第7話 二章 倒した勇者が弱いくせにしつこくて困っているのだが(1)


「メイア様、お茶をお淹れしましたよ」


「ああ、うん……ありがとう……」


メイアはお礼を言いつつも、差し出されたティーカップを受け取らずに俯いている。


「メイア様、最近元気がありませんね。やはり議長の言っていたことを気にされているのですか? どうか私には正直に打ち明けてください」


ルシエは議長の来訪から数日、塞ぎがちな主人を心配そうに見遣る。


「ルシエ……わかった。言いにくのだが、正直に言う」


メイアはルシエの眼差しを受け止めると、意を決したように頷いた。


「ルシエ」


「はい」


「……お茶はもういらない」


「はい。……えっ」


ルシエは呆然と手元に目を落とす。湯気を立てる液面に、呆けた自分の顔が映っていた。


「メイア様、体調でもお悪いのですか?」


恐る恐る尋ねるルシエに、メイアは手を振って否定する。


「そうじゃない。ただ飽きたのだ。もう飲めない。なんかお茶を見ると胸焼けがする」


「でもメイア様、体に良いはずのお茶が飲めないだなんて、やはりお体の具合がどこか悪いのでは――」


「ちがーーう!」


心配そうに言い募るルシエを遮るようにメイアは大声を上げた。


「ルシエ! お前はお茶を淹れ過ぎなんだよ! 朝起きたら目覚ましのお茶。朝食の前後でもお茶。午前のティータイムでももちろんお茶。昼食の前後でもお茶。午後は三回もティータイム。夕食の前後もやはりお茶。寝る前もお茶。挙げ句の果てにはリラックス効果がどうとかいって枕と布団には茶葉の香りがたっぷり! 限度があるだろ! お前はお茶の妖精か何かか⁉︎」


大声でまくし立てるメイアにルシエはきょとんとした顔を向ける。そして、


「えーっと……私のこと、妖精のように可愛いって言いました?」


照れたように頬を赤く染めた。


「どれだけ都合のいい耳をしているんだ……⁉︎」


わりと鬼気迫る表情を浮かべるメイアをこれ以上刺激しない方が良いと思ったのか、ルシエは咳払いをして真面目くさった表情を作る。


「いえ、まさかメイア様がそんなに苦しんでいたとは知らず。もっと早く言ってくだされば良かったのに」


「前にも言っただろ! それなのにお前は日々淡々とお茶を淹れ続けて! なんかお茶を淹れないと死んでしまう呪いでも掛けられているのかと思って、古文書に至るまで色々な文献を漁り考え得る全ての呪いの解呪まで試したのに! それでもお茶を出された日にはわたしは本当に気が狂いそうだったぞ!」


むきーっ、と半狂乱で頭をかきむしるメイアにルシエはこうべを垂れる。


「ご安心ください。お茶を淹れるのは趣味です」


「なお悪いわ! 完全に徒労じゃないか!」


喚き続けるメイアにルシエはため息を吐く。


「だいたいメイア様が一日中ずっと暇そうにぼーっとしてるのも悪いんですよ。だったらせめてお茶でもお出しした方がいいのかなー、と思ってのことなのですから」


「いや、だから適量であれば別にいいんだよ……」


メイアは小声で抗議した。


その言葉にルシエは目を妖しげに光らせる。それはメイアの経験則的に何か厄介なことを言い出す目であった。

 

しまった、とメイアは反論したことを後悔したが、時既に遅し。ルシエは完全にお小言モードに入ってしまった。これぞメイアが彼女をばあやと呼ぶ所以でもあったのだが。


「この際だから言いますけどね、メイア様は何か新しいことを始めるべきです。何もせずにダラダラしていたら気も塞ぐし、体にも良くありませんよ」


「いや、お茶ばっかりでうんざりしてただけで……」


「言い訳は聞きません」


「うぅ……責任転嫁だぁ……」


メイアの泣き言など耳に入らないように、ルシエはどんどん話を進めていく。


「それじゃあ明日中にメイア様は趣味でもなんでも、新しく始めること。いいですね? それができるまではお茶を――」


「出さないでくれるのか⁉︎」


茶葉を噛み潰したような渋い顔をしていたメイアが最後の言葉にパッと綻ぶ。


「――出し続けます」


ルシエの無慈悲な宣告に、メイアは一言

「……あんまりだ」と呟いて能面のような無表情になる。元魔王も、ばあや状態のルシエの前では哀れな子どものようであった。

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