えた時に見せたのと同じ悲壮な色が滲んでいた。
メイアははっとした。
守るべきもののために戦う。
それは今は亡き父親――先先代魔王がよく言っていた言葉であった。
剣を交える運命にある魔王と勇者、だがその本質においては変わらぬ想いがある。
それさえ忘れなければ、いつか魔王と勇者はわかり合える日が来る、と。
この数百年の間にメイアでさえ忘れかけていた、その言葉を、今は勇者ですらないこの男が口にしたことに、メイアは不思議な巡り合わせのようなものを感じた。
だが男が勇者でないのと同様に、メイアももはや魔王ではなく、もし二人がわかり合えたところで大勢に影響するようなことではない、ということもメイアにはわかっていた。
この男がもう少しだけ早く、ちゃんとした勇者として魔王であったメイアの前に現れていたら。互いの志を存分に話し合い、魔界も人間界もどちらも納得のいく争いの終わらせ方を模索できたかもしれない。そんなあり得たかもしれない過去の未来を、メイアは一瞬だけ夢想した。
白昼夢のように浮かんだそれを、メイアは頭を振って追い払う。隠居した今の自分にできることなど、結局何もないのだ、と。
「結局、ここにいても無駄、魔王城には向かえない。となれば悪いことは言わん。大人しく家に帰るんだな。それが一番だろう」
メイアは自称勇者にそう告げた。自称勇者は悔しそうに唇を噛む。
「俺はまだ何も成し遂げていない。帰れるわけがない……!」
なお食い下がってくる自称勇者にメイアはため息。
「まだついてくる気なら、村の屈強な男たちにお前がわたしにひどいことをしたと言いつけるぞ」
「急に子どもみたいな作戦だな⁉︎」
「メイア様は村でとても可愛がられていますからね。そんなことを聞いたら犯人を決して許しはしないでしょう」
ルシエが横で頷いている。
「村中引き回しの上、打ち首獄門ですね」
「冤罪の上に刑が重過ぎる!」
自称勇者は刑の執行を想像したのか、小刻みに震え出した。
「本当に清々しいほど勇者に似合わない肝っ玉の小ささだな」
「あ、そろそろ村が見えてきますよ」
ルシエが指差した先、木々の切れ間から視界が開ける。
「……ん? 夕焼け……にしては早すぎないか?」
視界に映る空が橙に染まっていて、メイアは首を傾げた。そして、普段はしない匂いが空気中に漂っていることに気づく。
「メイア様! この匂い!」
ルシエが切迫した声で囁く。
「ああ、どこかが燃えている! 村に急ぐぞ!」
メイアはルシエを抱き抱えると、生い茂る木々の上まで飛翔する。
「火の手はどこだ?」
二人は素早く眼下に目を走らせる。
そこには探すまでもないほど火が燃え広がっている村の姿があった。
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