3話:予言の子ら

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 グリムガル族の老王ガランドラスは、若き天才司祭ダンファラスのげん驚愕きょうがくした。

 風の大神から待ちに待った予言がくだされたのだ。

 予言は生贄いけにえささげた雄牛に神代しんだい文字の焼印やきいんとして現れた。


「長年待ち続けてきた予言が到頭とうとう現れたか。どのような内容であったのだ?」


「予言は3つ。1つは朗報、もう1つは悲報、そして、残る1つは吉報に御座ございます」


「ほほう。話してみよ」


「まずは朗報から。

 我ら風の民に英雄が誕生します。その者は天空信仰者との間でのろい生まれ、やがて我らの信仰に深く目覚め、稲妻をります。

 その英傑えいけつは英雄達の戦いで大いに目覚め、吉報の嵐を呼ぶ、と」


 いぶかしげな表情を浮かべ、ガランドラスは口をはさむ。

「…天空信仰者、だと?呪い生まれるとは、悪辣あくらつな遊牧民族共に陵辱りょうじょくされた女子おなごの産み落とした稚児ちごを指すのか?

 純粋な風の民からではなく、そのような呪われた子が英雄とは…

 ――それが朗報とは、にわかに信じがたいな。

 で、悲報とは?」


「はい、お怒りにならずに冷静にお聞き下さい。

 我ら風の民は、月の民に敗れます。我らの国も部族も信仰も多くが失われ、残った者達は月の民に隷属れいぞくし、苦い風がもたらされることでしょう」


「――英雄が誕生し、しかなお、我々は敗れるのか…

 実に不愉快極まりない話だな。そのような妄言もうげん、我らの大神が下した予言でなければ一笑いっしょうす代物。実に、残念だ。

 して、最後の吉報とは?」


「はい――

 英傑の意思を継いだ者が大いに活躍し、新たな風を吹かせ、月の民を討ち破るでしょう。悪い風は止み、新たな風の部族が生まれ繁栄する、と」


「我らではない風の民の勝利が果たして我らの勝利と云えるのかどうか、正直不明だが、あの忌々いまいましい月の民共が敗れ去るのであれば、それはそれで良し!

 でだ、まずは英傑たる稚児の確保からだ。は捨て去られるかほふられる。故に、それらを見つけ出したのであれば親から放し、部族でかくまう。

 すぐに探し出すのだ」


「はっ!」



―――――



 くせっ毛の赤髪の少年は、にこやかに語る。

「今日、ようやく僕らはここから出られるんだ」


 鮮やかな青髪の少女はあどけない表情を浮かべ、

「えっ!?どういうことなの、ファボロ?」


「僕らはここに来て、今年で丁度ちょうど12年になるだろう?」


「うん、そうだね」


「12年経った子供達は、この純血風属創出レベンスボルン・異魂共存寺院ヘテロカリオンから出所し、風の民の戦士として受け入れられるんだよ!」


「そうなんだ!?」


「僕が14歳、君は12歳。いよいよ、真の戦士になれるんだ」


「とうとう私達も部族の為に戦えるんだね!」


「そうとも!今迄、必至ひっし鍛錬たんれんしてきたことが活かせるんだ。最後の試練を乗り越えたら、僕らは本物の風の民の戦士になれるんだ。

 双子のちぎりりをわした僕ら2人、共に試練に打ち勝とう!」


「うん!」


 少年と少女は手をつなぎ、中庭へと向かった。

 二人の瞳には、大きな希望ゆめしか見えていなかった。



―――運命の最終試練



 14人の少年少女達を前に、老司教は微笑ほほえむ。


「よくぞ、ここ迄つらい鍛錬の日々にえてきた。我が愛する風の子らよ、其方そなたらを心からいつくしみ、その全てをたたえよう」


「ダンファラス様と寺院の皆様のおかげです、今迄本当にありがとうございました」


すで其方そなたらも聞き及んでおろうが、風の民の真の戦士となる為に、最後の試練を受けてもらう。良いな?」


「はいっ!」


「双子のちぎりりを交わした最も親交しんこうあつき友同士並び、互いに向き合えい」


承知しょうちっ!」


「それでは最終試練“愛別離苦あいべつりく”を始める!目の前にある者を敵とし、本気で戦うのだ。互いに殺し合えーい!!!」


 ――!!!?

 居並ぶ子供達は、何を云われ、何をすべきかを理解できない様子。


「司教様…ど、どういうことですか??」


愛別離苦あいべつりくの試練を乗り越えることが叶うのは、ここにる者達の半数。

 今ここに居る者は14名。すなわち、生きて残り、純血風属創出レベンスボルン・異魂共存寺院ヘテロカリオンいでて、名誉ある風の戦士となれる者は最大で7名」


「そ…そんな……」


「司教様ッ!そんなこと、できるはずがありません!!」


「戦わぬ者は二人共、わしめっし殺す!大いなる博愛はくあい慈愛じあいもって殺す!博害はくがいし、慈害じがいせよ!

 試練を越えることができるのは最大7人。それは即ち、6人でも5人でも、最悪皆無かいむでも良い、という事だ」


 泣く者、強張こわばる者、呆然ぼうぜんとする者、おびえる者。

 少年少女達の想いは複雑を通り越して、混沌こんとん


 やがて、覚悟かくごを決めたのか、さっしたのか、

「――くっ、くそぅ……ごめんよ、いくぞ!」


 あたりに剣撃けんげきが響き、精霊しょうろうざわつく。

 始まってしまった、苦楽くらくを共にしてきた信頼する者同士の残酷ざんこくな戦いが。


 微動びどうだにせずうつむいていた赤髪の少年がおもむろに顔を上げる。

 強い意志に満ちた力強い眼差まなざし。

 少年は、決意、した。


「かかってこいよ!」


「な…なにを云ってるの、ファボロ!?あなたを相手に……本気で戦えるはずないよっ!」


「ぼ、僕はラッキーだったよ――君と双子の契りを交わしていて。

 君は今いる仲間達の中で最年少…そ、その君にっ、僕が負ける訳がないからねっ!」


「!?――ファ、ファボロ…」


「俺の“はやぶさつるぎ”をかわせるかっ?いくぞッ!!」


 ファボロは素早く剣を突き入れる。

 目にも止まらぬ無数の突きは、まるで巨大な剣山けんざんごと蜃気楼しんきろう

 これほど妙技みょうぎとても成人前の少年が繰り出しているとは考えられない。

 それ程、彼の戦士としての実力は一級品。


 ――しい。

 ダンファラスは、ファボロの剣術を横目でちらり、憐憫れんびんの眼差しを送る。

 自ら定めたおきてとはいえ、なんとも云えない歯痒はがゆさ。

 直後、体中に電流が走る程の衝撃に身震みぶるいする。


 一陣いちじんの風がふいにかおり、きらりとまたたく星の光を一筋残す、尾を引く程に。

 フォボロの眼前にいた筈の少女の姿は今そこになく、交錯こうさく、少年の背後にある。

 少女の細腕ほそうでに握られた槍先に、その少年の赤髪よりも赤い、あかい、あかい鮮血をまとわり付かせ、風にそよぐ。

 目にも止まらぬ少女の電光石火の突きが少年の胸を穿うがつ。

 勝負は一瞬、既に決していた。


 眉と瞳に光りの玉をのぞかせ、ほおつたうは汗かなみだか。

「――ファボロ…」


 がくりと膝を地につき、口許くちもとからあふれ出る血をこうぬぐい、

「ぼ、僕は本当にラッキー…だったよ――…き……君の手にかかって死ねるなんて…――」


「もう、しゃべらないでっ!」


「――君は一番おさないが、一番すぐれている…それは僕が一番知っている、んだ…

 か、必ず、君は、偉大な戦士になれる…え、英雄にだって…」


「ファボロ…」


「――ぼ、僕の分まで、い、生きておくれ…よ……ア…アンジュ……君に出会えて、、、幸せ、だった…ありが、と…ぅ―――――」


「――ファボロォーーッ!!フォボロお兄ィちゃぁぁぁーーーんん!!!」


 ……――


「アンジュよ、其方そちの勝ちだ」


 ――聞こえておらぬか…

 予言の子らよ、いや、予言のよ。

 苦しかろう。

 悲しかろう。

 悔しかろう。

 だが、其方の歩むその先には、いまだ知り得ぬ苦難が待ち構えている。

 その運命を呪うことなかれ。

 祝福こそをその身に、生きるのだ、生き延びるのだ、我ら希望の娘よ。

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