22話:殺しのデュエット

―――――



 追われていた――


 罪咎教団ダンダイヴ・ダールーンに加え、犯罪結社マフィアンドランガリア本隊、その中核組織ンドラーナけむりはさみ”とその下部組織の構成員マフィオーソども謀殺株式会社マーダー・インク殺し屋ヒットマンたちとに。

 ヨランタでの仕事と長居ながいは、なか隠遁いんとん生活を送っていた俺とメイサの存在を、闇社会ミリューに気付かせてしまった。

 犯罪組織ギャングのネットワークはあなどれない。

 人の目がおよばない山野や荒野であれば、我ら闇の民の敵ではないが、都市部や街中のように、社会と生活が一体化している集落などでの彼らの力は凄まじい。

 ――コネクション。

 そう、人脈コネクションが深く関与する環境において、彼ら犯罪組織ギャングの存在感は圧倒的に増す。


 俺達二人は、町から町へと逃れ続けた。

 時に追いすがるヒットマンを俺一人で倒し、時にメイサと協力して倒し、街々を渡り歩いた。

 いつしか俺とメイサは、義兄妹きょうだい師弟していを越え、相棒パートナーとしての信頼感が生まれていた。


 しかしやがて、強大な力を有する敵陣営じんえいによる人海じんかい戦術を前に、二人は逃げびることも言われぬ徒労感と苦悩くのう羽目はめになっていた。

 次から次へと送り込まれる刺客しかくらに嫌気いやけすとともに、二人の間は乾き、ぎすぎすした空気が流れるようになっていった。

 かつて、人里離れた森でらしていた時のような楽しげな会話は二人の間からいつしか消え失せ、まるで出会ってもない頃の様に、互いの口数くちかずは減った。

 氏族“闇の影”に保護を求めた。

 が、しか、氏族からの返答は冷たく、他国での潜伏を提案してきた。


 潮時しおどき、だった――


 ある時、メイサがぼそりとつぶやく。

 帝国から出よう、と。

 氏族からの助言を受け入れる、そういう内容。

 確かに、これはもっともな意見。

 七聖典神セブン・シミターズに数えられる罪咎教団ダンダイヴ・ダールーンの影響は、帝国外では見られない。ンドランガリアも帝国五大犯罪組織とはいえ、他国には及ばない。

 追っ手から逃れるのであれば、帝国脱出が最もいい。そんな事はわれなくても分かっている。

 けれど、それは俺達に別の問題を生じさせる。


 信仰の維持。

 多重入信している俺達の信仰が余所の土地でも維持できるとは限らない。

 暗黒神殿は他国にも広く存在している。

 だが、闇夜あんやの女神や凜冽りんれつの女神への信仰は、人族ひとぞくの間では珍しい。暗黒神殿があればいい、とう訳ではない。

 俺で云えば、暗黒神殿の信徒でありながら死神信仰は人族ならでは。

 通常の暗黒信仰であれば、より別の戦神いくさがみを崇拝するのがもっぱら。


 俺達の技能スキルや知識、魔術、生き方のほとんどは、信仰している神の力に依存いそんする。

 礼拝れいはいの出来ない余所よその土地では、力は半減以下になることだろう。

 それが如何いかに厳しい生活になるかって事を、メイサは分かっていない。

 恐らく、衣食住、その維持さえままならない。

 少なくとも俺は、自信がない。

 俺には、そんな力、ありはしない。


 ――どうする?


 力の及ばない新天地しんてんちで追っ手におびえずに生きるか、力を尽くす事のできるこの土地で敵との生死のり取りをり返すのか。

 決断せねば。

 先延さきのばせばメイサとの信頼関係は更に冷えむ。

 そうなってしまっては最早もはや、力の有無に関わらず、敵にくっするだろう。

 他国潜伏か、国内逃亡か、選択せねば。

 どっち、だ。

 いずれが俺達にとって正解なのか。

 考えろ、考えるんだ。

 俺達にとって最善の手を!



―――――



 殺しの双重奏デュエット


 いつしか、俺達は呼ばれていた。

 ギャングどもを狩る二人のさまは、おどり子の英霊を思わせるとして、その界隈では有名になっていた。

 そう、俺達は今や、犯罪結社マフィア達をほふ義賊ぎぞくようになっていた。


 俺達が庇護ひごを求めたのは、闇の民。

 闇の影氏族ではない。当然、他の氏族でもない。

 ――バトゥーカ。

 黒暗淵やみわだ種。人族ひとぞくならざるもう一つの闇の民。

 正確には、彼らこそ、真の闇の民。

 闇の神々や精霊の子孫、その血族。

 ひかえめに云って、化物ばけもの


 闇の民の人間は、彼らと最も近しい関係性を持っている。あくまでも他の人間達に比べれば、と云うだけだが。

 取引もあれば、交流もある。合同で暗黒神殿の祭儀さいぎり行う事すらある。

 しかし、黒暗淵やみわだ種に近寄り過ぎるな、と釘を刺されている。

 彼らは人間ではないゆえ、決して心を許すな、と。

 それだけ不可解ふかかいで、それだけ危険な存在なのだ、と。


 俺の決断した選択は、バトゥーカとの接触。

 国外逃亡や国内での孤軍奮闘こぐんふんとうで生き延びる事は難しい。

 決断をせまられた時、不意ふいに思い立ったのが、この黒暗淵やみわだ種の存在。

 種族はちがえど、暗黒信仰に根ざしている。

 つ、犯罪結社マフィア罪咎教団ダンダイヴ・ダールーンを全く恐れない。人間社会とほぼ無縁な上、罪や道徳の意識や観念かんねん、法体系すら全く異なる黒暗淵やみわだ種にとって、それらの存在は何等なんら意味をさない。


 俺はこの恐るべき種族と危険な“取引”をした。

 それは、人肉の仕入れ。

 彼らバトゥーカは、大喰おおぐらいの上、何でもらう。生物ならざる無機物すら食事の対象となり、えれば岩でも土でも喰う。

 そんな彼らは、人間では到底とうてい理解出来ない、独自の食通グルメ文化が存在している。

 その対象が、人肉。

 人肉が美味うまい、という訳ではない。

 人肉は、彼らの種族における禁忌きんきの食材なのだ。

 彼ら自身、知性を有する種族である為、知的種族を食の対象とする事はまれ。例外は、エルフ族くらい。

 そんな彼らが禁忌を破ってまで喰らうのは、精々せいぜい、敵対行動を取った者達、或いは、本当に餓え、自身の生命活動がおびやかされた時のみ。


 俺は彼らに禁忌の美食、人肉、を提供する事をちかった。

 代わりに、俺達の庇護を求めた。

 彼らは今や、俺達を力強く手助けしてくれる仲間にして保護者。


 こうして俺達は、犯罪結社マフィアどもから恐れられる狩人、ギャングスレイヤー“殺しの双重奏デュエット”は完成した。

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