21話:もう一人の暗殺者

―――――



 ヨランタに長居ながいは無用だった。

 死殊しごとである標的ターゲットスカリーチェの暗殺が済んだ今、この町にる必要はない。

 とは云っても、ンドランガリアの大物幹部かんぶの死は大事おおごと

 スカリーチェの死と共に姿を消しては、余計なうたがいをかけられる可能性もある。

 それに、、しておかねば。

 やつの“死”を。


 大物の死は、瓦版かわらばんる。

 せておくには奴は大物過ぎる。

 実際、それを目にするには一週間では足らなかった。


 ――ンドランガリア中核団体“けむりはさみ”の大ボス、スカリーチェ氏く。


 ようやく、念願ねんがんの記事を目にする。

 見出しの記事に目を通し、唖然あぜんとする。

 死因――呼吸不全こきゅうふぜん


「呼吸不全、だとォ!?」


 思わず、声に出していた。

 そんな馬鹿な。

 奴の心臓をえぐった、情容赦無えげつなほどに。

 にも関わらず、呼吸不全だと?

 どうことだ。


 考えられるのは一つ。

 俺の暗殺は失敗していた。そして、俺のケツを別の誰かがいた、というわけか。

 る程。寒いのホーロドナったのか。

 死因からして、と分かる。


 きが回ったか?いや、そんなけちゃいない。

 かんにぶった?いや、修練しゅうれんかしてはいない。

 おとろえたのか?いや、むしろ、今のが気力に満ちている。

 では、何故なぜ

 ――ああ、か。

 俺は今、満足しているんだ。

 生活に、生きかたに、今のり方を。

 、俺はメイサと共にる今の暮らしに満足していたんだ。

 満足しているがゆえに、過酷シビアさから目をらしているのかも知れない。

 標的ターゲット見誤みあやまったのは、目を逸らした結果なのかもな。

 ふふ――

 まぁ、いいさ。それでも。

 俺はが立派に育ってくれさえすれば、でいい。

 兄貴、というよりは、親父、みたいなだな。

 しみったれちまったが、一人くらい、こんな暗殺者ウビーツァがいたっていいだろ?


 さて――


 死殊しごとは終わった。

 愈々いよいよ、ヨランタに留まる理由はなくなった。

 早々に出立しゅったつできるよう、メイサにも荷物をまとめておくむね、伝える。

 それなりの期間、このヨランタに滞在していたので荷物も増えた。

 メイサに騾馬ラバを手配させるためつかいに出す。


 頭陀袋ずだぶくろかごに無造作に荷物をめてゆく。

 俺の荷は多くない。

 武具のたぐいほとんどは暗器あんきように手頃なサイズであるが故、それほど嵩張かさばらない。

 程なくして自分の荷造にづくりをえると、荷の量を見積みつもる為にメイサの部屋に入る。


 メイサの使っている部屋は、みょうにひんやりする。

 見覚みおぼえのある代物しろものばかり。

 俺が彼女にプレゼントしたもの、それが大部分をめている。

 そんな中、ふと気になったのが一振ひとふりの脇差わきざし

 さやから薄洩うすもれる淡白あわじろい煙、いや、淡雪あわゆきごともや。妙に切なく、もの悲しい。

 ――魔力?

 違う。

 冷気。

 仄暗ほのぐら洞穴どうけついででる地下水のような。もっと冷たい、寒気の様な。


 一体、これは?――

 思わず、つかを握る。

 ――シュコオォォ。

 きりきりときしむ空気に、鞘としのぎの間から冷気の一吹ひとふきが。

 すらり、と刀身とうしんく。

 なんだ、これは!?――

 冷涼煙れいりょうけむ白堊はくあやいば

 固形炭酸ドライアイス!?


 そうえば、メイサが入信した暗黒信仰は、凜冽りんれつの女神ヒミカ。

 儀礼用の神具しんぐか?

 いや――これは……

 この、背筋に冷たいものが走る感覚、これは、兇器きょうき、だ。

 俺が与えた護身用の、とはまるで違う、か。


 ――はっ!!?

 呼吸不全こきゅうふぜん――

 炭酸たんさんガスナルコーシスによる呼吸器系麻酔ますい作用のもたらす呼吸機能の停止、すなわち、二酸化炭素中毒。これもまた、呼吸不全を引き起こす。

 まさか、な――

 寒いのホーロドナりそうな手口。

 だが、これ程の“静寂せいじゃくなる死”を与える遣り手など、限られている。

 メイサに、そんな殺し方、教えてなどいない。

 して、死殊しごとは氏族の者に限られる。

 メイサは、氏族のじゃない。

 だが――…


「グイン――…」


「ッ!?ああッ、メイサ。戻っていたのか…」


 俺に一切いっさい気取けどらせず、背後の扉付近ふきんに立つメイサ。

 全く、見事みごと気配けはいの消しかた

 師である俺を、はるかに越える技。見事、だ。


をしていたの?――…」


「…ああ、お前の荷物がどれくらいあるのか、ちょっと見ていた」


 俺の握るき身の脇差わきざしを指差し、

「――…それ」


「……あぁ、。お前の持ち物、か。固形炭酸ドライアイスで出来た刃を持つ小刀しょうとう、ちょっと物珍ものめずらしかったんで思わず手に取ってしまった。すまない」


「――…うん」


「……取り扱いには注意するんだぞ。炭酸ガスは、思っている以上に、あぶない」


「――…グイン」


「……なんだ?」


「スカリーチェは…――あたしがった」


 息を呑み、吐き出すよう、感情を押し殺した上で、

「……、か」、と。


 一瞬、表情が強張こわばったかも知れない。

 気付かれたかも、な。

 いや、それでもいい。

 いいんだ。


 ――そうか。

 氏族は、死殊しごとを、俺だけではなく、メイサにも与えていたのか。

 氏族の一員と認める為の通過儀式。

 そんなところ。

 そして、彼女は――

 見事に、こなしてみせた。

 もう、メイサは、闇の影氏族の立派な一員、だったのだ。


 彼女を、その少女を、まだ保護すべき対象と見なし、甘やかそうとしていたのは、正に俺のほう

 俺の方こそ、甘ったれていたんだ。

 氏族は、氏族の判断は、俺よりも遙かに切れている。

 彼女は、その少女、メイサはいつの間にか、一人前の暗殺者ウビーツァに育っていたんだ。


 ――そうか。

 そろそろ。

 そろそろ、覚悟しなけりゃならんな。


 ああ――

 ――彼女との、わかれ、を。

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