15話:物乞う少女

―――――



 ――その少女と出会ったのは、偶然ぐうぜん、だった。


 ぼろぼろの服にぼさぼさの髪。

 せ細り、弱々しく物乞ものごいをしている。

 しかし、その様相ようそうに似付かわしくない、なんとも魅力的な黄玉トパーズのように輝く向日葵ひまわり色の瞳を持つりんとした少女。

 すぐに分かった。その少女は、天宮てんきゅう信仰のだと。


 大方おおかた、人買いにさらわれてきて、何等なんらかの理由でてられた、そんなところだろう。

 そうでなければ、如何いかに帝国領とはいえ、この青き空鏡そらかがみの高原に天宮信者がいるはずがない。

 憐憫れんびんじょう微塵みじんもないが、なんとなしに小銭をめぐんでやる。

 弱々しくも空々そらぞらしい作り笑いを浮かべびる少女は、なんとも痛々しくもはかない。


 しばらくし、日が落ちると少女は食器とおぼしき罅割ひびわれれたうつわまったわずかの小銭を大事そうにかかえ、貧民街スキッドロウへと歩を進め、裏路地に入る。

 なんて事だ――

 そこは治安が悪過ぎる。

 なんと云う事もない。すぐに悪漢あっかんたぐい一目ひとめで分かる男に器ごと小銭を取り上げられる。

 ――が、しかし。

 奪われた小銭から、そのいくばくかを少女に手渡す。

 実に、ろくでもない。

 罪咎教団ダンダイヴ・ダールーンの信徒どもか。

 腐ってやがる。

 幼気いたいけなガキを利用し、物乞ものごいさせ、そのわずかな金をむしり取るとは、どこまでも腐ってやがる。


 なんてこった――

 笑顔。少女は笑顔を浮かべている。

 満面の笑み。心の底から、嬉しい、を表現するに足る本能の、本当の笑み。

 俺がめぐんだ小銭には、寒々しい作り笑いを浮かべていた少女が、だ。


 ――駄目だめだ。

 刹那せつなに理解した。

 今のこの環境は、その少女を“”にする。


 罪咎ざいきゅう教団、か――

 厄介やっかいひとえに、厄介。

 七聖典神セブン・シミターズれっせられる帝国の主要な信仰の一つ。

 必要悪ひつようあく――

 正確には、犯罪者達に最後の更生の機会を与えるため崇拝カルト

 しかし、その建前を守り、健全性を担保たんぽしているのは信心深しんしんぶかい聖職者に限られ、構成員の多くは破落戸ごろつきの類。

 彼らの神は最後の更生機会を与えると共に、必要悪を説く。

 大罪人であっても更生のチャンスがある事を説くには、悪の存在そのものを無いものにはできない。

 戒律を維持する為に必要な矛盾とも云うべき、訓示くんじ


 俺には、全く理解できない。

 俺に云わせりゃ、狂気の沙汰さた

 だがしかし、少女が見せた心からの笑顔が、俺ではなく、そのチンピラがごと悪漢あっかんに向けられるとは。

 これこそが、怖ろしい。

 れ。繰り返される悪習のもたらすその有様ありさまが、幼い少女の感性をしばり、それを“”とする。

 奴らの説く“必要悪”が、こんなところに出てしまう。

 まさに――理不尽りふじん


 ゆるせんよな。

 正義感、なんてもんは持ち合わせていない。

 別に、俺は“正義の人”じゃない。

 正義に生きている訳じゃないが、まがい物である事くらい、俺だって分かる。

 仮初かりそめにすらなっていやしない。


 俺がガラにもない、正義感みたいなもんを出しちまったのも、偶然ぐうぜん

 始めに、なんて声を掛けたか、、覚えていない。

 ただ、気付いた時には、多分たぶん、少女にとっては強すぎるであろう握力で、彼女の腕をつかんで貧民街を出ていた。

 後で聞いたら、は怖かった、ってんだから、俺もどうかしていたんだな。


 罪咎ざいきゅう教団に属しているであろうチンピラが追ってくる。

 少女を連れたまま、逃げ切れる程、容易たやすくはない。

 貧民街を抜け出した時点で俺は決心。

 あまり目立ちたくはないんだが、いたかたない。

 少女を背に置き、追いすがるチンピラと対峙たいじ


「おい、あんちゃん!人攫ひとさらいは、やろぉ~?」


「――人攫いじゃない。こいつは、俺の“”だ。返してもらう!」


「はぁ~~~?ぬかしおる!口でゆうてもわからへんようやな」


 チンピラは刺青タトゥーの入った左腕のそでまくり、手短な呪禁じゅごんを口にする。

 はるか南東の荒野に伝わる部族入墨トライバルタトゥーを思わすような鋭角的な意匠デザインの集合。

 恐らくは、さそりのデザインだろうか。

 魔力を持ったその刺青いれずみは、間もなく質量を伴い、その奇抜きばつなデザインを維持したまま、まるで本物の生き物のように生まれで、男の腕から飛び出し、おそい掛かってくる。


 罪咎ざいきゅう教団特有の、余所よその土地、文化、慣習、礼拝れいはいからうばい取った魔術のたぐい

 凡そ、“”を知らぬ者であれば、そのさまに驚き、腰を抜かすことだろう。


 だが――


 段平だんびらき打ちざまに振るう。

 ――抜刀術ばっとうじゅつ

 刺青の作り上げた蠍は真っ二つ。

 遅れて、チンピラの左腕に斬撃痕ざんげきこんが走り、鮮血をとどろかす。

 検校伝抜刀術ブラインド・フューリーは、死神崇拝に伝わる闘技とうぎの一つ。別段べつだん、珍しくもない。

 だが、平和惚へいわぼけしている連中の目には、怖ろしく写った事だろう。


 おびただしい出血に悲痛な叫び声を上げ、チンピラは腕を押さえ、べたをころげる。

 “”のは容易たやすい。

 だが、街中での殺人はまずい。

 たとえ相手が悪漢とはいえ、法が行き届いた街中では、もうひらきが面倒だ。

 して、この物乞ものごいの娘を“”などとのたまっちまったんだ。


 ここはひとつ――

 転進てんしん

 逃げる、としよう。


「少女よ、逃げるぞ!あいつらは悪党だ。一緒にては駄目だめになる。俺が君を助けるから、分かったか?」


「――…うん」


「ところで少女よ、名は?」


「――…メイサ」


「メイサ、だな?よし。君は今から俺の“”だ。さぁ、行くぞ」


「――……うん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る