第10話 二章 倒した勇者が弱いくせにしつこくて困っているのだが(4)
翌日、メイアとルシエは日が高いうちから村に行き、色々な人に不審者について尋ねて回った。けれど結果はいまいち振るわない。どうやらこの村には一度ふらりと現れたきり、どこかへ行ってしまったらしい。
「いないならいないで、その方がいいに決まってますわ。きっと杞憂でしたのね」
ルシエは明るく笑っていたが、メイアはその余りにもあっさりした引き際に違和感を覚えた。
「魔王を探している奴がそうそう簡単に諦めたりするのか? わざわざ魔王を探すのだ、それがちょっとした野暮用なんてことはあるまい。それなのにやけにあっさりし過ぎている……」
考え込んでしまったメイアにルシエは困ったような顔をした。
「考えたってどうしようもありませんわ。居場所を知っている人も村にはいませんでしたし――」
メイアたちは村の四つ辻で話し込んでいたのだが、ルシエの言葉尻に被さるように「不審者だー!」と叫びながら子どもたちが駆けて来た。メイアはとっさに少年を一人捕獲する。
「うわ、なんだよー」
「突然すまない。だが今不審者と言っていたな。どこかで見たのか?」
メイアの問いかけに少年は村の東側の山を指差した。
「あっちの炭坑で見た」
「あぁ、確かにそんなものがあると聞いたことがあります。もう使われていない廃坑らしいですが」
「ふむ、おあつらえ向きの場所だな」
「もしかして今から炭坑に行くのー?」
「まさか。家に帰るさ。お前たちも危ないから近づかない方がいいぞ」
メイアは少年を解放してやると、その姿が走り去るのを見送った。
「よし、じゃあ炭坑とやらに行くか」
「あら、帰るのでは?」
ルシエはとぼけたように目をくりくりさせた。メイアはため息。
「下手なことを言って子どもがついてきたら面倒だろうが。さっさと行くぞ、ルシエ」
炭坑までの道はほとんど獣道のようであった。メイアの後ろでは、歩くたびにドレープが枝や下生えに引っかかるのか、ルシエが何やらぶちぶち言っている。
「そんな動きにくそうな服を着ているからだぞ」
そう言いながらも、メイアは中空から剣を一振り出現させると邪魔そうな枝を切り落として進んで行く。
「ありがとうございます。メイア様はお優しいですねっ」
ルシエはメイアに追いすがり、にこりと笑みを向ける。
「ふん、わたしの剣を剪定バサミ代わりに使わせおって……」
憎まれ口を叩くメイアだが、その耳はほんのりと朱に染まっていたので照れ隠しであることは明白であった。
そうして二人が枝を切り、草をかき分け進むことしばらく。やがて獣道は途切れ、赤茶けた地面のひらけた場所へ出た。目の前の地面と同じ色をした山肌には木枠で補強された真っ黒い穴がぽっかりと口を開けている。
「どうやらここが坑道の入口のようだな」
持っていた剣を腰のベルトに差して坑道の入口を覗き込もうとするメイアの服の裾を、ルシエはちょっと後ろの方から引っ張る。
「あの、メイア様? もしかして中に入るんですか? 危なくないですか?」
「見たところ外には誰もいないし、中を確認するしかないだろう」
「でも、廃坑ですし……崩落したり、変なガスが発生してたりとか、ありそうじゃないですか?」
「ルシエ……」メイアは優しげな目を向ける。「怖いなら帰っていいぞ」
「こ、怖くないですよ? ただメイア様が危険な目に遭わないように、と! その一心で!」
必死に力説するルシエだったが必死過ぎて怖がっているのがバレバレであった。
「とにかく入らないことにはどうしようもないだろ。手でも握っててやろうか?」
「そ、そうですねっ。メイア様が迷子になると危ないですしっ」
「お前を心配してるんだよ!」
まったく、と呆れたようにメイアが坑道へと向き直った時であった。
ぼぅ、と真っ黒い穴の中で灯りが揺らめいた。
「ひっ、メイア様、何かいます⁉︎」
「件の不審者じゃないか? というか今『ひっ』って……」
「言ってません」
「やっぱり怖く――」
「ないです」
食い気味であった。
その灯りはだんだんとメイアたちの方へ近づいてくる。
「良かったなルシエ。中に入る手間が省けそうだぞ」
「ほっ」
「めちゃくちゃ安心してるじゃないか……」
そうこうしているうちにも灯りはどんどん近くなる。メイアとルシエは坑道の入口から少し離れて見守った。
やがて灯りが揺らめくたびにコツ、コツと足音が聞こえ、徐々にその輪郭が浮かび上がる。
「――っ、出口だ!」
歓声と共に坑道から跳び出してきたのは若い男だった。遅れてもう二人の男と一人の女が現れる。「ふー、外の空気はうまいぜ」「やっと娑婆に出られた」などと口々に喜びを露わにしている。
全員旅装ではあるが、軍の支給品などではなさそうであった。互いに労い合っている姿からは、魔王を探し出してどうこうしようなどという物々しさは感じられない。ただ一人だけ――最初に跳び出してきた男が腰に剣を帯びていなければ。
(む? あの剣どこかで……)メイアはその男の剣におぼろげながら見覚えがある気がしたが、持ち主については毛ほども心当たりがなかった。
「ん? そこにいるのは誰だ?」
声を掛けられ、メイアは注意を剣から再び人へと戻す。どうやら喜びも一段落ついて、ようやくメイアとルシエの存在に気がついたようであった。
「わたしたちはこの近くのヴェステ村の者だ。この辺りで不審な人物を見かけた者がいて、様子を見にきたのだ。そちらこそいったい何者だ? 廃坑から出てきたあたり、ただの旅行者とは思えないが」
メイアは鋭い語気で切り返す。しかし、不審者たちはなにやら地図のようなものを取り出して「ヴェステ村……どこだ?」「南の方……ここかな」「おぉ……ということは?」「つまり計算通りだ……!」などと言い合っている。
「おい! わたしを無視するな!」
ぞんざいな扱いを受けてメイアは機嫌が悪そうである。
「あぁ、すまない。少し浮かれてしまっていた」
腰に剣を帯びたリーダー格の男は素直に謝罪した。悪い奴ではなさそうだ、とメイアは判断する。しかし素性と目的がわからないことには不審なことに変わりはない。
「それで? お前たちは何者で、いったい何の目的でこんなところにいる?」
(まぁ、そう簡単に口を割るとも思えないが……その時は力ずくでも聞き出すしかあるまい……)メイアは内心物騒な算段を立てた。
ところが、メイアの予想に反して男は得意げに胸を張って答える。
「俺は勇者だ!」
「――勇者だと⁉︎」
素直に答えたこともそうだが、それ以上に予想外の答えにメイアは驚きを隠せなかった。隣でルシエも息を呑む。
「ここへ来たのは他でもない! 魔王討伐だ!」
自称勇者は高らかにそう宣言した。
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