17話:安息の日を、もう一度

―――――



 度々たびたび、俺は里に下りていた。

 “かね”を稼ぐ為に。


 サバイバルにけているとはえ、道具は必須。そして、メイサには教育が必要。勿論、やしろでの礼拝れいはいも。

 たんに原始的でお粗末そまつな、未開みかいの生活を送るだけであれば、金などいらない。

 事実、衣食住いしょくじゅうほとんどは自給自足でり立っている。

 しかし、生き抜く上で必要なその全てを自然からの搾取さくしゅまかせておいては、けものと同じ。

 人間らしさ――

 知性を養う為にも道具は必要、教育も。そして、教義きょうぎとその御利益ごりやくも。


 人里におとずれる時、細心さいしんの注意をはらった。

 猟師りょうし、としての立ちい。

 目立たずけ込み、ひっそりと、併し、にコミュニティに馴染なじむ。そう、見せる。

 獣肉や皮革ひかくを売り、多少の力仕事をして金をかせぐ。

 稼いだ金はその日の内に必要な物品ぶっぴんの購入についやし、これを我が家、我が家とはってもただいわやだが、に持ち帰る。


 当然と云えば当然のことなのだが、やがて、メイサは興味を持つ。

 人里に、集落に、そう、他人ひとに、だ。

 俺はいさめていた。

 彼女の容姿は、いている。

 その黄玉トパーズを思わせる向日葵ひまわり色の瞳は、この高原ではめずらし過ぎる。

 亜人種であれば、明らかな異形いぎょうであるため、また、異形であるがゆえに、人目ひとめに止まらない。人種の違いもまたしかり。

 だが、等しく肌の色が同じ人間であるが故に、その瞳の色の違いは分かり易く写り、特定され易い。

 メイサを人里に連れて行くには、早計そうけい

 そう――時間が必要だった。



 いつものように俺は里に向かい、山野さんやで獲った獲物えものを売りさばいていた。

 田舎いなかだが街道沿いにあり、行商人ぎょうしょうにんや旅人の往来おうらいが多少あるいちの開かれた村里むらざと。宿場町の様相ようそうていする。

 挨拶とちょっとした談笑だんしょうわす程度には見知った者もできており、無闇むやみに腹を探られる恐れはすでになく、かとって一から説明する必要もない、その程度には慣れた都合のいい場所。

 罪咎ざいきゅう教団の関係者もいない。

 今暫く時がてば、メイサと共に暮らす事も出来る、それくらいの安心感の持てる里。


 ――迂闊うかつ

 一言で語るのであればそうなんだろう。

 だが、それだけでは済まされない。

 それ程に、その時の俺は“”いた。


 メイサはおさなさではなく、その純粋無垢じゅんすいむく無邪気むじゃきさと生来せいらいかしこ所以ゆえん好奇心こうきしんとから、その日、俺を尾行けて来た。

 俺に気取けどらせないとは、なんと見事な弟子であろうか。

 俺の教えた闇の民の知恵と技能スキルを、よく身に付けた。本来なら、めてやりたい。

 しかし――


 いち取引とりひきのあったオヤジが、俺の後ろを指差す。

 振り返り、ぎょっとする。

 メイサがほお紅潮こうちょうさせ、興味津々に俺の様子を見ていた。


「メイサっ!なぜ、こんなところに!!?」


 思わず、そう口走くちばしった。

 しまった――

 発した事で、俺とメイサが顔見知りである事が、周囲にバレてしまった。


「そのは誰なんだい?」


 そりゃあ、なる。

 つとめて普段から冷静であるがゆえ、感情を帯びた発言はかんぐりの対象。

 ここに来て、誤魔化ごまかすのは得策ではない。白状はくじょうしよう。


「――ああ、えーと…こいつは、その~、俺の……“”、です」


「妹!?なんだい、グインさん!あんた、身内みうちがいたのかい!」

「えっ!?妹さん?妹さんがおったのか!」

「あらっ!知らなかったわ!かわいい妹さんねぇ~」

「あんまり似てないねぇ?でも、お兄さんも妹さんも器量好きりょうよしだから親御おやごさんがうらやましい」

「こりゃ、魂消たまげた!なんと、可愛かわいらしい妹御いもうとご


 関心かんしんまと、当然。

 云った事のない、話した事のない俺の身内が突如とつじょ現れたら、そうなる。

 こうなってしまったからには、順応じゅんのうさせるのが一番。

 それとなく、何気なく、紹介する。軽やかに、ではあるが。


 なぜ、“”、なのか。

 やはりそれは、メイサが天宮信仰の民、と分からせない為。

 この高原に住む者達は天宮信者をこころよく思っていない。

 闇の民である俺の身内と紹介しておけば、天宮信者の典型的な容姿に見られる明るい瞳であっても、は疑われにくい。

 勿論、闇の民が全面的に信頼されている訳ではない。

 だが、より繋がりのある闇の民の方が、大分だいぶしなんだ。


 その日は里の宿に一泊いっぱくし、翌朝、森に戻った。

 宿にあった時、メイサを叱ろうかとも思ったが、その満面の笑顔を見ると何も云い出せなくなっていた。

 彼女にとって実に久し振りとなる人里は、彼女の奥底にあったであろうさみしさを払拭ふっしょくさせるに足る刺激だったに違いない。

 美味しそうに食事を頬張ほおばり、あたたかい湯浴ゆあみは、家族と一緒に過ごした日々のような、そんな甘く切ない感覚を彼女にもたらしていたのだろう。


 ベッドで眠る小さな彼女がなみだしているのを見て、俺は自分の浅はかさになげき、彼女の将来をおもんばかる。

 にも関わらず、いま未曾有みぞう千荊万棘せんけいばんきょくに気付きさえせず、つか安息あんそくに身をゆだねていた。



 全ては、俺の

 俺のは、人を不幸にする。

 そんなは、クソ食らえ、だ!

 

 せた白きてつく大地を生きるえたオオカミのように、生きると決めたのは、まだ、先の話――

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