序章

プロローグ

―――それは希望に満ちあふれた勇者ヒーロー歴史はなし



 無知むちつみなのか、無垢むくこそ罪なのか、無辜むことは何なのか?

 僕は知らない、君も知らない、誰も知らない

 知らない事こそが罪なのならば、この痛みの理由わけなに


 無慈悲むじひな神よ、ああ、無関心なる苛虐かぎゃくの神よ

 僕があなたに求むのは、これが初めてだというのに

 叶えるどころか、聞いてさえくれぬというのか

 ああ、それでも時代ときは、そう、流れゆく


 僕はけもの、血に餓えた獣

 つぐうべきを知らぬ、あがなうべきを知らぬ、悲しき獣

 いっそこんなにも苦しいのであれば、狂気の最中さなかで共に舞踏ダンスを!

 恐怖の狭間はざまで共に断罪を!


 さちばつなのか、らくこそ罰なのか、よろこびとは何なのか?

 僕は負けない、君に負けない、誰にも負けない

 負けまいとする事が罰なのならば、この悲しみの原因わけは何?


 理不尽りふじんな神よ、ああ、冷徹なる非情ひじょうの神よ

 僕がおもいをせるのは、たった一つこれだけだというのに

 差し伸べるどころか、こうも痛め付けるというのか

 ああ、それでもとくは、そう、離れゆく


 ああ、それゆえ僕は、もう、滅びゆく



 これは絶望にむせび泣く故人ヒーロー遺書はなし――



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 一つ、二つ、三つ、四つ――、十二……ん。


 貴石きせきを数える指先にうっすらと血がにじむ。

 黒皮くろかわからなる羊皮紙は、望まれずとも華墨かぼく

 黒耀石こくようせきの短刀をおもむろに、ように手首に押し当て切り刻むリストカット

 手首に刻まれた無数の瘢痕文身スカリフィケーションとは明らかに違うが、まあ、それ程大差たいさない。

 すずりの上の血溜ちだままりに真言セーメイオンを吹き込み、ペンをひたし、つづり、命を吹き込む。


 綴る内容は同じ。

 とどこおりなく、よどみなく、間違いなく、はからずしも通り。

 誰にでも、どこでも、いつでも読めるよう交易語メルカトゥーラムしたためる。

 そら、その証拠に、君はを読めているだろう?

 無論、文盲もんもうでも読めるのだが。


 血文字はもなくうつろに輝き、ぼうっと光る金字きんじす。

 そう、でいい。がいい。

 この資力デュナミスが文盲でも読める所以ゆえん

 この金字のかりは、心をともす。

 開けば、自ずと心に届く。そううもの。


 心に届くからこそ、つどう。

 そうでなければならない。

 つどわねば始まらない。

 なに、が?

 分かっているだろう、そうだろう?


 漆黒の封皮エンベロープに貴石と共にふうじ、封蝋シーリングワックスす。

 後は宛名あてなもとへ送るだけ。

 鳥に獣、蟲、精霊云々うんぬん

 生きとし生けるもの、届けよ、しょを、とどろかせ、しょを。

 さあ、運べや、運べ。


 始まるぞ、国士無双制覇グラン・ランブル

 英雄えいゆううたが。

 始めよう、国士無双制覇グラン・ランブル

 英霊えいれいいしぶみを。


 気ままな英雄譚えいゆうたんを、さあ、見ようじゃあないか!



 なあに、君は何も心配しなくてもいいさ。


 動物園のおりに入れられた猛獣でも見るように、マグロの解体ショーを見るように、パニック映画に出てくる被害者達でも見るように、世物小屋フリークショー禍々まがまがしさをのぞくかのように、肩の力を抜いて、そら、見てみるがいいさ。

 彼らが君らに影響をもたらす事は、一つとして無いさ。

 楽しむ、そう、それだけさ。


 他人ひと人生ものがたりを覗くのは、実に滑稽たのしい。

 だって、そうだろう?

 自分は疵付きずつかないのだから。

 自分が疵付きずつかず、他人ひとり方を、この小説ものがたりを、ああでもない、こうでもない、と云うのは、実に気楽だろう?


 ――え?

 心が“痛む”、って?


 そうか――

 君は、やさしいんだなあ。

 その優しさは、十分に英雄としての素養を、素質を持っている、そう判断出来る。

 そう、君はもう、英雄、だ。


 そうだなあ。

 君の名を、教えてはくれまいか?

 いや、住所はいらない。

 名、だけでいい。

 今から、もう一通、手紙をしたためさせてもらうよ、うん。


 勿論、そうさ。


 君宛きみあての手紙を、だよ。


 送るよ、君にも。

 国士無双制覇グラン・ランブルへの招待状を。

 国士無双制覇グラン・ランブル、○○人目の参加者だ。



 ようこそ、国士無双制覇グラン・ランブルへ。

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