9話:吹けよ風、呼べよ嵐

―――――



 収縮する空間、収束する大地、せまり来る建物。

 辺りを包む異国風の遺跡いせきは、彫像や記念碑、建物から岩、砂も植物もちりさえも、その全てが一人の人間の意識によってつくられたもの。

 造物主ぞうぶつしゅは、唯聖王ファラオ

 『偉大なるドゥアト・聖王によるジェセルネスウ大殺界・ウェレト』は、ファラオの持つ資力デュナミスの一つ。

 恐るべき心象ファンタズム結界・リアリティ


「馬鹿げてる……こんな広範囲に及ぶ術式なんて…」


 ――なんて事…

 奴の力は、幻術げんじゅつ念動力ねんどうりょくたぐいではなかった。

 何もない荒野の、これだけの広範囲に、自らの意思で自身を優位となす空間を作り出す能力、それが彼の資力デュナミス

 まるで、蜘蛛くもの巣、蟻地獄ありじごく巣穴すあなよう

 対峙たいじしたその時から、すでに奴の術中じゅっちゅうにあったのだ。

 最早もはや、おかまいなし。

 遺跡のていを捨て去り、大地は炎を上げ、岩石はあぶらのようにとろけ、建造物は生き物のように紆曲うねり、トラップさながらアンジュをおそう。


 蜃気楼しんきろうを思わすもやはイメージの喪失そうしつ、つまり魔力の欠乏けつぼう、創造主たるファラオが致命的なダメージを負っているから。

 この巣窟そうくつ崩落ほうらくが先か、私がとらわれるのが先か。

 遺跡をなす物体による攻撃はかわせる。

 煉瓦れんがや石の飛礫つぶて棕櫚シュロ椰子ヤシむち、建物の崩落、糞虫スカラベみ付き、獅身人面像スピンクスはらなど造作ぞうさも無い。

 しかし、熱された砂や炎渦巻ほのおうずま旋風つむじかぜ、死臭ただよ毒霧どくぎり金字塔ピラミッドや神像から放たれる熱線、薄雲うすぐもからそそさんの雨、甘いにおいをかも鑢状やすりじょう砂埃すなぼこり等はかわしようもない。


 肌がただれる、目がかすむ、のどける、胚が痛い、吐き気がする、耳鳴みみなりが、頭痛も。

 意識が遠退とおのきそう。

 躱し切れない奴の創造物が、体内に侵入してくる。

 感染、いや、汚染、か。

 むしばまれる、奴の邪悪な術に。


 彼が創り出したもののは、一体、どこまでなのだろう。

 建物や彫像は勿論、岩や砂、虫や植物、風や湿気、空気までふくむのか?

 周囲、その全て、私を取り囲む環境、その全てを、彼は創り出しているのだろうか?


 ――いや、違う。

 、いた。

 星々の瞳は、彼の姿を見据みすえていた。

 風精シルフたち歌声こえも聞こえている。

 そう、全てではない。

 少なくとも、上空じょうくうは、中空なかぞら迄は、その全てを支配下に置いてはいないはず

 祝福の風よ、星々のきらめきよ、私を守りたまえ!


「終わりだ、小娘!なかからそとからうぬを砕きつぶし、の呪力となれい!」


 無数の砂塵さじんがアンジュを押し潰す。

 鼻に、口に、目に、汗腺に、穴という穴を、呪われた黄土色おうどいろの砂塵がふさぐ。

 意識が――

 理性が、思考が、信条が、その意思が。

 ――遠退とおのく……


<僕の分まで生きてくれ!>


 脳裏のうりぎる言葉。

 峻烈しゅんれつに――

 苦しみの果てに、熱烈ねつれつな意思の力、思い出す。

 ファボロの、そう、ファボロお兄ちゃんの言葉。

 ――そうだ。

 私の命は、私だけのもの、ではないんだ。


「――負けられない……私は――負けないッ!」


 神槍しんそうベラ・ズ・フェンティルの力、稲妻を解放する。

 敵に、唯聖王ファラオに、投げ付けるのではない。

 自分、自分の体に、自分の活力に、その電撃を流す。

 意識を、体を、細胞レベルでふるい立たせるんだ。


 アンジュを袋状ふくろじょうに、まるで棺桶かんおけのようにおおっていた砂塵さじんが爆発四散しさん

 四方しほう霧散むさんした砂塵の中から、アンジュが砂煙を引きけ出す。

 地上の、あらゆる動物よりも素早い動きでファラオに駆け寄り、槍をしごく。


「なっ、なにィ!?」


「これで終わりよッ!」


 ファラオはうつろな目を見開き、驚愕きょうがく、青ざめる。

 き散らされた砂埃すなぼこりから、その鋭い切っ先がきらめく。

 その軌道を追い、左下を瞳で凝視ぎょうし、歯を食いしばる。

 ガハァッ!――

 吐血とけつ


「ぬ……ぬ、う――」


 ――ズブゥ、ブッ!

 神槍は、ファラオの胸中央、左寄りをつらぬく。

 確かな手応てごたえ。

 しんぞうとらえた。

 穂先から伝わる脈動が、一瞬激しくなるのを感じる。


如何いか貴方あなたの魔力が強大でも、心臓を貫かれれば終わりです。

 せめて、やすらかに眠りにつかれよ、圧制者、いや、偉大なる王であった者よ」


 通った鼻筋に目一杯のしわを寄せ、苦悶くもんの表情を浮かべるファラオ。

 穿うがたれた胸を左手で、腹を右手でおおい、両膝を大地につく。


「――…ま、まだ、だ……をナメるでないぞ、小娘!」


 崩壊ほうらくしつつ遺跡が、急速にファラオの体周辺に粒子りゅうしとなって収束し始める。

 傷を覆う手許てもと付近に、遺跡を構築していたであろう魔術的素粒子オドが集まる。

 大規模な資力デュナミス偉大なるドゥアト・聖王によるジェセルネスウ大殺界・ウェレト』の形成に消費されていた魔力を再度取り込もうというのか。

 治癒の術式、我々の知っている全ての儀式や魔術、手法とは異なる治療法、そのたぐい

 これ程、洗練せんれんされた魔術、西方か、あるいはその先、海のてか。


 ――させるかっ!

 両手をひろげ、星空をあおぎ見る。


吹けよ風シエラ・プロセウケスタイ、呼べよ嵐・アネモス・プロスクリシ!>


 一瞬の静寂――

 刹那せつな、アンジュを中心として竜巻たつまきが巻き起こり、周囲を暴風が吹きすさぶ。

 ――ドヒュン!

 爆発的な暴風域は、収束しつつあった魔素オドを吹き飛ばし、き消す。


「ぬ……な、なんっ――だと…」


 作られた遺跡は消え失せ、夜空の下に広がるは一面いちめんの荒野。

 血の気の失せたファラオを見据え、確信。

 ――頭部。

 奴の頭を砕き貫く。

 驚異の生命力のみなもとが奴の創造力たる魔力なのならば、最早もはや、考える余地よちさえ残さぬ程、その頭脳を粉微塵こなみじんに破壊し尽くさねばならない。


「次だッ!次で、本当に決めるッ!!」


 神槍の最後の一撃が放たれる――

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