第12話 二章 倒した勇者が弱いくせにしつこくて困っているのだが(6)

「いくぞ!」

「こい!」


 ほぼ同時に踏み込んだ二人。

 勇者の突きがあやまたずにメイアの心臓めがけて飛んでくるのを、メイアは剣を大薙ぎにして弾き返した。


「っ――‼︎」


 衝撃でメイアの体勢が崩れる。第二撃に備えすぐさま立て直しながら、勇者へと視線を向けた。


「――な、いない⁉︎」


 勇者の姿は忽然と消えていた。慌ててぐるりと見回すが、いない。


「くそっ、瞬間移動、あるいは高速移動の類か!」


「メイア様、あそこです!」


 メイアがルシエの示す方に目をやると、五十メートル程離れた位置に土煙がもうもうと上がっていた。


「一瞬であの距離を移動しただと……⁉︎ どうやら今までの勇者たちとは一味違うようだな……」


 ごくり、と喉を鳴らすメイア。

 徐々に土煙が晴れていく。


(さぁ、次はどう攻めてくる?)メイアは剣の柄をぎゅっと握った。


 土煙が晴れて勇者が姿を現わす。


「ん?」


 土煙の中から現れた勇者はばったりと倒れ伏していた。


「ふっ……くっ」


 勇者は地面に横たわったまま小刻みに体を震わせている。


 メイアはすたすたと近づいていく。


「くっ…くくっ…」


 肩を震わす勇者。


「何を笑っているのだ?」


 メイアが不思議そうに尋ねると勇者は、


「――苦しんでるんだよ、この怪力女!」


 苦しんでいた。


「わたしが怪力だと」

 

 解せぬ、という表情をメイアは浮かべる。


「あのー、メイア様?」


 ルシエが言いにくそうに口を挟む。


「さっきメイア様がその男の突きを剣で弾いた時に、思いっきり吹き飛ばしてました」


「な、でもわたしもバランスを崩す程の衝撃を受けたぞ」


「……恐らくその男が想定よりも遥かに非力過ぎて、メイア様の力が空回ってしまった結果だと思います」


「いや、仮にも勇者が弱過ぎるだろう……」


「おいっ……弱い……とか言うなっ――俺はまだ……負けて、ないっ……」


 勇者は息をするのも苦しそうに言葉を吐き出した。


「虫の息じゃないか……」


 地面に横たわって蠢く勇者をメイアは気の毒に思った。


「確かに今までの勇者とは一味も二味も違いますね」


 ルシエは頷いている。


「そうだな。比べ物にならない程弱いな」


 メイアはため息を吐いた。


「ふっ、魔王よ……もう勝った気でいるのか……? こちらにはまだ、三人の仲間がいることを忘れたのか?」


 苦しげに上半身を起こして、勇者はにやり、と不敵そうに笑う。


「はっ、そうか。今までにも、勇者自身は突出しているわけではなかったが優秀な仲間を従えていたという奴もいる。お前もそういうパターンだな!」


 メイアはくるりと勇者の仲間たちに向き直り、まず一番左の男を指差した。


「お前、職業はなんだ?」


 メイアの問いかけに男はびくっとする。

「えーと、あの。自分はコックです……」


 男は申し訳なさそうに答えた。


「……なぜ勇者一行にコックがいるのだ」


 またもメイアは解せぬ、という顔をした。


「いやぁ、こいつ自分では料理できないくせに舌は肥えてるから『行動食なんて食えん』とか言うんですよ」


 男は地面に転がっている勇者を示しながら言う。


「わがままか!」


 メイアは次に隣の男に目を向ける。


「お前はどうなのだ?」


「はい、自分はクリーニング屋です」


「なぜ勇者一行にクリーニング屋がいるのだ!」


 メイアの口調が荒ぶってくる。


「いや、こいつお洒落着も普段着と一緒に洗っちゃってすぐダメにするんですよ」


 またも勇者の生活力のなさが露呈された。


「魔王討伐にお洒落着を着てくるな!」


 メイアは鼻息荒く最後の一人に向き直る。


「お前は、どうなのだ?」


「えっと、わたしはこいつの幼馴染みです」


 女はそれ以上何も語る気がないようだった。


「もはや職業ですらない!」


「でもでも、朝起こしてあげたり、お弁当を作ってあげたりするんですよ」


「そんなのは家でやれ! というかコックがいるならコックが弁当を作ればいいだろ!」


「あ、いや、自分の料理は家庭の料理ポジションなんで。お弁当は幼馴染みの担当です」


 コックは横から補足してくる。


「いらん、そんな分担! なんで四人中二人も料理に人員を割いてるんだ⁉︎ バカなのか⁉︎」


 メイアはそろそろキレそうであった。


「一人くらい戦闘職を連れてくるべきだろうが!」


 メイアの言葉に、ようやく起き上がった勇者が反応する。


「戦闘なら俺に任せろ!」


「お前が弱いから言っているんだろうが‼︎」


「あ、痛いっ、ちょ、いたたたっ!」


 メイアはきめ顔でサムズアップした勇者の指を掴むとぐっと反対側に捻ってやる。


「ほらっ、どこの世界にちょっと指を捻られたくらいで涙目になる勇者がいるんだ! 弱過ぎるだろうが!」


「いや、関節は反対側に曲がらないようにできてるから……」


 勇者は指を押さえてしゃがみ込んだ。恨めしげにメイアを睨む。


「言い訳か貴様! 弱いくせに!」


 居丈高に勇者を罵倒するメイア。

 もはやただのいじめのようであった。


「メイア様、さすがに理不尽が過ぎます」


 とうとうルシエがたしなめに入るが、メイアは口撃を緩めない。


「いや、このくらい言ってやらないとダメなのだ。だいたいなんだ、魔王を倒すとか言いながらこの人選は! 食べることばっかり考えおって、ピクニック気分か!」


「いや、この人選には深い理由がある」


 勇者は真剣な顔をメイアに向けた。


「む……いったいなんなのだ?」


「俺にはこいつらしか友達がいない!」


 そう言って勇者は胸を張る。


「自慢できるようなことかっ」


(メイア様だって友達と呼べるような人はいないのでは)


 ルシエは横で聞いていて思ったが口には出さなかった。


「ええい! さっきから聞いていれば貴様、生活力はない、友達もろくにいない、弱い、と三拍子揃ったポンコツではないか! 本当に勇者なのかも疑わしいぞ」


「な、なんてこと言うんだ。俺は正真正銘の勇者だ。この腕輪がその証!」


 勇者はそう言ってずい、と腕を見せつけてくる。確かにその腕には歴代の勇者が嵌めてきた証の腕輪があった。が、


「なんだこのチープな模造品は」


 メイアがぴしり、と指で叩くとそれはあっさり砕けて砂となり、風に運ばれていった。


「あー! 俺の一ヶ月の夜なべの成果がぁぁ……」


「やっぱり偽物じゃないか……」


 勇者(自称)は砂を捕まえようと虚しく腕を伸ばすが叶わず、やがて膝からくずおれた。


「……勇者の証である腕輪が模造品ということは」


 ルシエは目をぱちくりさせてメイアを見る。


「うむ、まさかとは思ったが」


 メイアは一つ頷くと勇者(真っ白に燃え尽きている)をびしりと指差した。


「貴様やはり勇者ではないな!」


「はうっ」


「無免許の分際で勇者を名乗るとは片腹痛い!」


「ぐはっ」


 図星をぶすぶす指され、勇者(偽者)は胸を押さえて地面に倒れ伏した。


「ふ……まったく虚しい戦いであった」


 メイアはアンニュイな表情を浮かべ、地面に横たわる勇者(無免許)の動かなくなった体を見下ろす。


「今度は教習所でちゃんと腕輪を発行してもらってから来るんだな」


 メイアはそう言って、くるりと踵を返す。

 ここに、ひとつの不毛な戦いが幕を閉じた。

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