23話:石像の戦士

―――――



 デビドは純粋な黒暗淵やみわだ種の闘士である。

 人族ひとぞくのそれとは全く異なる価値観で生きるバトゥーカの戦士達の多くは狡猾こうかつにして卑劣漢ひれつかん

 だが、彼は違う。

 正々堂々、ほこり高く、比類無ひるいな無敵むてきの戦士。


 バトゥーカの戦士は、ほぼよろことをしない。

 筋肉質な巨体きょたいとはえ、人とそれ程変わらない見た目なのだが、身を守るために防具をまと行為こういそのものが、彼らにとってはずべき行為、なのだとか。

 彼らは、彼らが認めたしんに勇者と呼ぶに相応ふさわしい者やみずからが対等たいとうの力を持っていると判断した者と対峙たいじする時のみ、よろうとう。

 その為、日常は元より戦場においてもその姿は半裸はんら。元来、隆々りゅうりゅうたる筋肉のり成す肉体美そのものがよろいっても過言ではあるまい。

 腰布こしぬのわずかな装束しょうぞく。にも関わらず、おびただしい量の宝飾品ほうしょくひんで全身を飾る。

 ピアスにイヤリング、サークレットにネックレス、リング、ブローチ、アンクレット、ブレスレット、エクステ、髪飾りに加え、見た事もない謎めいた装飾品の数々。

 実に、お洒落しゃれ

 この辺りが単なる未開人みかいじん原始人げんしじんとは大きく違う。

 その見事な装飾品の数々は、彼らの知的水準の高さを色濃く表している。


 俺とメイサが殺しの双重奏デュエットとして生き残れたのは、このバトゥーカの闘士デビドのおかげ


 人族ひとぞくもと黒暗淵やみわだ種が傭兵として訪れる事は間々ままあることだが、逆はほぼ無い。

 多くのバトゥーカ達にとって人間とは一般的に貧弱な下等種だと思い込んでいる。

 人族は多産で脆弱ぜいじゃく、魔力に乏しいくせに詩的な感性に生き、にも関わらず好戦的で野蛮、群れをすと強勢きょうせい手強しぶとく、個体差が少ないにも関わらず多様性に富む為、気難きむずかしい下等な知的生命体、と見なしている。

 この為、バトゥーカの社会に人族を招く事はまれであり、大概たいがいは接触しないよう、心掛けている。



 デビドと初めて出会ったのは、彼が完全鉱化こうかしていた時の事であった。


 殺し屋ヒットマンに追われていた俺とメイサは、氏族に戻る事をあきらめつつも青き空鏡そらかがみの高原内を逃げ、氏族から禁忌きんきの地として足を踏み入れる事を禁止されていた古代の戦場址せんじょうあとに身を隠していた。

 此処ここは所謂、バトゥーカの古戦場こせんじょう。人族が触れて良いものではない。

 伝承に語られるその禁忌の土地には、遺跡化したとりでが打ちて去られ、人が近付く事はなかった。

 てた砦の奥、経年劣化と災害の影響からか地割じわれが走り、地下へと続く大穴があった。

 地下水を求め、俺とメイサは中を探索し、その奥で明らかに人の手が加えられた鍾乳洞しょうにゅうどうを見付けた。

 地下泉ちかせんの中央には積層状せきそうじょう石灰岩せっかいがんからなる島が形成され、その中央に巨大な石筍せきじゅんそびえていた。


 その石柱せきちゅうには、見知らぬ装束を身に着けた筋骨隆々りゅうりゅうな戦士の像が彫られていた。

 巧緻こうちを極めたなまめかしく妙に生々しいその戦士の石像せきぞうは、やけに神秘的に見え、しかし、不気味ぶきみだった。

 もし、俺が迂闊うかつにも近付いていたとしたら、俺の人生はそこで終わっていたに違いない。

 燭台カンテラあかりを注意深く当てると、その像は石筍せきじゅんと微妙に材質が異なる様に見え、天然の洞窟生成物どうくつせいせいぶつから削り出して作られたものではない事が分かった。


 黒暗淵やみわだ種の鉱化こうかについての知識があった為、一つ試す。

 その像には近付かず、干し肉を投げ付け、様子をうかがう。

 干し肉は完全に乾燥していたものの、像にぺたりと貼り付き、間もなくその石像と同じように鉱物と化し、一体化。

 やがて、ずぶずぶと像の内部にもれ、干し肉の形状は完全に失われる。

 ――確信。

 その石像は、鉱化こうかしたバトゥーカである、と。


 視線――

 ぞっとする程、鋭い視線が向けられている。

 その像の瞳が、見開いている。

 研磨けんまされた黒耀石こくようせきを思わす夜の闇より深い黒い瞳が、俺を凝視ぎょうししてる。

 地鳴りにも似た声が鍾乳洞にひびく。


「デビド!」


「――!?」


われを起こす者、よ……何のよう、か…」


 闇語あんご

 崇拝カルト言語の一つ。暗黒神殿の信奉者に伝わる固有の隠匿いんとく言語で、信者間の伝聞でんぶん祈祷きとうは勿論、異種族間でのコミュニケーションも可能。

 えてバトゥーカの言葉ではなく、闇語でところに、知性以上の環境的要因を禁じない。


いにしえのバトゥーカの戦士よ。断りもなく深い眠りをさまたげてしまい、申し訳ない。

 俺は闇の民グイン、グイン・ブラックサンブーン。こいつは妹のメイサ。

 訳あって黒暗淵やみわだの民に救いを求めに来た。話だけでも聞いてはもらえまいか」


 わずかな沈黙の後、微笑びしょうを浮かべ、

「――ふふっ、この我を起こす理由がッ……一族や信仰の存亡をけてではなく、戦争や陰謀に勝つ為でもなく、使命や探索行たんさくこうの果てでもなく、英雄を、伝説を求めてではなく、我が何者なにものであるかをも知らず、問わず、只単ただたんに、おのれ兄妹きょうだいために、とは――」


 ――ガボンッ!

 岩がくだれ合う鈍い音をはなつと、大きくえぐれた石筍せきじゅんに、その像が見当たらない。

 目を離してはいないのにも関わらず、鉱化こうかしたバトゥーカの姿を見失う。

 冷や汗し、半歩はんぽ退しりぞく。が、それ以上は退けない。

 背後に、後ろに、も言われぬ存在を、感じているからだ。

 首だけをひねり、流し見るように視界のはじを意識すると、そこには巨体の戦士の姿が。


「良い判断だ――もう一歩下がっていれば、お前を食い殺していた、だろう…」


 一瞬いっしゅん、だ。

 石柱から鉱化こうかを解き、泉の水に濡れることなく、音もなく、忍び寄る訳でもなく、ただの一瞬で背後を取られた。

 身体能力もことながら、その異能のす技、とても人間では太刀打たちうち出来ない。

 やはり、化物、だ。


「――いいだろう、人族の兄妹きょうだいよ。助けてやろう、人間よ。

 ただ、生きびる。その生存本能に従うさままさに戦士が勝利を只管ひたすらに望む理由と同じ。

 生きる、只、その望みを叶える為に、われ、デビドは力を貸そう」


 その人の姿をした奇妙な化物は、その特異で強烈な感性で俺達をむかえた。

 およ唯一ゆいいつ、心をかよわす事の出来た只一人のバトゥーカ族の戦士であった。

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