第4話 世界は絆で回ってる(人海戦術)

 高校二年生の夏休み。

 彼は水泳の先生から貰ったトランジスタメガホンを自転車のカゴに入れて、プールの監視員をしに行くために、隣町へ渡る道として土手の上を走行していた。

 だが、河川敷側の土手からこちらへ登ってくる者達が――。

「やあやあ。メガホン君じゃん」

 彼の前に立ちはだかったのはヤンキー三人組だった。最近では町内でも折り紙つきのワルとして名前が挙がり初めている奴らである。

 ヤンキー達は元野球部ということもあり、野球が大好きで、毎日のように河川敷グラウンドを使って野球をしている。

「お前、良い度胸してんのな。……なめてんの?」

 実は昨日もこの場所で彼はヤンキー達に捕まっていた。

 野球グラウンドのホームベースの上に立たされたと思ったら、大量のボールを頭の先から足の先までぶつけられた。

 その為、目の周りにはパンダのように青あざが出来て、顔中は絆創膏だらけである。また、衣服に隠れて見えないが、体中のあちこちにも内出血のあざが出来ていた。

「おら、こっちこいよ。楽しい楽しい的当てゲームしようぜ」

 昨日と同じように赤シャツの上に制服を羽織ったリーダーに襟首を掴まれて、自転車から引きづり降ろされる。

 だが、必死に抵抗。彼も彼とて昨日とは違う。

「あ? おい、調子乗んな!」

 襟首を掴む手を振り払い、大事な拡声器を手に取って河川敷の方へと走り出す。

 ――そう。今日、彼には目的があった。

「ははは! あいつアホだ! 川でも泳ぐつもりかよ!」

 河川敷の丁度真ん中辺りで石につまずき、雑草の生えた地面に倒れる。

「そんなんだからイジメられんの。分かってる?」

 うつ伏せに倒れている彼の前に、金髪チャラ男がしゃがみ込む。


「……なあ、いつもよりアホみたいに人多いぞ? こいつボコったらサツ呼ばれるんじゃね?」

 紫色のジャージで身を包んだヤンキーが眉尻を下げて言った。

 紫ジャージが不安になるのも無理はない。

 東にあるサッカーグラウンドでは、二十人以上のオジサンオバサン達がブルーとグリーンのユニフォームに分かれて試合をしている。

 西の短く切り揃えられた芝生広場では、五十人以上のご婦人達が地面に寝転がり、ヨガの授業を受けている。

 南の大きな川では、二人乗りの小さなボートが五十隻以上浮かんでいて、第一回川釣りグランプリと書かれた旗を中央の大きな船が掲げている。


 通常では考えられない状況であった。

 普段と変わらないのは、北にでんと構えた緑一色の土手のみである。

 土手の上を一人の男性が走り、学生服を着た男女が一つの自転車に乗り、一人の老人がシェパードと散歩をしているだけという、三方とは打って変わって穏やかな光景だ。

「おいなんだよ。ビビってんのか? サツが来たら逃げれば良いだろ? 万が一、誰かが止めに来たらそいつもぶっ飛ばせば良いじゃねえか」

「そうかもしんねえけどよお……」

「あーごちゃごちゃうるっせえな!」

 赤シャツが先ほど同様に、彼の襟首を掴む。

「おら! 来いよ! ストライクアウト君!」

 というところで、主人公がトラメガの電源スイッチを押した。

『うわぁーん! やめてよぉー! いたいよぉー! 誰か助けてぇー!』

 

 その瞬間。

 東のオジサンオバサン達が、西のご婦人達が、南のボート群が一斉にヤンキー達へと向かって突進してきた。

 誰もが両腕と、両足を交互に高々と振り上げて、はたまたオールで大量の水しぶきを上げて

「うおおおーっ!」

 と、一様に叫び声を上げながら全力疾走してくる。

「えぇ?」

 異質な状況に、無表情となった三人のヤンキーが、短く声を漏らした。

「信! なんかやべえよ! 逃げようぜ」

「そうだな。行くぞ文」

「え? あ、おう」

 ヤンキー達は北の土手へと全力で疾走した。

「うおおおーっ!」

「はぁ!?」

 と、視界に入っている土手の全てを埋め尽くすかのように、黒い学生服を着た軍団が土手裏から現れた。

「うおおおーっ!」

 それはスポーツ観戦客の、耳の鼓膜を絶えず揺らすような大歓声に似ていた。

ざっと目算しても百人以上の学生達が、雪崩れのように土手を駆け下りてくる。

 四方から囲まれてしまい、おろおろとするヤンキー三人組。紫ジャージがポツリと言う。

「誰かが止めに来たらぶっ飛ばすんじゃねえの」

「うるせぇ!」

 赤シャツは怒鳴った。目と膝をふるふると震わせて。紫ジャージの言葉が癇に障ったのか、グルグルと両手を振り回しながら四方に向かって怒鳴り散らす。

「てめえらなんなんだよ! あぁ!? なめてんのか! ぶっとばすぞ!」

 しんと。辺りを静けさが包んだ。赤シャツの漏らす荒い息だけが皆の鼓膜を揺らしていた。

「……あぁ?」

 と、ヤンキー三人組の視界にとある物が目に入る――それはトランジスタメガホンだった。

「それでは! 皆さん! せぇーのぉ!」

 土手から駆け下りてきた学生軍団の後ろでちょこんと先端だけが見えている“それ”から声が発せられた瞬間。四方の人々が大きく息を吸い込み――吐き出した。

「うるせぇ! ぶっ殺すぞ!」

 四方から飛んだその一喝は、中心であるヤンキー達のところで大爆発を起こした。強大なエネルギーに直撃した三人は、あっという間に腰を抜かして地面に尻餅をついた。

「な、なななんだよ、お前ら」

「お前のお母さんだよ」

 西でヨガをやっていた女軍団を掻き分けて、三人の母親が現れた。

「お前らの担任だよ」

「野球部のキャプテンだよ」

「酒屋の中島と地域の皆さんだよ」

 東からサッカーのユニフォームを着た一人の担任が、北から野球部のキャプテンが、南から酒屋の中島さんが現れる。

 その誰もが、ヤンキー三人組が関わりを持つ人々であった。

「戻ってきなさい」

 ヤンキー達が呆気に取られていると、さらに東の教師陣から一人の人物が現れた。金髪チャラ男がぼそりと呟く。

「校長」

「また君のそのよく喋る口で、ぺちゃくちゃと激論を繰り広げましょう。校長室の湯呑みは今もそのままです。誰にも使わせていません」

 金髪チャラ男が口を歪めて顔を伏せた。

「信くん、文ちゃん」

 赤シャツと紫ジャージが咄嗟に声がした方に顔を向ける。

「戻ってこい」

「……お前ら」

 顔を向けた先には野球部キャプテンとマネージャーの二人が立っていた。

 後方の土手で、老人とシェパードがこちらを不思議そうに眺めていた。一陣の優しい風が吹いた。土手の芝生がそよぎ、川の水面がゆらりと揺れる。

「ワン!」

 と、シェパードが穏やかに吠えた。

「へっ」

 やがて三人は同じタイミングで笑い捨てた。それを見てとったのか、学生軍団の後方で再び黄色いトランジスタメガホンがちょこんと現れた。

「それでは! 皆さん! せぇーのぉ!」

「おかえりなさい!」

 

 

 人海戦術(じんかいせんじゅつ)


 多数の人員を次々に繰り出して、仕事を成し遂げようとするやり方。機械力などを利用せず、大勢の人を動員して物事に当たらせる方法。

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