13話:努めて、冷たく

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 しずみ行く月下げっか夜露よつゆれた露草つゆくさまる大瑠璃揚羽オオルリアゲハはねを休める。

 月明かりをキラキラと虹青にじあおに反射させ、朝靄あさもや幻惑げんわくのネオンをともす。

 その輝きは、たたずむ男の籠手ガントレットめ込まれた黄玉トパーズに映り込み、はかなあわいろどりであたりを染め上げる。


「いい加減、姿を現したらどうなんだ?バレていないとでも思うたか」


 大瑠璃揚羽オオルリアゲハはねを拡げると、その輝きの中から無数の揚羽蝶アゲハチョウが飛び立ち、うずたかかさなり合い、やがて人の姿をかたどる。


 ――ウフフッ。

 やけに甘ったるい女の笑い声。

 声はちょうの群れの中から響き、間もなく、四散しさん

 四方に飛び立った蝶の、その中心にゴスロリ衣装をまとう銀髪の少女。

 首輪チョーカーには紅玉ルビーが輝き、少女の瞳もまた、鳩の血ピジョンブラッドを思わす深紅あか

 まるで、人形のように美しく、魅力的、しかし、冷たい。


 氷蒼色アイスブルーの瞳を投げ掛け、

「君が、“国士無双制覇グラン・ランブル”での初手合はつてあわせの相手、というわけか…」


 紅玉ルビーの瞳をぱちくりさせ、

「別に――…手合わせなんかしなくてもいいし」


「――なにっ!?ど、どういう事だ…」


 上目遣うわめづかいで、

「あたし、――お兄さんのこと、ちょっと好みタイプ、だし」


 一瞬の戸惑とまどいをひたかくし、

「――…妖魅あやか心算つもりか、少女よ」


 ぷくっと頬をふくらまし、口をとんがらかせ、

「そんなつもり、全然ないし」


「……ならば、貴石いしを置いてくがいいさ」


 思い出したかのように、

「ああ、そっかぁ。うーーん、それはちょっと駄目ダメだし」


「――交渉決裂、残念だ……仕方しかたあるまい、剣を取られよ、少女!」


 クスクスと無邪気むじゃきな笑みを浮かべ、

「剣なんかいらないし。あたし、魔道士まどうしだし」


 なんなのだ、この少女は――

 まるで読めない、その意図いとを。

 と変わる表情とは打って変わり、その感情の起伏きふくとぼしさは異常。

 恐らく、俺の無表情ポーカーフェイスとは全く異なるそう

 魔道士、だと。何故なぜ、明かす?

 いや、そのなり、その風体ふうていかもし出す雰囲気。術者じゅつしゃたぐいである事は容易よういに想像がつく。難しい話じゃない。

 しかし、何故、みずから…

 ――不利、に。

 不利になるかもしれないんだぞ、自身の属性を、階級を、技能、特技を公言するのは。


 無垢むくなのか、おどけているのか、將亦はたまためているのか。

 俺を?

 いや、国士無双制覇グラン・ランブルを。


 違う――

 無邪気むじゃき極端きょくたんほど純真ピュア毫末ごうまつ邪念じゃねんもない。ああ、天衣無縫てんいむほう、というヤツか。


 ちらつく。、の面影おもかげが。

 右手首に巻き付けた毛髪で作られた組紐くみひもさする。

 ――まいったな…

 初戦から、面倒めんどうやつと当たってしまったんだ。


「少女よ……君の名を聞いておきたい」


「あたし、ティキ!“極聖魔王乙女サタナ・アークティカ”ティキ・トルキ・ティキリ・リ。あんまり、戦いたくはないんだけどな~、億劫おっくうだし」


 この手の、風習ふうしゅうや価値観、ものの考え方の分からないやから無闇むやみに対話を重ねてはいけない。

 ほだされる――

 心に氷壁ひょうへきを。絶対にけない永久凍土えいきゅうとうどの、その奥底に心をしずめ、しずめ、氷柩ひょうきゅうに閉ざす。


「俺は青き空鏡そらかがみの高原から来た闇の民グイン。“怨みつららのランカーアイシクル”グイン・ブラックサンブーン。君にはうらみはないけれど、仕方しかたが無いんだ、倒させてもらうよ」


 大きく瞳を見開き、首をかしげ、

「なんか知らないけど、いてるね?あたしはただしたいだけだし」


 ――駄目だめだ。

 この少女との時間を共有するのは、わずか、にしておかねばならない。

 ふつふつと湧き上がる、この感覚。

 このの存在は恐らく、俺を“”にする。

 一気にたたむ。

 彼女の存在を、名以外、俺の記憶に残さないために。


 薄刃うすば段平だんびらを抜くと共に、周囲の気温が急激に低下する。

 微細びさい氷晶ひょうしょうが舞い、呼気を白くし、刀身とうしんこおる。

 空には太陽がかさまとい、幻日サンドッグが現れ、白虹はっこうやいばえ渡る。

 氷点下の空気がふるえ、少女を光の屈折くっせつしばるかのよう


「出会ったばかりで申し訳ないが、一気に終わらせてもらうよ。闘技システマ亡き者へ誘うアルマーズナヤ・プィリ・細氷スミェールチ>!」


 氷霧ひょうむを引き裂き、グインの段平だんびらせまる。

 ティキは微笑ほほえみながらさき軌道きどうから逃れようと左にける。

 ――が、動けない。

 彼女の右足が大地に引っ付いている。

 寒さで隆起りゅうきした霜柱しもばしらおでこ靴ロリヰタパンプスの靴底にくっつき、離れない。


 その大きな瞳をぱちぱちさせ、焦った様子で、

「――!?アレレ?動けないし!」


 グインははすから袈裟懸けさがけに少女をせる。

 水月すいげつに達した刀身をおもむろに引き抜き、柄頭つかがしらたなごころえ、胸骨脇きょうこつわきあばらの間に突き入れる、心臓目掛めがけ。

 つらぬいた感触を確かめるやいなや、即座そくざに刃を引き抜き、左肩に刀身を引き上げ、逆手さかに持ち替え血振ちぶり、距離を置く。

 舞い散る鮮血は間もなくこおり、血氷けっぴょうのヴェールで少女を包む。


 漆黒のリップを塗った小さな口許くちもとを血でしゅに染め上げ、

「えっ?えっ!?――…や、ヤラれちゃった、……」


 少女の首が力なく、カクンと落ちる。

 氷柱ひょうちゅうで支えられた少女は、まるで仁王立におうだつように、呆気あっけなく絶命。

 やがて、氷晶ひょうしょうが集い、少女は厚い氷棺ひょうかんに閉ざされる。

 穏やかに眠るような表情が、妙に切なく、わびしい。


「美しき少女よ――せめて、そのはかなき美しさをいだいたまま永遠とわに、くが良い」


 俺の国士無双制覇グラン・ランブルは、まだ、始まったばかり――

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