19話:影に生きる

―――――



 すっかり森での生活と宿場町への通いもれ、メイサもおさなさが抜け、利発りはつで美しい少女へと成長していた。

 彼女は賢く物覚ものおぼえが良く、何より闇の民として必要な狩人かりゅうどとしての素養もあり、そして、魔術に対してごく自然な才能を発揮はっきしていた。

 彼女が天宮てんきゅう信者の血筋である事は分かっていたが、闇の民として過ごさせるために暗黒信仰への入信を済ませ、俺同様、二重にじゅう入信を進めた。


 二重入信とは、一つの特定の神性しんせいと別の神性、あるいは、特定の神殿と余所よその神殿、精霊信仰と祖霊崇拝、異なる教義の信奉者など、2つ以上の信仰を重複ちょうふくする崇拝形態すうはいけいたいす。

 あまり見られないこの二重(多重たじゅう)入信だが、危険を伴う冒険家や探検家、複雑な政治情勢下にある君主や貴族、首長たち、異文化交流の盛んな地などの間では比較的よく見られる。

 もっとえば、闇の民では極々ごくごく一般的なこと

 と云うのも、闇の民の信仰対象である暗黒神殿は本来、黒暗淵やみわだ種であるバトゥーカの祖霊崇拝的な信仰が主であり、本質的な意味においては人間族にとって危険きわまりない、しくは、ほとんど無価値で御利益ごりやくとぼしい信仰。

 その為、闇の民は、部族としての主神殿を暗黒神殿としてはいるものの、より生活に密着した御利益ごりやくのある他の神殿の神々を共にまつっていることもっぱらである。


 俺も――そう、二重入信。

 闇夜あんやの女神と死神の二重入信。

 ともに、ほぼ信仰されない二柱にちゅうの神。

 信者が少ない理由は、前者は玄妙げんみょうにして深甚しんじん過ぎ、後者は危険極まりなく教義が酷烈こくれつ、そして、両者共に神妙しんみょうつ、難解であり、一般生活での加護やたすけをまるで期待出来ない。

 日常を生きる者達にとって、信心しんしんささぐ対価としての御利益ごりやくが乏し過ぎる、その類の対象。故に信者は少ない。

 俺がこの神々を崇拝しているのは、ひとえにその職務、環境、立場、何より氏族所以ゆえん

 ああ、俺は『暗殺者ウビーツァ』なのだ。



 俺の生まれ育った“闇の影”氏族は、闇の民の中でもだった。

 特定のトーテムや血統系譜リネージ、主神を定めない、かなり異質な氏族クラン

 他の闇の民同様、猟師を主要な生業なりわいとするが半定住。青き空鏡そらかがみの高原各処かくしょを点在しながら都市部にまで出稼でかせぎに行く者が多い。

 閑散期かんさんきのみ出稼ぎに出る他の定住の闇の民と決定的に違うのは、出稼ぐ仕事の内容。

 その主業務は――諜報ちょうほう


 探偵や監視、伝書使でんしょしは勿論、プロパガンダやスパイ活動、破壊工作、そして、殺人請負うけおい等、所謂いわゆるよごれ仕事迄、何でもこなす。

 闇の民の技や知識、魔術は、これら隠密おんみつ活動に適しており、特に闇の影氏族はこれに特化している。

 定住化した天宮信仰の遊牧民の末裔まつえい達による権力者や帝国貴族達に重宝ちょうほうされ、「闇の民=隠密集団」と云う世俗的なイメージはこれを背景にしている。

 時折ときおり、勘違いする者もいるが俺達は暗殺教団ハッシャーシーンとは全く異なる。彼らは混沌信仰に帰依きえした末法思想者であり、狂人に過ぎない。

 貴族や権力者らはこれを十分理解しているが故、暗殺教団ではなく、俺達闇の民を使う。俺達は、汚れ仕事を“けがれ”と知った上で代わりに行うものであり、善悪の区別がつかない狂人達の暗殺教団とは根本的に違う。


 闇の影氏族は、徹底てっていしている。

 主神を置かず、血縁や血統、守護精霊を特定せず、氏族の文化風習に重きを置くのは、隠密活動という生業そのものを氏族存続の肝核心コアコンピタンスにしているからだ。

 そのため、氏族は余所よそから優秀な子息しそくを買い、氏族の子らには幼少期から徹底的に技を仕込む。勿論、非合法的な人攫ひとさらいさえいとわず、才覚ある者を集め、教育を施す。


 闇の民として生きる上で必要な狩猟や生存術サバイバル他、自給自足に必要な

 生活の為の技能スキルもとより、変装や身を隠す方法、様々な言語学から方言の習得、薬や毒の調合、勿論、効率的に生き物を殺す方法迄、教え込む。

 闇の影氏族において二重入信が基本となっているのは、他の氏族のように暗黒神殿の御利益が乏しいからではなく、その姿形すがたかたちまり過ぎない為でもある。

 暗黒神殿の神々への帰依きえが深過ぎると、瞳や髪の色迄、黒色に変貌へんぼうする。

 一見いっけんして闇の民と分かってしまえば、諜報活動に不向きとなる。

 闇の民、特に闇の影氏族の者達にとって、氏族の一員とぐに分かってしまうような者は一人もいない。

 それくらい、氏族としての特徴を表に出さない、それが氏族のり方なのだ。

 闇の民の出自しゅつじと分かるのは、本人がかして初めて分かる、それが基本。

 俺が人里に下りて商売をする時、闇の民と明かすのは、それが猟師として広く認知されているから。少なくとも一般的な認知度において、闇の民は隠密集団ではなく、山野の狩人として知られているからに他ならない。

 闇の民の、その中、闇の影氏族が隠密のプロフェッショナルであると知っているものは、一部の権力者のみ、だから。

 情報を巧みに利用する、それが俺達の所作しょさなのだ。



 それにしても――


 俺がメイサと出会ったのはただの偶然。

 だが、彼女を罪咎教団ダンダイヴ・ダールーンから救ったのは、たして、だったのだろうか。

 正義感なんてものではない事は分かっている。

 それが純粋に可哀想かわいそうだったからなのか、彼女の行くすえおもんぱかっての事なのか、それとも、闇の影氏族の一員として後継者を探そうとする遺伝子を越えた深層心理下における使命感からなのか。

 俺自身にすら分からない。


 ――少なくとも、今の俺には。

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