10話:遺跡の王、死す

―――――



<アンジュ!>


 ――だれ?

 い、一体、は――

 ――ば、馬鹿な……


 穂先ほさきり出そうとしたその刹那せつな、目の前に跳び込んできたのは、まぎれもなく、疑いようもなく、母さんの、ジョシュカの、思い出の顔。

 槍先を止め、目をらす。


「アンジュ!アンジュなのね!?」


「か……母さん??」


 ――どういう事なの?

 目の前にいるのは、なつかしい母ジョシュカの姿。

 ファラオは?

 ファラオはどこに消えたの?

 これはどういう事?何が起こっているの?

 白昼夢はくちゅうむ――幻影?それとも、走馬灯そうまとうたぐい

 腹と胸をこぼち、血塗ちまみれのファラオはそこには存在せず、優しい笑顔でたたずむのは母さん。


「見守ってきた――ずっと、貴女あなたを……」


「――え?」


 ――不思議。

 母さんと別れたのは、私が幼児の時。

 記憶なんて残ってるはずがない。

 なのに、なのに、何故なぜ

 その表情、その声、その仕草しぐさ、全てが懐かしい。

 潜在意識にすり込まれた母さんの記憶がよみがえり、目の前の女性を母さんだとはっきり認識している、とでもいうのか。

 寺院でらしていた時、毎月楽しみにしていた母さんからの手紙におもいをめぐらす、その時と全く同じ感覚。


「覚えてないかも知れない、分からないかも知れない、でもね、アンジュ。わたしは貴女の事、忘れた事なんて一度もない」


「――…」


 おかしい――

 何もかも、おかしい。

 おかしい事は分かっている、認識しているし、意識もしている。でも、理性が反論しても、感覚が、感性がそれを否定する、全力で。

 幻術、幻影、まぼろしたぐい

 なのに、実感。

 有りない現実に、空想に、妄想に、しかし、事実が勝る。

 何故なら、今目の前にいる彼女は、余りにも、あまりにも私の知っている母さんそのものだから。


「強くなったのね、アンジュ。誇らしい我が子、アンジュ…」


「……母さん」


 両手を拡げ、目に涙する母ジョシュカ。

 なぜだろう、私もほほらす、自然に。


「強くなった貴女には分かっているはずよ」


「母さん、それは?」


 微笑ほほえみながら、

ゆるすこと――他人ひといつくしむこと。なんの罪もない、うらつらみない者を慈しむ心。それが、


「――うん」


 母さんの“”だ。

 強くたくましく、それ以上に、それが母さんの想い。

 手紙にいつもあった。

 忘れよう筈がない。


「もう勝敗は決したわ。彼を、うらんではいけない。殺してもいけない。のがしてあげなさい。それが優しさよ」


「恨んでなんていない。戦う運命さだめにあった、それだけだよ母さん」


「いい子ね、アンジュ。本当に、いい子に育ってくれたわ、アンジュ」


「ありがとう、母さん」


「さあ、アンジュ。故郷くにに帰りましょう」


 唐突に――

 ――違和感。


「え!?――故郷に?」


「そうよ、アンジュ。貴女は十分強くなりました。もう恐れるものは何もない筈です」


「――でも、今の私では部族を救えない…国士無双制覇グラン・ランブルに期待を寄せてくれている皆を裏切ってしまう…月の民へのうらみを晴らせない」


「さっきも云ったでしょ、恨んではいけない。仮に敵であったとしても、誰一人、恨んではいけない」


 ――違う…


「――…誰一人……」


「そう、誰一人として、恨んではいけない」


「……、も?」


「……」


 確信かくしん――

 私が母さんと離ればなれになった原因は、月の民とのいくさ

 父さんを恨むな、と母さんはいうが、不朽の愛アガペーに生きた母さんの自己犠牲の精神は、そんなではない。

 大神エイラーンの徳に生きた戦士であった母さんは、そんな生ぬるい事を云う筈がない。

 母さんは、私の、私の処遇しょぐうへの恨みを一身に受ける、そう手紙で語っていた。

 そうヒトなんだ。

 敵を、状況を、今を恨むな、恐らく彼女は、そう語るだろう。でも、その分、自分を恨め、と彼女は云う、に決まっている。


 母さんは、本当に強いヒトなんだ。

 目の前にいるは、母さんでは、

 母さんの優しさとは、こんなではない、こんなではない、決して。

 母さんは、強く、そして、優しいんだ!


 ――ドシュッ!

 母さんの眉間みけんに、切っ先を突き入れる。

 目を見開き、驚愕の表情を浮かべる母さん、いや、ファラオ。


 眉間からつたう鮮血に苦悶くもんの表情を浮かべ、

「――な……なぜ――…か、かっていた筈なのに…」


「凄いだった。とても、私一人では破る事はできなかった」


「な、なんだと……では、な、ぜ…?」


「お前が…貴方あなたが見せた母さんの幻覚。その幻覚にあって、母さんは私に力をくれた。母さんの力で、貴方の蠱惑こわくを打ち破った」


「そ、そんな…馬鹿な……我が術を、我が術で破る――だと…」


「さようなら、唯聖王ファラオ、偉大なる王よ。貴方の分迄ぶんまで、私は生きる」


「や……や、やめろーーーッッッ!!!」


 爛々らんらんと輝くファラオの両瞳りょうめの間、烏兎うとを神槍の穂先が深々と突き刺さる。

 鮮血が舞い、瀑布ばくふのように散らす。

 タイ・カの王、死す。


 英傑えいけつ、一人、散る――


 終わった――

 国士無双制覇グラン・ランブルの初戦、にした。

 

 ――英傑達の戦いはまだ、始まったばかり。

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