第3話 因果応報マン(因果応報)

 最近、世間を賑わしている人物がいる。

〈朝七時のニュースです。……昨日の夕方五時頃、千葉県葛飾区の葛飾高校通学路にて、自らを“因果応報マン”と名乗る男が現れました。ビームを浴びせられた高校生の少年は「一瞬の出来事だった」と話しています。また、男は日本全国問わず出没しており、複数人での犯行として警察は調べを進めています〉

 その名も因果応報マン。

 鼻よりも下の部分だけ露出している真っ黄色のマスクに、青い左半身と、赤い右半身のタイツを着ている変質者だ。四ヶ月ほど前になるが、俺の街――千葉県船橋市にも一度出没している。

〈いやー。昨日も現れましたか因果応報マン。因果応報ビィーーム! ってやつですよねー。彼らの目的はいったいなんなんでしょう〉

〈はい。どうやら因果応報マンには特殊能力があるようなんです!〉

〈あー知ってる知ってる。言葉通り、因果応報な目に合うってやつでしょ? ビームが当たると、右腕に渦巻き状のアザが浮かび上がるんでしたっけ?〉

 奴のビームを浴びると、これまでの人生で悪い事をした回数の方が多ければ、悪い事が起こってしまうらしい。もちろん逆もしかりで、良い事をした回数の方が多ければ良い事が起きると話題になっている。

〈はい。実際に億万長者になったとか、長年想い続けていた幼馴染と結ばれたとか、感謝の声も多数上がっていたりするんですよ〉

〈素晴らしいね! ……だけど逆もあるんでしょ?〉

〈ええ。つい三日前の事件ではビームを浴びせられたと周りに話していた千葉県の男性が、その翌日に顔面と後頭部を何度も殴打されたであろう姿で亡くなられていたという事例も発生していて、事態は深刻化の一途を辿っております〉

〈感電死やら焼死体やらも見つかっているみたいじゃない? 世の中には証拠が残りにくい凶器もあるからねー。殴打というなら、カードゲームのタイトルと同じ名前の凶器があるよね〉

〈ああ、それ知ってます。袋の形状をしたものに石とかを詰めて――〉

 彼はテレビを消し、コップの中の牛乳を一気に飲み干した。

「ビームを一瞬でも当てるだけで、人を殺せるんだもんな。やっぱり凄いな因果応報マンは」と彼は黒くなった画面を見つめながら言った。

 椅子から立ち上がり、玄関脇に置いておいたカバンを肩にかける。

「あら、もう学校行くの? 靴下見つかった?」

「いんや。俺の部屋のどっかにあると思うんだけどね。暇だったら探しておいてくんない?」

「よかろう!」

 相変わらず気さくなお母様である。

 

 家の門を抜けて路上に繰り出すと、道の真ん中に見慣れたタイツ姿の男がいた。

「因果ッ!」

「え、え、もしかして……因果応報マンですか?」

 彼の顏が驚きに包まれる。

「よくぞ聞いてくれた! 私の名前は因果応報マン! 世の中の悪人を根絶する使命全うするヒーローである! 俺こそが世界を変えるシステムだ! 偽物なんかじゃない、本物だぞ?」

「そんなまさか……ほんとに本物!? 夢みたいだ!」

「現実さ!」

 男は噂通りのマスクとカラフルタイツを身に着けていた。陽の光に照らされて、タイツがテカテカしている。……本当にこいつが本物の因果応報マンなのだろうか。彼が戸惑っている間も、男はしきりに「因果ッ! 因果ッ!」と叫びながらポーズを決めている。これで胸元にカラータイマーが着いていれば完璧だった。

「あの……」と言いつつ彼は手を挙げる。彼の中で一つ気になる点があった。

 声が野太い。

「なんだよ」男は興ざめしたかのように直立する。

「いくつなんですか」

「三十五」

「ええー。ほんとに本物ですか……?」

「なに。文句あんの? 返答次第では因果るよ? 応報するよ?」

 彼は直感した。

「あ、これやべえヤツだ」と。

すかさず男が反論する。「なにがやべえんだよ。全然やばくねえよ。むしろハッピーだよ。だって本物だぜ?」

「いや、もういいです。学校遅刻しちゃうんで失礼します」

「はは。まだ朝六時半だぜ? 遅刻するわけないっしょ。嘘おつー!」

 無性に腹が立った彼は、思わず言葉を返す。「そういうあんただって、良い歳してなにやってんだよ。職業はヒーローですってか。全然カッコよくないからなそれ」

「は? ファミレスで週三回のバイトしてっから。十五年のキャリアあるから。なめんな少年」

「すいません。ほんともう失礼します」

 いい加減に呆れた彼が男の脇を通り過ぎようとすると、

「ちょいちょいちょい! 待て待てい!」

 必死に肩を掴んできた。

「なんですか」

「これだけは言わせろ! 義務だから! これヒーローとしての義務だから!」両肩をぐわんぐわん揺らされる。

「……もう! ほんとなんなんですか!」

 男は再び直立すると、片手を持ち上げてこほんと咳払いをした。

「いいか? よーく聞けよ」

「いいから早くしてください」

 黄色いマスクがぐっと目と鼻の先までやってきた。

「お前に因果応報のビームを浴びせた。今さっき見てたろ? 『因果ッ!』ってやつだよ」

 目に力を無くした彼を見て、さらに言葉を続ける。「これは決して嘘じゃねえ。俺は至って正常だ。クスリだってキメたことねえし、イカレてなんかいねえ」

 男はそこまで言うと、彼の右腕を掴んで持ち上げた。ワイシャツの袖を捲られる。

「見てみろ」

 彼は目を大きく見開いた。腕に渦巻き状のアザが出来ている……!

「これこそ俺がオリジナルだという証明だ。種も仕掛けもねえ超能力ってやつだよ」

「そ、そ、そん、そ……んな。まさ、か……ほんと、に、ほんもの」

 「いいか」と、男は彼の両腕を両手で掴んで揺らす。

「これからお前の行いは善悪の天秤にかけられる。……これまでの人生を振り返った時、悪い行いの方が多いと思ったのなら、今から良い事をいっぱいしろ。どうせなら幸せな報いを受けて嬉しくなれ」

 彼は口をあんぐりと空けたまま、宙を見つめている。男はそんな彼の様子に言いようのない不安を感じた。

「……ま、そういうことだから。お前が俺をヒーローと思うか、変態と思うかは自由。だけど、必ず因果はお前に応報する。肝に銘じておけよ」

 

 男は立ち尽くす彼の肩をぽんと一叩きすると、「じゃあな」と言って去っていく。

「ああ。そうそう」男は首だけ後ろに回して、彼を顧みた。

「これが最後じゃねえからな。俺はまたお前に会いに来る。……その時までに沢山良い行いを積んでおきな。そしたらその時は、今よりもっとハッピーになれる」

 男はそう言うと、歯をむき出しにしてニカッと笑う。不幸を知らないかのような、無垢すぎる笑顔だった。

「……」

 今度こそ男はいなくなった。

「あ……あ……ああ。……あ、あ、あこがれていたのに……あ、あこ、が」

 彼はおもむろにポケットから靴下を取り出すと、わなわな震える両手でそれを強く握った。


〈次のニュースです。早坂さん、お願いします〉

〈はい。全国レベルで話題となっている因果応報マンですが、彼の行いによってまたもや死者が出てしまいました〉

〈彼の仕業で、亡くなった方は既に一万人以上いるんじゃない? もう何千人という人間が因果応保マンに憧れ、罪を犯して捕まっている。……彼の行いは世の中を不幸にしているね〉

〈ええ。……今回、犠牲となってしまった方ですが、その方の背中に恐ろしいことが書かれている手紙が置かれていたので紹介したいと思います〉

〈お願いします〉

〈『人は法に裁かれるべきだと知った。お父さんお母さんごめんなさい。殺した人達ごめんなさい』。以上です〉

〈あれ、それってもしかしてあの事件?〉

〈はい。因果応報マンの恰好をしていた男性が路上で撲殺されていた事件です〉

〈……あれでしょ? 血の付いた『ブラックジャック』が近くに投げ捨てられていたという事件でしょ?〉



因果応報(いんがおうほう)


 人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるということ

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