20話:花束をいだく暗殺者

―――――



 実に、三年振りだった。

 正確には、三年と三ヶ月振りなのだが、氏族から“”の話がやって来た。


 人里にりるという事は、そのまま、人目に触れる事を意味する。

 氏族が留守にしていた俺の所在を知ったのは、もう二年半も前の事だと云う。

 丁度、メイサと森で暮らすようになってしばらった時期の事だ。

 罪咎教団ダンダイヴ・ダールーン連中れんちゅうは俺達を探り出す事はいまだ出来てはいないが、“闇の影”は伊達だてじゃない。


 氏族は、俺がメイサをかくまい育てている事には一切いっさい口を出してこない。

 一人前、と認められ、して、隠密のプロであれば、徒弟とていを作る事を推奨しているからだ。

 そう、氏族はメイサを、俺の弟子でし、つまり、氏族の構成員候補と見ていたのだ。

 今になって“仕事”を寄越よこしたという事は、メイサを正式に氏族の一員と見なしたのであろう。


 その“仕事”とは――

 ――死殊しごと

 死殊しごととは、殺し、を指す。

 ンドランガリアという犯罪結社マフィア幹部カポの一人の暗殺。

 ンドランガリアは帝国五大犯罪組織の一つ。ほぼ確実に罪咎教団ダンダイヴ・ダールーンとの関与が予想される。

 罪咎ざいきゅう教団に見付からないよう生きてきた俺達にとって、本来ならこんな仕事、引き受けるはずもない。

 だが、氏族の仕事はではない、使、だ。

 選択の余地よちなどはなから無い。


 メイサとの平穏な日々は、もろくも崩れ去った。



―――――



 ヨランタは、博愛はくあいの都市、慈愛じあいの町、顔無かおなき神々の町、白塗しろぬ冷処れいしょ、目をふさぐものたちの喝采かっさいなどと呼ばれている。ジョランタール、あるいは、ジョルランティアー、とも。

 帝都の北方に位置し、青き空鏡そらかがみの高原から、そう遠くない。

 帝国有数の大都市で、大半は天宮信仰の信徒達が暮らしているが、旅行者や異邦人、行商人ぎょうしょうにん、出稼ぎ、冒険者のたぐい数多かずおお混在こんざいしている。


 ごく短い期間ではあったが、俺は過去、このヨランタに滞在たいざいしていた事がある。潜伏せんぷく、とったほうが正しい、か。

 おかげで、ある程度町についての知識は明るい。

 安宿やすやどを確保し、メイサを待たせる。


 ――え?

 なぜ、メイサを連れてきたかって?

 どうしてなんだろうな……

 その時は、が最善だと思ったんだ。思い込みに過ぎなかったんだが。

 そばに、近くにさせた方が、彼女にとって安心だと思ったんだ。

 安心していたのは、俺の方だったんだが。



 標的ターゲットはンドランガリアの中核組織ンドラーナけむりはさみ』のボス“黒い手袋のマーノ・ネーラ”カルジェロ・スカリーチェ。

 依頼人は、分からない。殺人請負うけおいの場合、依頼人の素性は知らされない。

 犯罪結社マフィア幹部カポの暗殺を依頼してくるぐらいなので、依頼人もろくでもないのだろう。


 スカリーチェは、実に用心深ようじんぶかい男だ。

 幾人いくにんもの影武者かげむしゃを用意し、部下への指示を直接本人がする事はないとさえ云われていた。

 謀殺株式会社マーダー・インクの出資者の一人でもあった彼は、暴力団ギャングから命を狙われる心配は少ないものの、うらみを持った者達からの報復ほうふくに恐れ、周到しゅうとうな危機回避法を実践じっせんしていた。


 闇の影氏族の殺人流儀には、熱いのガリャーチィ寒いのホーロドナの二つがある。

 俺は前者。

 寒いのホーロドナしょうに合わないというのもあるが、死神崇拝スミェルチ・カルトの制約上、熱いのガリャーチィを選ぶほかない。

 熱いのガリャーチィ死掛しかけるには、寒いのホーロドナほど、時間をようしない。

 パッと行ってバッとる、それが熱いのガリャーチィ

 策をろうさず、一気に死留しとめる。すみやかに結果をもたらし、劇的げきてき

 無論、それだけに失敗の可能性も往々おうおうにしてあり得る。

 闇の影氏族はこれを熟知しており、必ず熱いのガリャーチィ寒いのホーロドナ両方を標的ターゲットに送る。

 どちらか一方が成功すれば任務は達成され、義務はたされ、報酬も得られる。

 秘密漏洩ろうえいを防ぐため、誰が同じ標的をねらっているかは知らされず、たがいが互いを知る事はない。当然、何人が同じ仕事にいているかも分からない。

 闇の影は、氏族が関わったという痕跡こんせきを残さない、残させない。徹底てっていしているのだ。



 ヨランタに滞在ししばらくして、スカリーチェが他の組織ンドラーナ幹部かんぶ達との会合かいごうに出席するという情報を得た。

 俺は『けむりはさみ』に用心棒ようじんぼうとして雇われていた。

 死神の崇拝カルトは剣士の信仰対象としては珍しいものではないが、帝国内にあってはより洗練された軍神ぐんしん崇拝“干城教団ヴァナファール・エクスデス”の信奉者しんぽうしゃが支配的。ゆえめずしがられ、すんなりと雇い入れられた。

 俺はひげを生やし、眉をり、毛を黒く染め、束ねて後ろで縛り、肌より濃いめの油性白粉ドーランを顔にり、綿わたを口の中、ほおの内側にめてえらを張らせ、声をもらせ、爪を伸ばし猫背ねこぜにしてびっこを引き、普段の人相や態度とたがえていた。


 用心棒とはいえ、スカリーチェ本人とは出会でくわしていない。

 組織にとって、最優先すべき保護対象となる人物における容姿の特徴は聞いてはいるが、それがスカリーチェ当人とまでは確証がなかった。


 とある水の日の夜、スカリーチェの姿はヨランタ中心街の高級ホテルにあった。

 聞いていた最重要人物の特徴と合致がっちする人物が、その場にあった。

 そのたたずまい、物腰ものごし、口調などから暴力団ギャングのボスらしさを感じ取り確信、動く。


 ホテルに入り、人知ひとしれず従業員ベルマンを気絶させ、服を奪う。

 しばらくホテル内を散策さんさく。構造を知り、覚える。

 やがて、従業員のりをしてバックヤードに忍び込み、歓迎用に使われる真っ白な花束を拝借はいしゃく

 白のペチュニアとアネモネ、薔薇ばら鉄砲百合てっぽうゆり、そして、霞草かすみそう豪奢ごうしゃに盛られ、ほのかに甘い香りが鼻をくすぐる。

 やぶから棒に仕込しこづえ鞘筒さやづつからき、抜き身の刀身を花束の手許てもと下から差す。

 準備はこれだけ。これだけで十分。

 やつる宴会場に向かう。

 後は奴が動くのを待つだけ。


 宴会場には構成員ギャングスターひしめき合っている。

 奥の豪華なテーブル席に、組織ンドラーナの幹部が座っているのが見える。

 黒いエナメルの皮手を着けた男。聞いていた特徴通りの男がそこにいる。

 他の従業員同様、俺は食事を運び、酒をそそぐ。

 かず離れず、そそぐ。

 スカリーチェと他の幹部とおぼしき数人が立ち上がり、宴会場を出る。

 廊下に出て進む先は小会議室。

 席を移す、のか。


 ――しかない!


 花束をたずさえ歩み寄り、

「スカリーチェ様ですね?」


「――…ん?なにか用かね?」


「死神に接吻くちづけを」


 花束ごと、仕込み杖の切っ先を胸に突き立てる。

 ぐぇっ――

 かもめられたような声を上げるスカリーチェ。

 突き立てた刃を胸骨に走らせ、刀身をひねり上げる。

 真っ白な花束はかえり血で真っ赤に染まり、紅玉ルビー色にえる。

 やいばを抜くと鮮血のシャワーがあたり一面をらす。


 躊躇たじろぐマフィア達を横目に、ケピぼうを投げ捨て走り去る。

 意図いと容易たやす始末しまつした。

 さぁ――

 帰ろう、メイサのもとに。

 逃げ切れるさ、俺ならば。

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