11話:風すさぶ星屑の乙女

―――――



 たまゆら、アンジュは瞳を閉じ、国士無双制覇グラン・ランブルでの戦いを振り返る。


 ――あやうい。

 一言でうのであれば、

 いや、駄目だめだった、そう。

 これほど危機ピンチ正に秩序たらんオンリー・オーダー・ワン対峙たいじした以来か。無論、その意味合いは全く異質いしつだが。

 異質ではあるが、等価とうか

 異例ではあるが、時事じじ


 ――なぜ?


 その全ては、およそ、自身にある。

 かり、はなかったが、おごり、があった。

 奢り、はあったが、ほこり、はなかった。

 誇り、はなかったが、あやまり、があった。

 あなどり、おちいり、そして、自分への怒り。

 瑠璃るりの首飾りをにぎり締め、天理てんりを見つめ直す。


 抑々そもそも、“しつ”が違う。

 英雄としてのセンスが、英傑としてのランクが、英霊としてのレベルが、違う。

 あり巨象きょぞういや、ミジンコとドラゴン程の違いがある、そう、あったはず


 それが、、だ。

 実に、

 くだらん、というのは、自身に対して。自身の甘さ、ぬるさ、おごり高ぶり、浅慮せんりょ

 今迄いままで、戦いたおしてきた者共ものどもと比べ、どれ程のだった?

 ――、だ。

 なのに、こんな事になろうとは。


 まったく――

 ――全くもって、腹立はらだたしい。

 本気になる事を、真剣にいどむ事を、挑まれる事を、ひさしく、げにも久しく忘れていた。

 じつに、なげかわしい。

 思い出せ、挑み挑む事を。

 最強だった、あの頃を。

 最強とは、常に自身の中にある事を。

 思い出すんだ、記憶ではなく、細胞レベルで。


 馴染なじむ迄、どれくらいかかる?

 儀式も典礼てんれい段取だんどりさえなく、行ってしまった。

 行わざるを得なかった。

 何故なぜもこんなに貧弱で、脆弱ぜいじゃくなる体を、なんの魔術式もともなわず、使わなきゃならんのだ。

 国士無双制覇グラン・ランブル終了後、改めて行わねばなるまい。

 しかし、しかし、だ。

 つのか、は?


 精々せいぜい近衛兵このえへい、その程度。

 馴染んだところで魔力にえられるのか?


 慎重しんちょうに――

 薄氷はくひょうむがごとく、

 ――慎重にならざるを得ん。


 この新たな肉体からだでの『唯聖王ファラオ』としては。



―――――



 強烈な魔術の負帰還フィードバックが体細胞を焼く、重度の火傷やけど

 内臓どころか、神経系にもダメージが。

 カノポスのバックアップでは、とても足らん、魔力もだ。

 最早もはや、使い物にならんな、このからだ


 資力デュナミス在りし日のカァイ・ネチェル蜃気楼・ケペレト』が破られた。

 抵抗の余地よちさえ与えず、考えるいとまさえ存在しぬ我が呪縛じゅばく

 、のではなく、、それが“りし日の蜃気楼しんきろう”。

 自意識さえ存在しない深い深い深層心理、記憶さえ残らぬ電気信号、感覚質クオリア彼方かなた、魂のらぎ。

 そのわずかなを増幅、被術者の願望をの当たりにさせる、自らの五感をもって。

 如何いかに理性が、悟性ごせいが、道理が、理屈が、論理が通らずとあらがう事のできない、本人の求め願い欲する希望の夢幻ゆめまぼろし

 知性が高ければ高い程、倫理的な者であればある程、そのかかりは強く、自らめっする。


 だと云うのに、打ち破るか、この小娘。

 尋常じんじょうではない克己心こっきしん、恐るべき意思の強さ、不退転ふたいてんの決意か、いや、こわれてのか、壊れてのか。


 一刻の猶予ゆうよもない。

 完全に、追い詰めチェックられた。

 なんということだ。

 に来て、ようやく、気付いた。

 国士無双制覇グラン・ランブルが、生易なまやさしいものではない、と


 目の前にせまり来る槍の切っ先。

 その鋭さ、神意しんい、勢い、伝わる意気込いきごみ、恐るべし。

 逃げる事も、避ける事も、かわす事も、叶わん。


 ――ああ、うぬの勝ち、だ。

 認めよう、の負け、を。

 見事みごと、であった。

 小娘よ、うぬしんに英傑であった。


 ――だが。

 すまんな、小娘。


 やるしかあるまい――

 ところで?

 いたかたるまい、自らの失態しったいは明白。

 たおれる訳には、、いかんのだよ。

 また、な。

 使わざるを得ん。

 ――秘資力モーフェート勇壮たらんハウアーク・イブ夢想、転生すシュトレンバァカァ』を。


 なんという形相ぎょうそう見据みすえる熱視線ねっしせん

 英霊に求められるべきその覇気はきが、その強き意思宿る瞳に現れておる。

 真っ直ぐに、正しき道を見定め、希望の未来ときせる英雄の眼差まなざし。

 その精神こころは、正しく英霊そのものよ。

 に、に、に――


 ――容易たやすき“素体そたい”よ。


 英傑ゆえに、目をらさん。

 視線から。

 が、敗因ゆえん、だ。

 勝利を確信したる者、もまた同じだが、意思が瞳に宿り、開く、心を、魂を。

 故に、無防備はだか

 さあ、を受け入れよ、勝利者たる女傑アンジュよ!


 視線の交錯こうさく

 ――バババッ!!!

 光学的な視野にひそほのかな影が、たいを入れ替える。

 アンジュの瞳にファラオが、ファラオの瞳にアンジュが、そう、映し出されたまま


 一瞬、全てのが失せた。

 、感じた。

 引っり返る、全てが。

 見えている世界が、がらりと変わる。

 いや、視線が、視界が、視点が、変わり変わった。


 せまり来る穂先をり目気味ぎみに感じていたが、今は違う。

 腹と胸を穿うがち、血塗ちまみれの男の眉間を槍で貫いた、その姿を見ている。見下みおろしている。

 槍をにぎめる拳の力をゆるめる、そう意図いとする。

 かすかな遅れをともない、握る手許てもとが緩む。


 ――成功。

 も、生まれ変わってしまった、か。

 何度目、か。

 まあ、そんな事、どうでもいい。


 もう一度、う。すまんな、小娘よ。

 勝ったのは、うぬだ。

 だが、残ったのは、だ。


唯聖王ファラオ、タイ・カの聖王にして全てをべる不死なる者。

 そして、風の部族連合首座しゅざグ・ヒュー族の筆頭戦士“眉に星持つ者”アンジュ、アンジュ・スターブロウ、だ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る