行間 第二章《大きな闇》

行間一森の主


 森の主。

ホープ国南東のサウスイストフォレスト区の森の奥に住む熊型の魔物(まもの)。

 森の支配者的な存在で、そこに住む猿やゴブリンもその存在に怯え、恐れている。

 戦士協会にある資料によれば、A級モンスターで、その体は鉄のように固く、攻撃力も絶大。普通の人が相対すれば確実に一撃でやられる。それにいくら戦士でもAランク以上はないとまともに倒すことはできない。まさに最強クラスのモンスターである。

 また、協会にある討伐履歴によれば、今回の琥珀の討伐が初めて。協会発足初の主殺しとして名を残した。

 


























第二章大きな闇


 第一回タコパが開催された。

 もちろん俺はたこ焼きを作る係である。

 いろいろと混ぜたたこ焼きの素を入れ、タコを入れ、回して、ひっくり返して、キツネ色になったら皿に入れる。この作業を繰り返しているだけで、俺はまだ一個もたこ焼きを食べれていない。

「おい、だれか、交代して?」

「まあまあ、待てって」

「キョウちゃんは、まだまだ焼くの〜」

「お兄ちゃん! 次!」

 明日花さんは酒飲んで酔っ払うし、他二人も変わろうとはしないでたこ焼きをバクバク口の中へ入れていくだけ。この状況はなんだろう。いじめの一種かな? 俺が餓死したらどうするの?

「ああーもう!」

 もう、ほんとやだ。弱いとこうなるから。いや別に関係ないかもだけどね!

「お?」

 ここで俺の頭がキレた。怒ったわけじゃなくて、珍しく頭で考えて。

 半分くらい隠せばいいのか。

「はい、次〜どうぞ〜」

「うまいうまい」

「美味しいよ、お兄ちゃん」

 そう言って普通を装い、俺の膝の上に置いておいた皿にたこ焼きを入れていく。

(よし! やっと食べれる‼︎)

 そう思った直後、

「お兄ちゃん、膝の上にたこ焼きあるんだけど、どういうことかな?」

 あ。やばい。

「よこせ! 矜恃‼︎」

「うらぁーー!」

 琥珀が見つけてから一瞬で、膝にあるたこ焼きに食いつかれ、なくなった。

 ああ、俺はいったい、いつ食えるんだ。

「ねえ、キョウちゃん、主さんってどうだった?」

「恐怖の塊ですよ、怖いなんてもんじゃない!」

 あれは俺が戦うような相手ではない、別次元だった。皮膚は鉄のように固く、爪は日本刀のように鋭く、顔はまさに鬼のような、一言で言えば怪物。まあ魔物だから怪物なんだけど。

「へぇー」

 微笑みながら明日花さんは答える。

「でも、勝ったんでしょ?」

 それは琥珀がいたからだ。琥珀がいなければ絶対に負けていた。俺の強化魔術では歯が立たない。まあ俺の強化魔術なんてたかがしれているんだけど。

「琥珀ちゃんがいたからだけじゃないわ」

 だけ? でも俺は何もしていない。ただ琥珀や虎狼を担いだだけ。

「いや俺は……」

「あなたの判断も行動もあって、三人で取った勝利なのよ。それを忘れないで」

 不意に慰められたが、不思議と元気は出た。

 明日花さんは今は違うが、戦士だった人である。何でやめたのかは知らないけど、ランクはS。SSにはとどかなかったが、それでも王国の最強戦士に選ばれてもいる。

「あ、はい、ありがとうございます」

「お兄ちゃん、喋ってないで早くたこ焼き作ってよ」

 そんなプチ感動シーンなど長くは続かず、琥珀がお腹を空かしちょっと怖い視線を向けられた。

「分かったって」

「ならよろしい!」

「何様だよ笑」

「お姫様‼︎」

 ああ、かわいいな。ちょっと凹んだ俺の心に染み渡るわ。

 琥珀の笑顔は最高だぜ!

「なあ矜恃、今度はクエストとかするのか?」

 ああ、特にそんなことは考えてなかったけど、次は、か。

「次ねーー、まだ考えてないな」

 隣ではたこ焼きうめぇーって顔で次から次へと食べまくる琥珀を見ていて、なぜか思いついた。

「明日花さん」

「ん〜? 何、キョウちゃん?」

「次のクエスト、一緒に行きません?」

 もう引退はしているが、明日花さんは琥珀以上。ランクはS。俺らには大きな力となってくれる。そして何より、勉強になる。まあ虎狼も嬉しがるしな。

「お、行こうぜ姉ちゃん!」

 やはり虎狼は乗ってくれた。

「んーでも、私もう引退したし、動いてないよー」

「いや、でも行ってみません?」

「行こう姉ちゃん!」

「……。」

 数秒の沈黙。

 まあダメだよな、体も鈍っているだろうし、仕方がないか。Sランクの技を見れると思ったんだけどな。

 ちょっと落ち込んだその時。

「じゃあ、行ってみようかな」

 予想外の返事だった。

「いいんですっ⁉」

「うーーん、まあ。久しぶりに体を動かせるしね」

「本当に、いいんですか?」

「いいよ、キョウちゃん。お姉さん頑張りたい!」

「そうこなくっちゃ!」

 さっきまで食べ続けていた琥珀も反応してきた。Sランクの技を見れるのは琥珀にとっても嬉しいことだし、良い経験になる。本当に感謝しないと。

「お、お願いしますね!」

「うん! よーーし、がんばるぞーーー‼」



 そのあと、虎狼の小さな時の武勇伝や、琥珀が俺のドジッったことを暴露し、笑って笑われ、残りの時間を楽しんだ。特に、虎狼がスライム相手に三十分かけて倒した話は傑作だった。俺が言えたことかってね笑。

 そんな話の途中、疲れが不意に襲い、みんな寝落ちしまって、そのあとどんな感じだったのか覚えてない。

朝起きると部屋には明日花さんはいなかった。姉においていかれた虎狼は少し泣きそうだったが、とにかくずっといられても邪魔なだけだからとりあえず帰らせて、一番めんどくさい掃除を終えて、やっとの思いで朝ごはんを食べようと思い冷蔵庫をがばっと開けた。だがそこで、俺は重大かつ絶望的な問題に直面した。昨日のタコパのおかげで、冷蔵庫の中身は全滅。正確には醤油と味噌と砂糖と塩。卵がおまけに一個入っているだけ。それを見た俺は呆然と冷蔵庫の前で立ち尽くしてしまった。

 その姿を後ろで見ていた琥珀が口を開く。

「お兄ちゃん、これはどうするつもり?」

 琥珀には悪いがどうにもできない。今日は朝無しコースか……。

「ん…………」

 卵と醤油と味噌と塩と砂糖。

 この全てを混ぜて作った日本風なスクランブルエッグを想像する。味噌と醤油の隠し味に、塩と砂糖が作り出す甘じょっぱさ。名案そのもである。

「んーと、お兄ちゃんに任せな!」

 後から外食を選択すればよかったと後悔するのだが、俺はまだ知らない。出来上がったスクランブルエッグがまずいことを。冷静になれば分かることなのだが、琥珀からのプレッシャーもあり正確な判断も出来なかったのだろう。

 それはまさに、同盟軍が内部から壊れていくように。互いの味を壊し、削り、味という概念がないくらいにバラバラになってしまったような出来になっていた。

 口に運んだ瞬間に広がる味は、悪い意味で、頭から離れない。

 おかげで琥珀には激怒され口も聞いてくれず、どうすることもできない俺にかけられる言葉はもはや無い。

 今の時刻は朝七時半。しょうがなく外に食料調達に出向いた俺は時間を確認し、歩いた。

 朝七時半にやっているスーパーはあるわけがないのでとりあえずコンビニへ直行し、唐揚げ弁当とバニラのハイパーカップを二つずつ買う。

「こんなもので何とかなるかな?」

 その不安だけが残る。

「何が何とかなるって?」

 聞いた声が聞こえると思い、前を向くと店長さんがいた。

「店長さん!」

 そこには、いつもとは違う格好の店長さんが買い物袋片手に立っていた。

 カジュアル系のかっこいい感じの服を身に纏い、一言で言うとダンディと言える。

「お前こんなところで何やってんだ?」

 まあそれはな、いろいろとね。

「いやぁ、琥珀に怒られちゃって、お詫びかなんか買おうと思って」

「あららら」

「何にも口聞いてくれなくて」

 一応店長は結婚していて俺よりは女心が分かるはずだ。

「どうすればよかったんでしょうかね」

「まあ、お前に非があるなら謝っとけ」

「ですよね」

 まあ俺の考えはあっていたようだ。お詫びもあれば何とかあるだろう。物で釣っている感じがするがこの際、そんなことは気にしない。

「ありがとうございます」

 そういえば、店長もランクA戦士だったよな、誘ってみるのはどうだろう。

「店長、今度行くクエスト一緒に行ってみません?」

「クエスト? あー」

 まあ店もあるし、少し迷惑だったかな。

「明日花さんもいますよ」

「ああ、Sランクだった」

「はい、技を盗めないかと思いまして」

「でも、俺は店もあるからな、パスしとくわ」

「いえいえ、分かってましたよ」

「まあとにかく頑張れ、じゃあ俺も用事あるし行くな」

 急ぎの用事なのか、ていうか朝から用事って何だろう? 仕込みのことかな? 小走りで去って行く店長を見届け、もう一度歩き始める。

 俺はアイスを持っていたことも忘れ、俺はついでに武器店に行こうと考えていた。

前のクエストで自分に武器がなく、魔術が使えない俺にとってかなり致命的だったことを気づいて、武器を買おうと考えていたのだ。そして最寄りの武器店へ向かった。

武器店に入った俺は初めてまじかで見たこの武器たちの輝きに感動しつつ、よく考えた。

ここに売っている武器は科学的な施しがあり、電撃を放ったりするものや、凍らせる県など、火炎放射や高性能水鉄砲まである。だが、この世の中、科学技術よりも、魔術が便利なことも多く魔術優先となっていて、あまり効果は薄かったりするのだ。

 特に戦闘には魔術、生活には科学と、昔から分けられていた。科学としても数百年前よりかは確実に向上しているが、やっぱり使われなずに魔術が多く使われる。

 それでも、多少あれば何とかはなるだろうと思い。

 一年ぶりくらいに武器店に入るのだが、やはりダサい名前が書いてあるドアを目の前で吹き出しそうになる。

「武器の店ってセンスないだろ笑」

 ドアを開けると、奥に見える会計に店主であるカインさんが立っていた。

「おおー矜恃じゃん、おはよう!」

「おはようございまず。」

「カイン、武器をオーダーメイドして欲しいんですが」

 そう、俺にあったすごい武器が欲しい。特に剣が欲しい。

「ああ、できるぞ!」

「お、まじすか!」

「どんなのがいいんだ?」

「んー日本刀ベースで」

 日本刀なんて正直見たこと無いが、なんかかっこいいじゃん。ロマン。ただそれで決めてしまった。

 これがいわゆる後悔する元凶である。

「じゃあ、一時間待ってくれ」

 一時間なら武器店のテレビでも見て待とうと思い、もうすでにアイスの存在を忘れ、気づくことない俺はソファーに座って時間が経つのを待った。


 一時間ほどスマホで小説を読んだり、魔術について調べたりと色々やって過ごした。

「できたぞ、矜恃」

 少し、眠り気味だった俺はびっくりして、

「っ⁉︎ あ、はい」

「ははっ! 寝不足かいなー、ほれ見てみ」

 俺の目の前に出されたのは刀身、持ち手、全てが黒一色の漆黒の剣。見ているだけでも自分が剣の中へ吸い込まれそうになるほど黒、いや、闇に包まれていた。

「これって魔術装備しているんですか?」

 魔術装備とは武器の使用者が思うだけで発動してくれる魔術が装備されているという魔術と科学の混合武器だ。

 カインは目を見開て言う。

「いや、特にないぞ」

 それではただ黒い剣じゃないか。

「まあ、使っている素材が特別だがな」

「何を素材に?」

「ロンズデーライトっていう、ダイヤモンドよりも硬いって言われる鉱物を使って見た、結構硬くなったんだぞこれが」

 ロンズデーライト。六方晶系の結晶構造を持つ炭素の同素体で、科学者たちの間でも58パーセント、ダイヤモンドよりも硬いと言われている頑丈な鉱物。いまだその性能は未知数だが、期待が大きい代物だ。

 そんなものを一体どうやって仕入れて作ったのかは気になるが教えてくれないだろう。

 ていうか、お金は大丈夫なのか?

「硬さは本物だ。使ってみればわかるさ」

「使ってみれば、ね」

 この次のクエストで見てみようかな。まず、俺の出番なんてやってくのかどうか。そこだけどな。

「カイン、ありがとう」

「おう、頑張ってこい!」

 剣は腰に携え、その長い刀身を揺らしながら、重さが増した一歩を踏みしめる。

 あ、と。

「そうだ、カイン、お代は?」

「あー、忘れてたわ」

 いやおい、そんなんで大丈夫なのか、盗まれても文句言えないぞ。

「んー、どうしようかな」

「いや、この剣、なんか高そうなすごい鉱物で作ったんでしょ?」

「まあな、一応そうだ」

「じゃあ、十万ホープくらい出します?」

(ホープというのはお金の単位で、日本でいう円と同じです。)

「そんなにいらねーよ」

 いやそんぐらい出さないとなんかこっちの気が済まない。

「出世払いだ!」

「はい?」

「本当はそれはな、知り合いの鍛冶屋さんからもらったものなんだ。でも、なかなか使いどころがなくてな、ちょうどお前が来たし、伸びしろがお前にはたくさんあんだろって思ったわけだし。とにかくな。お前がすごいことするって信じてるからな」

 俺は驚いた。出世払い? 伸びしろ? そんなものを俺に要求してくるのはカインが初めてだ。俺はランクDだぜ。もう呆れられているはずなのに。

「お前がランクSSになるのを信じてるぜ」

「いや、そんなこと言われてもな。困る」

 そんなことをいろいろ言われ、俺がお金を出そうとしても遠慮してきて追い出されてしまった。

 武器屋を出ようとしたとき、俺は気付いた。

 アイス買ってたんだ。

 袋の中のハイパーカップは触ると手形がつくほど溶けていた。すごいドロドロになっていた。その時、俺は思った。

「結局こうなるんですかっ!」

 余計仲直りしずらくなってしまった。


 案の定、帰ってそのアイスを渡すとまた怒ってしまい、口を聞いてもらえなかった。

「琥珀、本当にごめんよ、もう一回買ってくるからさ」

「本当に?」

「本当に」

「なら許す!」

 もう一回アイスを買うことを約束して俺は許してもらう。

 甘いものが大好きな琥珀にはお菓子を買えばなんとかなるということが分かった。ていうか琥珀ってちょろくね? やばい、そんなんじゃ他の男に狙われっ⁉︎

「ねえねえお兄ちゃん、変なこと考えてない? 顔に書いてあるよ」

 え? うそ! 書いてある⁉︎

「はあ、まったく。お兄ちゃんはドジなんだから……」

 琥珀が小さくため息をつく。それと同時に。

 ピンポーンっとインターホンが急に鳴り響いた。

「ん? 誰だ?」

 俺はカメラを見ると、俺が見ていること悟ったのか、手を振っている虎狼と明日花さんが映っていた。

「明日花姉さんだ!」

 琥珀は急な訪問を喜び、飛び跳ねる。

 俺はドアを開けて中に入れた。

「うーっす」

「こんにちは〜」

 昨日もあったのに今日は何しに来たのだろうか。俺がそう考えているとちょうど二人が話を持ちかけて来た。

「矜恃、昨日言ってたよな」

「ん?」

 昨日? 

「クエストだよ」

 ああ、みんなで行こうって言ったやつか。

「クエスト明日行くのは無理か? 俺と姉ちゃんは明日なら都合が合うんだが……」

「うん、俺ら暇だし別にいいよ?」

「お兄ちゃん、私を一緒にしないでよ」

「いや、だってなんもないでしょ?」

「うーん、そうだけどぉーー! お兄ちゃんのバカ!」

 えーー、なんでーー? どういうこと? なんか琥珀ってツンデレなのかそうじゃないのか分かんなくなるよな。

「じゃあ大丈夫なのか?」

「ああ、もちろん」

 俺は明日花さんの技を見たいし、俺はこいつの強さも見たいし。俺は自分の腰に携える刀を撫でてそんなことを思う。

「明日花姉さんって、どんな風に戦うの⁉︎」

 戦士には二つのタイプがいる。一つは琥珀のような魔術が中心の戦い方をする魔術師タイプ。

 もう一つは俺のような魔術の苦手のやつが科学の武器を使って苦手なその部分を補って、向上魔術を使ってパワーで押し切るタイプだ。

 俺的には魔術師タイプかなと思うけどな。

「私はねー強いて言えば、魔術と科学の混合かな?」

 おお。

 弱点がなし、さすがランクSだ。まあそれが普通なんだろうけど。

 俺も目標にしてもっと鍛えなければ、だな。

「明日花姉さんすごい‼」

「琥珀ちゃんだってすごいし、十分だよ」

 魔術は、っていうことかな。

「琥珀ちゃんの魔術は最高クラスよ、Sランクに匹敵するくらいじゃないかな。私なんか相手じゃないわ」

「そ、そうかなぁ〜」

 琥珀の顔が赤くなっている。照れている琥珀も可愛いな。ここで俺の妹愛が炸裂する。

「琥珀ちゃんの魔術は最高クラスだけど、キョウちゃん」

「はい?」

 なんだ? 俺は最弱クラスだけってか?

「魔術は弱いんだけど……」

「そうですよね、知ってますよ俺は」

 やはりだ。

「い、いやいやいやそう言いたいわけじゃないの、最後まで聞いて!」

 いやいいですよ。そうですよ。俺には才能がないんですよ。そうですよー。

「いやね、キョウちゃんの動き、向上魔術の種類、その効果というか……強さかな、それがすごいの」

 動き? 向上魔術? 強さ? 何を言っているんだこの人は?

「あなたのね、そのスキルは本当にすごいのよ、それこそ最強クラス、とまではいかなくても一流だと私は思う」

 俺の向上魔法が一流? そんなまさか。

「そんなわけ……」

「いいえ、本当よ、少なくとも私よりはいい動きをするね」

 そんなの本当なのかな。

 ってなんで明日花さんがそんなこと知ってるんだ?

「明日花さん、もしそうだとしてもなんでそんなこと知っているんです?」

「え?」

 そうだよ、明日花さんとは話をしたことくらいで、戦闘を見せたことなんてないはずだ。

「それはね、キョウちゃんたちが小さい頃、クロウ様(矜恃の父、クロウ=ラナンキュラス)が一緒に修行に連れて行ってくれたの?」

 んー。そんなことあったっ…………ん⁉︎

「「あ!」」

 俺と琥珀がシンクロした。

 そうだ。俺が十二歳の時、琥珀がまだ八歳でランクもまだDだった頃にホープ国南東の森へ連れてかれて俺も琥珀もしばかれたあの修行か。確かに誰か女の子がいた様な気がする。

 その修行で俺は向上魔法を取得して、琥珀は炎魔術を取得したんだ。

「そうそう、二人の動きを見て私はね、驚いたのよ」

「俺たちそんなにすごいことはしてないけどな?」

「うん、私の魔術も弱いと思うけど」

「そんなことないわ、びっくりしたんだから! 速い動きと正確な魔術、二人はコンビ組めば最強だと思ったもの!」

 それはもちろんですよ、明日花さん。魔術がどうとか関係なくても、俺と琥珀は二人で一人なんですから!

「えへへ〜」

 琥珀がまた照れ出す。やっぱり可愛いぜ。


 分からないんだが、という顔をしている虎狼は急に口を開いた。

「今日も泊まっていい?」

「あ、うん」

 虎狼の急な提案に反射で許可してしまい明日のクエストはここから出て行くことになった。

 そしてその日の夜はまたもやタコパかな〜という雰囲気になりかけたが、なんと久々の琥珀の手料理になった。たかが十二歳の娘に何が作れるのかと思うかもしれないが琥珀の料理はすごく旨い! Aランク戦士の器用さが料理にも詰まっている。これこそが理想の戦士妻! まさに今時の文武両道的な⁉︎

 まさにその琥珀が裸エプロンしながら料理している姿を妄想して、頭で想像している俺に対し冷ややかな目で見て琥珀は言った。

「お兄ちゃん、また変なこと考えてるでしょ」

 あ、と。

「え⁉︎ いや違う違う!」

「顔に書いてる」

「書いてる⁇」

 俺の嘘が下手すぎて琥珀にはバレていた。

 今日の夕飯は琥珀の得意な料理の一つで俺が一番好きな料理でもある。まだ内緒な。

 ん? 作り方を知りたいって? ダメダメ、だれにも言えないっつーの!

「お前、一人で何してんだ?」

 え⁉︎ 声に出てた⁉︎

「ドヤ顔とかキメ顔とか変顔とか、キモいぞ」

 俺のこの一人やり取りが虎狼に気づかれていた。そして、いくら相手が男でもキモいは心に来るぞ。(琥珀は例外)


 琥珀が一人でごはんを作っている間、俺たち三人はクエストについて話していた。

 今回俺たちがホープ国南東の森で敵対するのは洞窟にいる眠れる竜(スリーピングドラゴン)。これはこの世界にいる神竜をリーダーとする五大竜ではないが、その一角の自然を司る緑の竜の手下だ。ランクは主と同じA。でも確実に主よりは強い。それはなぜか? 理由は種族にある。竜という種族は人間と同等、またはそれ以上の脳(賢さ)を持ち、体は硬い皮膚に覆われ、たとえ魔力が尽きてもその屈強な肉体だけで戦えてしまう最強の種族。人間はこの脳を手に入れてから体の機能が衰えてきたが、竜は両方手に入れた。そんな感じのまさにチートという言葉が似合う種族なのだ。だから、冒頭で話したように、百年程前の戦いでは勝機が一切なく一方的にやられてしまったのだ。

 話が少しずれたが眠れる竜(スリーピングドラゴン)の話をしよう。

「まずキョウちゃん、眠れる竜(スリーピングドラゴン)って知ってる?」

「いえ、まったく」

「え、お前知らないの?」

 急に虎狼が入ってくる。

「いや、虎狼。お前は知ってんのかよ?」

「当たり前だ。そんなこともしらないのかよ」

 いや、知らないだろ。分からねえよ。俺はDランクだぞ。

「まあまあお前は知らなくて当然だよな〜、だってDランクだもんな〜、仕方ないよな〜、そうだよな〜」

 虎狼がドヤ顔で煽ってきた。っくそ、うぜえ。

「んだとぉ?」

「まあまあ二人とも、私が説明するわ」

 明日花さんが入ってくれたおかげで第一次お前知らないの対戦が勃発することはなかった。もう少しで虎狼をぶっ倒せたのに、と俺はランク差も考えずに戦いを仕掛けてぼこぼこにされてしまうところだったので良かったのではあるが何か残ってしまうものがあった。

「眠れる竜(スリーピングドラゴン)は緑の竜の手下で、ランクは琥珀ちゃんと同じA。だけど、竜族はそんなランクなんて関係ない、竜ということだけでものすごく強いのよ」

「あ、そのことは知ってますよ」

「え? 知ってたの⁉」

 少し天然だった明日花さんにも馬鹿にされている気はするがそこは触れないでおくとしよう。

「んっんん、えっとね、じゃあ特性とか性格とかを説明しようかな」

 口に手を当て咳払いをして明日花さんは説明を始めた。っていうか、性格なんてあるんだな。

「属性は水で、主な技は水や氷を使った魔術。『竜の息吹』なんて浴びたら一瞬で凍らされるから気を付けることね。えっと、特技はおそらく、氷水(ひょうすい)ね。この技はまず敵を水で覆い、その中で敵に氷の矢を飛ばし弱らせ凍らせて、叩き落すことで壊す技よ。絶対にこれをやられないこと、この技なら私でもやられたら重傷ものよ。あと竜の背中の氷の針は飛んでくるわね。それに分かってると思うけど竜の皮膚は主なんてレベルじゃないほど硬いからただの剣とか槍じゃ通らないわね。まあこんなことかな?」

 それを聞いた俺は自分の腰に携えてある剣を触って。

「(やっとこいつの出番か、お手並み拝見ですかな?)」

 俺の独り言に反応した明日花さんが俺のほうを見て首をかしげたが、すぐに聞き間違えだったのか、と思って話し始めた。

「虎狼は他に分かる?」

「ん~、同じかな」

「まあとにかく、矜持くんお得意の力技じゃあ無理があるのよ」

 そんなことだろうとは分かっていた。大体俺の技なんてDランクの相手にしか意味がない。竜族になんか使おうとは思ってはいないさ。

「分かってますよ、みんなで考えましょう」

 それにそのために買ったわけでもあるしな、この剣は。科学の力を動員しているこの剣なら届くかもしれない。

「そうだね」

「おう、もちろんだ」

 俺ら三人が話して、作戦を決めようかと思ったとき、キリよく。

「じゃあ、その前に」

 琥珀が俺の大好物をトテトテと持ってきた。

「「「おお」」」

 三人の声が重なり。

「夜ご飯だよ」

 三人で囲んでいたテーブルに琥珀が作った豪華で美味しさを漂わせる料理が置かれた。



「「「「いあただきまぁーーーーーす‼」」」」

 四人で顔の前に手を合わせて挨拶をするとすぐに頬張り合戦が始まり、四人の手が突風のごとくテーブルの上を駆け回る。

 今日のご飯は、琥珀が得意で俺の好物であるザンギだ。ザンギっていうのは唐揚げの味付けを濃くした感じのものって言えばいいかな? まあそんな感じの大きくて美味しいボリューミーな料理だ。それ以外にも、シーザーサラダや生ハム、デザートはフルーツポンチで琥珀の手料理のうまさが光る。もちろんホープ国の主食である白米のご飯もあり申し分ない。

 まず俺はザンギを口に運び、噛んだ瞬間に肉汁が飛び出て、さりげなくゴマの香りも肉汁に隠れながらやってくる。それでようやく濃い口醤油をベースとしたザンギの味が口全体に広がって、ここですぐにご飯を頬張るともう最高すぎて失神してしまいそうである。これがいわゆる頬が落ちるってことだろうか。

「うんめぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

 心の声が漏れてしまった。

「ん⁉ うまいぞ‼」

「んん~美味しい! 琥珀ちゃんの料理‼」

 俺に続いて虎狼と明日花さんも、言葉には出来ないほどの美味しさに驚いた。

 ん? さっき言葉にしていたって? まあ気にすんな!

「えへへ、そんなにかな~~」

 琥珀がすごく嬉しそうに赤くなって照れる。

俺は心の中で、萌えだ、と感動して涙を流し、不覚にも琥珀をおかずにしながらご飯を食べることができるって思ってしまった。

 ごめんなさい。嘘です。すみません。琥珀が好きすぎて頭がおかしくなってました。はい。申し訳ございません。あ、嘘でもなかったね。

 まあそれは置いといて、琥珀はすごく可愛かった。じゃなくて、琥珀の料理は死ぬほど美味しかった。

 俺らは話をせずに、その美味しさに心も体も奪われて作戦など忘れ夢中に食べ続けていた。

「いや、ほんとうまいなぁー」

 俺はずっとこんな感じでとにかく感想を言いまくっていた。

「琥珀ちゃん、美味しい」

 うんうん。琥珀は甘くて美味しいんだよ。

 あ、え、そのすみません。

 ボケが多くてすみません、キモイですね。でもキモくてもいいんですよ! だって僕は妹が大好きなんですから‼‼ 可愛いは正義! ロリは正義だぜ‼

「うまい、まじうまい!」

 虎狼もそう言いながらとにかくザンギを口に入れては噛み、ご飯を掻き込む動作を続けている。。

そんな感じにご飯を食べている途中、俺はやっと気づく。

 はっと。

 電気が背中を走るように、脳にぱっと、いきなり出てくる感じに。

 だから俺は口に出してみた。

「なんか重要なこと忘れてないか?」

 俺がみんなに問いかけて、数秒間の間が開いて。

「「「あ」」」

 三人とも同じ反応をした。

そこで琥珀が口を開く。

「そうだよ! 明日花姉さん、作戦考えないと」

「あっ! たしかに!」

 琥珀に続いて明日花さん。

「ああ! そうだった」

 そして虎狼も思い出した。


「作戦はどうしますか?」

 まず俺は一番分かってそうな明日花さんに聞いてみる。

「作戦ね……。うーーん」

 明日花さんは数秒間考えてから少し恥ずかしそうに説明を始めた。そんな姿を見た虎狼は少し喜んでもいた。

「眠れる竜は攻撃も強いし防御力も凄い。そして頭もいい。だから作戦なんて考えてもあまり意味がないのよ」

「え⁉ そうなんですか⁇」

 俺が率直に疑問を口にすると。

「まあね」

ちょっと期待外れだった。意外とSランク戦士でも考えないで戦っているのだろうか。

「でも」

「でも?」

「一つだけなら、対竜族戦で使う作戦知ってるわよ」

「何ですか⁉ その作戦は!」

 琥珀も虎狼も耳を勢い良く傾ける。

「さっき言うのを忘れていたのだけど眠れる竜はね、寝ながら戦うから目が見えないのよ、だから耳と鼻とあとは竜族だけが使うことができる第六感、これらを使って戦うの。だから近接戦をしつつ後ろから音や第六感では感じることができないような速さで遠距離魔術を乱れ打ちすれば竜には必ずあてることができる。単純だけどSランク以上の凄腕達も使っている戦法よ」

ん? どう言うことだ? 目が悪いから遠距離魔術は当たるのか? 目が悪くとも、空気が揺れる波やその音、それ以外にも人の残す匂いや何かで魔術は避けられると思うんだが。

「キョウちゃんはなぜ? って顔をしてるね。いくら竜族でもそこまで万能な耳や鼻ではないのよ。人間やそこらの種族よりは発達しているとしても、なんでも聞こえるってわけではないの。犬だってそうでしょ? 鼻も耳もいいし反射神経もいい、でも人間が叩こうとしたら交わすことができない。それと同じことよ」

 でも、火力不足で当たっても意味がないってことはないのか?

「火力不足の問題は大丈夫よ。虎狼はともかく少なくとも私は攻撃を通すことができる。乱れ打ちすればあの大きい体のどこかには当たるでしょ。そんなに小回りがきくわけでもないし」

 ここで虎狼が出てきたのはよく分からなかったけど、まあいいか。お姉さんに馬鹿にされた虎狼は下を向きぼつぼつ何かを言っているが触れないでおこう。

何をするかを整理しながら役割を考えていると俺は気づいてしまった。

 近接戦って、俺がやるんだよね。

俺が竜相手に戦えるわけないぞ、どうすればいいんだ?

「明日花さん、それで、近接戦は誰がやるんですか?」

 俺は気づいていたものの流れで聞いてしまった。

 すると明日花さんはそんなの決まってるでしょ! と言わんばかりの笑顔で。

「あなたよ!」

 まあ分かってたけどそうだよな。でもすぐに明日花さんの口が開く。

「あと、琥珀ちゃんね」

「「え⁉」」

 俺と琥珀の声が重なった。俺はまだわかる。いや分からんけど。でもそれよりも、何で琥珀が? 琥珀は遠距離戦に使える魔術を使えるしその威力だって強いのに。俺も琥珀も絶対に虎狼が来ると思っていた。虎狼は防御魔術も使えるし、それを使えば俺の近距離戦も多少は楽になる。だからさっき、虎狼はどうこうって言っていたのか。にしても、やっぱり分からない。

 そんな疑問に支配されていた俺たちに虎狼が。

「おいおい、さっき姉ちゃんが言ったこと忘れたのか」

 俺は知っているぞ、とどや顔で言ってきた。さっきの落ち込みはどこへ消えたのだろうか。

「(俺と琥珀ちゃんのコンビは最強……)」

 俺が小声で言うと明日花さんと虎狼が頷く。

「そうよ」

 戸惑いを隠せない俺に。

「お前ら二人はコンビを組めば最強。元Sランク戦士の姉ちゃんが言っているんだからそうに決まってるって! 姉ちゃんを信じろ!」

 そうは言われても、正直、竜と戦って勝てる想像ができない。俺なんかが、Dランク戦士なんかが通用するのか? それに琥珀の足手まといになって逆にダメじゃないのか。

 俺が額に手を当てながら、溜息をつくと。

「いける、あなたは自分を下に見過ぎよ。もっと自分を信じてみなさい。あなたの力は本物だから」

 そうは言ってもやっぱりな。自信が出ないぜ。

「あとは氷水をかわせられればあなたは勝てるわよ」

「まあ、そうですね」

 正直その氷水ってやつもかわせるのかも分からなくて不安が頭を支配する。

 俺は自信なさげにしているが、琥珀も驚いたものの切り替えが早く、やる気満々に鼻息を鳴らす。

「私、頑張ります‼」

 それを見て俺も仕方なく言った。

「が、頑張ります」

 まだやっぱり不安げで自信はつくはずもなく、本当に本当に勝てるのかと、弱いコンプレックスを改めて感じるだけであった。


 あの後も色々と話をして、二人とは明日の朝十時に教会前集合と約束をしてなんだかんだ自分の家の方がねれるということで帰ってもらった。二人が帰った後すぐに俺は疲れて寝てしまった。

 

 でも一度、深夜に変な音が聞こえて跳ね起きると、リビングでそのまま寝てしまった琥珀が吐いていた。

「おゔぇぇぇ」

「おい、琥珀‼︎」

「ゔゔ、う……」

 食べたザンギやご飯が口から次々と出てきていて、琥珀の顔はまさに外の暗闇と同じくらいになっていた。少しだけ背中の翼と頭の角が大きくなっているように見えたがそれどころじゃない。

「大丈夫か⁉︎ おい‼︎」

 苦しそうな顔をしながら琥珀は頷く。

 でもまた急に。

「ゔ‼︎ おおゔゔぇゔぇ!」

 また色々なものを吐き出した。

「おい! 琥珀‼︎」

 俺は背中を優しくさすって楽にしようとするが顔色はすぐれない。

「明日やめた方が……」

 俺がそう言うとすぐに。

「やだ‼︎ ぅゔ、ぜ、ぜったいに行く、の…………」

 苦しそうなのに琥珀は叫んだ。

 頑張ろうとする琥珀の姿を見て流石に止められなかった。

「な、なら、頑張れ」

 それしか言うことはできなかった。

「ぅん」

 琥珀はそのまま倒れて寝てしまったので、俺がベッドまで運び、額にはなぜだがこの時だけ作ることができた氷魔術による氷を置き一晩中琥珀の隣で看病した。

(琥珀……一体どうしたんだ?)


 朝になり、ハッと目がさめる。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 俺は琥珀の手を強く握りしめて、琥珀のベッドに座ったまま倒れて寝ていた。

「お兄ちゃん、手、痛い」

「あ、あ! ごめん」

 俺はすぐに手を引いて、琥珀に昨日のことを聞いて見た。

「琥珀、具合は⁉︎」

「ふふ、大丈夫だよお兄ちゃん! ほら、元気百倍‼︎」

 腕を上に大きく広げて、歯を出しながら笑顔でそう言った。それを聞いていると昨日のことが嘘のようで、背中の翼と頭の角は変わらず大きくなっていたが、それ以外は普段の琥珀とあまり違いはなかった。

「本当に⁉︎ だって、おま!」

「なんか一日寝たら大丈夫になっちゃった。えへへ」

 またも笑顔でそう言った。

「それは良くてねお兄ちゃん、今何時?」

「ん?」

 俺は振り向いて時計を見ると、針は九時を指していた。

「あ!」

 思い出した。

「十時‼︎」

「全く……お兄ちゃんは……」

 琥珀は苦笑いしながら、よく外人がやるポーズをして(手を横にしてWHY? って感じの)溜息をつく。



「お兄ちゃん、剣持った?」

「え? なんで剣のこと知ってんの?」

「いや、昨日寝る時自慢してたでしょ……」

 あ、そっか。

「じゃなくて、早く‼︎ 明日花姉さんが待ってるから!」

 プンスカプンスカしながら手をパタパタさせている妹はとても可愛かったが遅れるわけにはいかないので全力で準備をする。


「準備できた?」

「おう、おっけい!」

「はい行くよ、お兄ちゃん‼︎」

 二人でドアを勢いよく開けて飛び出す。

「っはぁっはぁ!」

「琥珀、大丈夫か?」

「っはぁ!っはぁ!」

 とても苦しそうな顔をしながら頷く。

 そうだよな、琥珀って体力ないからな。俺よりも数メートル前を走っていた琥珀はいつの間にか俺の後ろを走っていた。俺はまたそんな風に遅れる妹が可愛いなと思ってしまった。

 KMT!(琥珀ちゃんマジ天使!)

「おに、ぃちゃ、ん!」

「ん?」

 俺は走りつつ平気な顔で答えると、琥珀は苦しそうにムッとする。

「は、やいぃ」

「あ、ごめん」


 そうこうしているうちに教会前に着いた。

 そして勢いよく扉を開ける。


「ジャス、トォ‼︎」

「っぁはぁあ‼︎」

 俺たちは十時ちょうどに教会前に到着。琥珀は疲れて、地面にぱたーっと倒れてしまった。

「遅い、矜恃」

「いやいや、ごめんごめん」

「大丈夫、琥珀ちゃん?」

 明日花さんはしゃがみこみ琥珀へ手を伸ばし、

「ぁあ〜〜、まあぁ、はいぃ〜」

こう答えた琥珀をなでなでする。

 すると琥珀は、疲れを忘れてしまったのか、顔を赤くして照れ出す。本当に明日花さんのことが好きなんだな。それにしても可愛くて最高。

「よし、装備は大丈夫なのね」

「はい」

 俺は答えて言った。

「じゃあ行きますか!」

「「「おおーー!」」」

 今度は三人で声を合わせて言った。


 俺たちは明日花さんの持っている超近代的な車に乗って、すごい速さで山へ向かう。おそらく教会からは数キロ離れているのだろうに、ほんの数分で着いてしまった。まあこの車体から飛び出したターボエンジンのおかげだな。

 琥珀は勢いよくその着ているマントをはためかせ降りた。

「明日花姉さん! ありがとう‼︎」

「いやいや、いーよ。だって自動運転だし疲れないし」

 いや、自動運転ってすごいよな。だって免許だって要らないんだし。俺は現代科学のすごさにも感動しつつ、明日花さんに軽く感謝を示してから車を降りる。

 あれから数日しか経っていないはずなのに、数年ぶりにこの山に訪れたような気分になった。

 俺はまた山の入り口を前にして、この強い高揚感と緊張と、心臓がばくばくする感覚を思い出した。あの時は全て琥珀頼みだったけど、もう他力本願なんてしたくはない。確かに前回とは比にならない強敵への不安はある。でも、覚えている。昨日の琥珀を。絶対に琥珀に苦しい思いをさせるわけには行かない。

 俺の手は自然と剣に伸びていき、今度こそは活躍するぞ、と意気込むのと共に、Sランク戦士だった明日花さんから盗めるものは盗んでやると決意した。

 そう考えているうちに琥珀たちは森の入り口を進んでいて、こっちへ向かって手を振っていた。

「お兄ちゃん! 早く行くよーー!」

「おう」

 俺もその後を小走りで追って行く。


 森を歩いて数分、早速猿たちが集団で襲いかかってきた。

 だが。

 前来た時の生き残りもいたのだろうか、琥珀を見て血相を変えた数匹が森の奥へと一瞬で消えて行った。それを見た数匹の猿はおどおどしている。もちろん、逃げる暇も与えずに琥珀は。

『白金の精霊よ、我に力を授けよ』

 一度聞いたことのある詠唱。

 琥珀の足元が白くなった途端、白き氷は森一面をスケートリンクのように凍らせて、音速よりも速く猿たちの元に到達する。無力な猿たちは一瞬のうちに凍りつく。

 そして。

『衝撃(インパクト)』

 大きな衝撃波が一歩も動けない猿たち目がけてぶつかる。その衝撃が俺の頬にも突き刺さった。

「ッく!」

 思わず俺は腕で顔を守ってしまった。虎狼もその琥珀の技に圧巻してぽかーんと口を開けているのが俺の指と指の間から薄っすらと見える。

 しかし、明日花さんはそれを冷静な目で見ていた。

(氷結魔術に、衝撃波。さすが琥珀ちゃん、勉強しているわね。この組み合わせはとてもオーソドックスな技。一対多数にとても有効。技のランクもBだから体力も減らないし、基本中の基本ね)

 そんな一瞬の出来事で猿たちは血の一滴も出さずにかき氷のように粉々に散ってしまった。

 本当に数秒の事で、俺らが手を出す暇もない。こんな感じで俺は活躍できるのだろうか。   

 でも、やっぱり。琥珀はすごい。

「凄いな」

 ただの普通の攻撃なのに、こんなにも速く、そして一瞬で終わらせ、かっこよくシメることができる琥珀は戦場のエンターテイナーのようでもあった。

「いや〜すごいね〜!」

 拍手をしながら明日花さんも笑顔で賞賛を送る。

 それを見て琥珀は、またもや顔を真っ赤にして照れた。

 その後も何回かモンスターたちとも戦い、俺や虎狼の出番もあり、色々なことを学べた。モンスターたちとの間合い、攻撃の順番、攻撃のテンポやリズム。その基本の基本を身に染み込ませた。それに、意外と、ランクCモンスターなら簡単に倒すことができたから、俺は結構嬉しかった。俺は成長しているんだなと思ってしまった。

 

 一時間ほどで山の頂上に着いた。そのくらいで登れる山だから標高はホープ国にあるホープタワー(東京タワーと同じくらいだな)と同じくらいだろうが、結構足にもくる。

「えっとー、マップにはえっと……サウスイストフォレスト地区かな? ちょうどそこの真ん中にピンがあるね」

 琥珀の携帯端末で現在位置を確認し、洞窟の場所を探して行く。

「えっとねー、ここらへんなんだけどー」

 明日花さんは琥珀の持つ近代的な携帯端末を指差しながらそう言った。

「姉ちゃん、確かここより南だと思うんだけど」

 虎狼が割り込んできて、表示されたホープ国サウスイストフォレスト地区と書いてある山の頂上を南に直線距離で五十メートルのところを指して言う。

「あ! そうだわ! ここの少し黒くなってるところよね」

「そうそう」

 岩なのかそれとも珍しい鉱石なのかは分からないが、確か洞窟って言っていたからその黒い物は天然物なんだろう。何か剣の材料にも出来そうだな。これは行く理由が増えた。

「じゃあ、行きますか!」

 俺は勢いよく言ったが、明日花さんがそれを遮り。

「でも、その前に体力回復!」

 明日花さんが俺ら全員に前から用意していた回復薬を渡してきた。その回復薬は赤色で、グレードはDからSのうちのAにあたり凄いものであった。さすが、明日花さん。

「いただきます」

 ついつい挨拶をしてしまう。俺がそう挨拶している間に一瞬で他三人は飲み終えていた。

「遅いよ、お兄ちゃん」

 琥珀に少し冷ややかな目線を向けられて少し悲しかった。

「そんな時間ないんだよ」

 戦闘中に挨拶なんて出来ないよと言いたいのか。でも俺、戦ったことないからな。ちょっとそこのところ分からないのよ。

「もう行くよ、お兄ちゃん!」

「おう」

 元気よく走り出した琥珀に、俺らはついて行った。


 森を走り行く俺らの前にあの洞窟が姿を見せる。

 それは本当に、真っ黒で、漆黒の洞窟。見ているだけで引き込まれていくブラックホールみたいな、外から見ると無の色に見えるそれが俺を、いや、俺らを威圧してくる。

 まさに恐怖を表すそれは、何も寄せ付けようとしない。周りの緑もそれの近くだけには生えていなかった。

 そんなそれを目の前にして俺はつい本音を言ってしまった。

「あの、これに入るんですか?」

 初めて見るその異様さに恐れを感じた。

「入るのよ」

「あ、そうですか……」

「お前、ビビってんのか?」

 虎狼が足を震わせながらバレバレのポーカーフェイスでそう言った。お前も怖いんじゃねえか。

「うっせぇ、余裕だぁ」

 いや、余裕なはずがない。俺の戦闘はこれがおそらく二回目、だいたい竜族なんてこの目で見たことさえない。こんなにも怖い景色を見たのは初めてで正直入りたくない。本当にさっきまでの威勢はどこへ消えたのか。それを探しに行きたいほど俺は恐怖を感じていた。

 そんな俺の前で。

「うぅ……」

「「え?」」

 琥珀が顔の前に手を近づけていた。

「おぉ」

 明日花さんも少しだけその様子に驚いて声が出る。

「お前も、怖いのか?」

 すると、涙目で静かにコクリと頷く。

「うぅぅぅぅぅ……こぁぁいぃ……」

 俺も怖いがそんな琥珀を見て怯えてはいられなくなった。琥珀の頭に手を。

「よしよし、頑張ろうか」

 琥珀はまた涙目でコクリと頷く。

 琥珀は確か怖いものが苦手だった気がするな。強いんだけど、見た目が怖いと戦えないとか言っていたし。前にもこんなことがあった気がする。たしか、お化け屋敷に行ったときに、琥珀はお化けが怖くて俺の腕をつかんで泣いていて、それを見て俺はお前は俺が守るから泣くなって涙目で言ったことがあった。

 こんな時は俺が強くいないといけない。もっと強くなってこいつを守れるようになりたい。だから、頑張ろう。

「琥珀ちゃん、そんなじゃあ、Sランクになんてなれないわよ」

「絶対なる! 私頑張る!」

 俺の袖を引っ張り、足を左右に小刻みに震わせて琥珀は叫んだ。

 俺はそんな可愛い琥珀を見て、少しだけ怖さが飛んで行った。

「よし、行きますよ! 絶対に勝ちますよ! がんばるぞおおおお!」

 琥珀は涙をぬぐってさっきまでの元気を取り戻して、

「いっちょ、やったりますかぁー!」

 虎狼は今度こそは活躍しようと意気込み、

「俺も、頑張るか!」

 俺は琥珀を守って、竜を倒すと誓い、

「おおーー!」

 明日花さんは笑顔で手を上げた。


『光よ集え、我が道を照らせ』

 明日花さんと琥珀の光魔術で半径二十メートルくらいの範囲が明るくなった。

 地面も、壁も、天井も、四方すべてが真っ黒で岩のようにごつごつしている。地面には黒い石のようなものも転がり、天井からは水が滴り、奥からは風も吹いてくる。

「明るくはなったけど、やっぱり怖いな」

「そうかもな、でもビビるなよ矜持」

「分かってる!」

すると奥から変な音がして、

「ん? なんだ?」

 すぐに数匹のコウモリが赤い目を光らせ羽を大きく広げて飛んできた。

「ウワワァァァ‼」

 その声で琥珀も、

「ひヤァ‼」

 驚いてしまった。

「ビビってんじゃん、てかお前ら……」

「あはははは! 面白いね二人とも」

 俺らは二人そろって、兄弟でビビり認定された。虎狼だって怯えてたよ‼‼


「姉ちゃん、もうすぐかー?」

「たぶんねー」

 確かに強力な気配が近づいてくるのが感じられた。底知れないエネルギーの膨大さが分かる何とも言えないこの気配。まるで自分自身が崖の上から飛び降りているような怖さ。さすが竜族だ。

「なんか風も強くなってるし、すごく匂うよ」

 風は確かに強くなっていて歩くのも疲れる。、でも他に、においもくさい。この独特な変なにおい。

「確かにな琥珀、大丈夫か?」

「うん、でも気持ち悪いぃー」

「そうだわね。私もこの感じは数年ぶりだけど、やっぱりきついわね」

 まあ、これが竜族の持つ特性の一部なのだろう。この何も寄せ付けないような雰囲気があるから竜は人からも嫌われていて、どの種族とも共存しようとしない。まさに孤独の一匹狼。多分、あの入り口で感じた雰囲気も竜が発していたものなのだろう。

「まあ、鼻でも摘まんでいたら大丈夫だろう」

「虎狼、お前なー」

「ほらほら、こんぉぉやぁってんぇーー」

 バシッィィ‼

「虎狼? や・め・な・さ・い」

 途端明日花さんの渾身の右手ビンタが虎狼の頬を襲う。

「ギィィやァァぁ‼」

 まったく、やれやれだ。


 茶番劇の最中、悲劇というか、何というか、それは突然やってきた。

 どん、どん、どん、と。

 スゥ――、スゥ――、と。

 強大な悪魔が、冷たい悪魔が近づいてきた。

 悪魔? いや違う、そんなものよりも怖く強い存在で、何にも寄り付こうとしない上位の存。


 あははは、と笑う俺たちに何かが近づく。

「「ん」」

 その気配に感じたのは琥珀と明日花さん。俺と虎狼にもある程度の嫌な雰囲気なのは伝わるが具体的にどのようなものかは掴めない。

「何何⁉︎ この嫌な気配は!」

「そうね、この背筋が凍りつくような、冷たい地獄に入れられるような感覚」

 俺には一切分かりもしないその感覚、強者が同じ強者だけに伝えようとする。それは弱い者が強い者に威嚇する為に体を大きくすることとは違う。圧倒的強者が挑戦者へ行うことである。

 でも、俺らにも気配はなんとなく分かる。その大きさと強大さ、俺を上回る全てを感じる。これこそまさに、あの時に感じた恐怖そのもの。

 人間という生き物は、いや全ての生き物なのかもしれない、死に近い恐怖を感じると動けなくなったりして固まってしまうとよく聞く。まさしくそれを形にするその気配。

 異常である。

「恐らくこれは……」

 一息置いて。

「「「「竜⁉︎」」」」

 そう、俺らがここにきた理由。

 そいつは寝ているはずなのに、寝顔は一切可愛くない。むしろ、あいつは怒ってるんだよって言われた方がよっぽど良いくらい。

 恐怖の源はその特性だけではない。それは、殺気。

 本当に俺は思う。

 眠れる竜(スリーピングドラゴン)なんて、誰がそんな弱そうな名前を付けたんだ、と。

「やっと、お出ましときたか」

「来たわね」

「おおお! カッケェー!」

 虎狼はここに来てもそんなこと言えるのか⁉︎ やっぱりバカなのか。

「虎狼くん、油断しないで」

「あ、すぅみません」

 虎狼は琥珀に怒られた。

 そりゃそうだ。竜相手に油断なんてするものじゃない。

「久しぶりだわ、この感じ!」

 竜の皮膚は鋼鉄のように太く、固く、白色に光っていて、氷を連想させる。

 歴戦の傷だろうものが身体中についている。なのに、とても元気に殺気を振りまいていて。

 この竜にはとっても久しい戦いに胸を躍らせているのだろうか。

「よし、じゃあ!」

 虎狼の声に続けて、

「戦い!」

 明日花さんの声に続けて、

「「ますかぁ‼︎」」

 戦いの合図を送った。うわー、怖えな。


「ギギィアアアアアアァァァァァァァァ‼︎」

 竜が雄叫びをあげる。その空気の振動が俺の鼓膜を大きく震わせて、同時に凄まじい殺気も振りまく。

「琥珀! 行くぞ‼︎」

 俺は竜に向かって走り出す。

「うん! 兄ちゃん‼︎」

 琥珀も続けて走り出す。

「おい、姉ちゃん、あんな前突っ切っていいのか?」

 勢いよく走り出す俺らを見て虎狼はそう呟いていた。

「ん? いいのよ、見てみなさい。まずは正面から行くの!」

「あ、そうなのか? やられねぇか心配だわ」

「大丈夫よ」

 走り出したもののどうすればいい? あんな固そうな皮膚に俺の一撃は入るのか? だって主より固いんだろう?

「お兄ちゃん! 向上魔術よ!」

「お、おう!」

 ならば、最初っからとばぁす‼︎

『攻撃力向上』

『攻撃力超向上』

『攻撃力絶向上』

『速さ向上』

『速さ超向上』

『速さ絶向上』

 一気に向上をかけて、熱気と殺気を纏う腕を構えて飛び込む。

『炎の精霊よ、紅き憎悪を、紅き強さを、我々に力を示せ』

 琥珀の詠唱と共に俺の腕が紅黒く燃え出す。

 その腕を勢いよく竜へ。

「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ‼︎」

 ズガァァン‼︎という音とともに俺の紅黒い右腕にその固さが染みる。鋼鉄よりも固く、俺の知る限りでの最強。

 だが、その固さに、俺の紅黒い炎も答える。

 ズジュゥゥゥ! と固い皮膚を溶かしていく。

「ギギャァァァ‼︎」

 それに反応して竜が身体を振り回す、俺の腕と身体が勢いよく奥の岩に飛ばされる。

「んんお⁉︎」

 ズンっと。凄まじい速度で飛ばされる。

「お兄ちゃん!」

「矜恃‼︎」

『青き玉』

 すんでのところで明日花さんが生み出した水の玉にぶつかる。

「んんおおおお!」

「お! 姉ちゃん!」

「琥珀ちゃん‼︎」

『攻撃力向上』

『炎の力よ、我の一部となりて、全てを焼き尽くせ』

 炎を纏った琥珀が、竜の腹目掛けて突っ込む。

「おおおおおおおお!」

 竜の腹にぶつか、少し溶けるが振り落とされる。

「うわあぁぁ!」

「くそ」

 俺は腰の剣を外して虎狼に投げて言った。

「それ持っとけ、俺らに向上魔術かけまくれ!」

「ん、あ、おう! ていうか、何を向上すればいいの⁉︎」

「考えろ!」

「はあ⁇」

「よし行くぞ!」

「っちィ!」

『攻撃力向上』

『攻撃力超向上』

『攻撃力絶向上』

 虎狼がさらに向上魔術をかける。向上魔術は何回でも倍増でき、1.5倍、2倍、2.5倍と順にかけることができる。その回数は無限大、もしかしたら魔術の中で最強と言われてもいいのかもしれない、と自分なりに考えているが魔術が簡単すぎて逆にバラエティがない。そのためすぐに見抜かれ、そこに攻撃を入れられる可能性がある。だから、俺でも使えるような基本の魔術なのだ。

でも、俺の技はこれしかない。

『速さ向上』

『速さ超向上』

『速さ絶向上』

『防御力向上』

『防御力超向上』

『防御力絶向上』

『瞬発力向上』

『瞬発力超向上』

『瞬発力絶向上』

 虎狼が俺にかけまくる。合計すると約88,989倍。普通に考えたら人間の形をした化け物と言ってもいいだろう。俺の速さは時速1,125キロメートル。よって、秒速312,5メートル。

音速に近い速度で竜へ突っ込む。

 俺の音速の攻撃は竜の脇下をかすった。すんでのところでかわされてかすり傷。だが、多少の血は流れているためダメージを与えられるという希望は俺たちに残った。まあ、そんなのはなくとも明日花さんなら余裕なのだろうけれど。

 琥珀が起き上がり、

「お兄ちゃん! 来るよ‼」

 その一秒後、竜が体を百八十度反転させて、その尾を鞭のようにしならせてものすごい速さで俺と琥珀にぶつける。

「お兄ちゃん! ガード‼」

「おう!」

『『防御(ガード)』』

 虎狼がいつかの主(ぬし)戦で見せた防御魔術とは違う、基本の防御魔術を二人で使った。一瞬でできるためよく使われる魔術だ。

 氷の矢が固まってできたような水色の硬く、冷たい尾が防御魔術とぶつかる。

 ゴォグギィィィィィインンン‼

 耳を壊すがごとく、もの凄い音が小さい洞窟に響く。

「ッく⁉」

「ッァアアアア‼」

 初めての感触に、重みに胸が高鳴る。

 この重さはやばい。腕にビシビシと来る。足も悲鳴をあげる。

「ッァァアアアアアアアアアア‼」

 その轟音の中、明日花さんが叫んだ。

「そのまま持ちこたえて!」

『顕現せよ、殺戮と破壊の神、全てのものを、ぶち壊せ』

 それは爆裂魔術。魔術の中では最強クラスで、ランクがSにならないと習得は不可能と言われる魔術だ。

 それを出力を上げて、竜にぶち当てる。

「ギィィィィィ‼」

 竜の悲鳴も聞かずに虎狼が、

『世界を形作る重み、全てを潰す力よ、我が物となれ』

『重力上昇(グラビティアップ)』

 そして、それは重力魔術。

 一定効果域内にいる敵を全方向から押しつぶす。

 これで一気に畳み掛ける。

「ギィィギャァアア‼︎」

 竜も流石の攻撃に悲鳴をあげたのを見て、今しかないと思い、もう一度。

「うぉぉおおおおおお‼︎」

 竜の腹に音速の突進をかます。

 しかし、その瞬間。竜が大きく息を吐いた。

 俺はその氷結の息に足を取られた。

 あああ! 冷たいぃぃ! クソォ!

 だが、音速の突進は竜にぶつかりダメージは入った。そのまま足を抑えながら俺は落下する。このまま落ちれば、俺は自由落下の法則に逆らえずに地面に凍った足を強打する。

 奇跡的に背中から落ち、足を強打することはなかった。だが、俺の足を見ているとひざ下あたりまでが凍っていた。もしも強打などしていたら俺は片足をなくしていた。危ない、ほんと危ない。

 凍った足はすぐに溶けて、俺はもう一度立つ。だが、その瞬間。

「ギャアアアアアアアアアァァァァァァァ‼」

 竜が雄叫びを上げた。

 竜の背中の氷のトゲトゲが二倍ほどに増幅し、もぞもぞと動くと爆発した。爆発によって飛び散った氷の矢は俺ら四人目掛けて向かってくる。

 俺がその攻撃に気を取られていると、

「お兄ちゃん! 避けて‼」

 竜の口からもう一度、氷の息吹。

「ックゥ⁉」

 琥珀のおかげで、コンマ一秒の差で後ろへ大ジャンプ。

 だが、遅かった。

 バチバチと、俺の体が音を上げ動かなくなる。

「矜持!」

「お兄ちゃん!」

『集まれ、全ては鋼鉄、壁になりて、我らを守れ』

 明日花さんが鋼鉄の壁を作り出す。地面のありとあらゆるものを鋼鉄のごとく固まらせて大きな壁を構える。 

 凍った俺の前にもその壁が築かれ、俺の身を守る。

 ガガガガガガガガガガッガガッガ‼

 凄い音を立てて氷の矢が壁へぶつかる。

 いくら鋼鉄でも竜の攻撃の重みは尋常じゃない。

 すぐに壁が悲鳴を上げた。

 ビシビシビシッ!

「っク! このままじゃ壁がもたない! あれしかないか……」

 俺もこのままではまずい、壁が壊れたら凍った俺に氷の矢が突き刺さる。こんなところで変なオブジェにされてたまるか!

「おおおおおおおおおおおお‼」

 さっき底上げした攻撃力をもって壁を通り抜けて飛んできた氷を打ち破る。

「明日花さん、このままじゃ壁が!」

「分かっているわ! もうやるしかないか……」

 何をやるのかは疑問には思ったが。

「はい! やってください‼」

「…………。」

 明日花さんが目をつぶり、右手を前に出す。そして、間をおいて。

 片目を開け、

『我に宿る炎の神よ、憤怒の獄炎を、憎悪の獄炎を、最大の力を我に授けよ』

 そう唱えた途端、明日花さんの右手から赤黒い炎が姿を見せた。

「なんだ、あれ……」

 するとその炎を竜に向ける。

『獄炎(ごくえん)』

 刹那。竜が炎に包まれる。

 その赤黒い炎が竜の白銀の氷に負けることなく、燃え盛る。

 ゴオォォォォォォォォ‼︎

 耳に物凄く響く、その燃えたぎる爆音。まさに地獄の炎のようで、見ているだけで自分まで燃えてしまうくらいに。恐怖を感じさせた。

「まさ、か……炎魔術の最強魔術か!」

 そう、それは。

 この世に使える者は両手で数えきれるほどしかいない、最強クラスの魔術。

「すご……い」

 虎狼も、琥珀すらも言葉を失っていた。

「姉ちゃん、すげぇ」

 予想だにしない攻撃をまともに受けた竜は、それでも竜だった。

 ダメージは相当入ったようだが、簡単には倒れなかった。

「不死身かよ……」

「いいからお兄ちゃん! 私たちもやるよ!」

「ん、お、おう!」

『攻撃力向上』

『攻撃力超向上』

『攻撃力絶向上』

『速さ向上』

『速さ超向上』

『速さ絶向上』

さらに、何度も向上魔術をかけまくる。もう、軽く壁を叩いただけで壁が崩れるくらい、本区で殴ればビル一つを粉々にできるほど底上げした。

 琥珀も劣らず向上魔術をかけていく。

『攻撃力向上』

『攻撃力超向上』

『攻撃力絶向上』

『魔術向上』

『魔術超向上』

『魔術絶向上』

 そして明日花さんは指示をかける。

「琥珀は炎魔術をかけて弱ったところを!」

「はい、姉さん!」

「矜恃くんは竜の脇下や股に集中する脈を狙って! そこさえやれば勝てるわ!」

「あと、矜恃! これ使ってやれ‼︎」

「ん」

 虎狼から投げられたのは俺の剣。俺はこいつを鞘から取り出して、黒い刀身を天にかざす。少し薄暗い洞窟では俺の剣は闇に隠れる。

「よし!」

 地面を一気に蹴り出し、突進。

「うおおおおおおおお!」

 俺は音速を超えた速さで、致命的な一撃を確実に狙いに行った。何度も何度も、俺の硬く重い剣で竜の体を切り刻む。

「おらおらおらおらおらおら!」

 俺の攻撃で竜の体から、水のような透明な液体が吹き出す。何度も突進を繰り返す。

 ズバババババッっと当たりまくる。

「私も!」

 さらに琥珀も、一気に炎を出す。

『炎の精霊よ、紅き憎悪を、紅き強さを、我々に力を示せ』

 その紅き炎を纏って何度も突進を繰り返す。

 当たる度、氷の皮膚が溶けていく。確実にダメージを刻み込む。

 さらに後ろから、虎狼と明日香さんの遠距離魔術が炸裂する。

『顕現せよ、殺戮と破壊の神、全てのものを、ぶち壊せ』

『世界を形作る重み、全てを潰す力よ、我が物となれ』

 爆裂魔術と重力魔術が同時に竜を襲う。

「ギィィィィィ⁉」

 悲鳴を上げるが、竜はまだ竜であった。

 そのボロボロの体で力を振り絞った竜は琥珀を思い切り吹っ飛ばした。 鈍い音と同時に、一気に飛んで行き、奥の壁に打ち当たる。

「ッカぁあ⁉︎」

「琥珀‼︎」

「「琥珀ちゃん‼︎」」

 琥珀は口から血を出し、倒れた。

「ぁぁあ」

「琥珀‼︎」


「………………。」

 その時、俺は何か、おかしくなった。

 周りが黒く塗りつぶされる。

 黒く、そして暗く。

「……けんな」

 心は何かで増幅する。

 強大で、弾け飛びそうな思い。

 それは憤怒。

 怒り。

「……ざけんな」

 血を吐き出す妹を見て俺の脳みそが切れた。

 苦しそうな琥珀。

 痛そうな妹。

「ふざけんな」

 俺の心に、脳みそに火がついた。いや、火よりも強く、火よりも冷たい。

 これは比喩ではなく、そう言った通りに体から炎が燃え上がる。

 力が無限に湧いてくる。

 世界が小さく見えてくるぐらいに無限に最強の力が俺に近づく。

「バキッ」

 切り刻む、ぐっちゃぐっちゃに。滅多刺しにしてやる。

「バキッバキッ!」

 許さない、妹を、琥珀をいじめるやつは俺が殺す。

「ブチんッ‼」

 死ねや、この竜がァ?

 

 この後のことは俺はよく覚えていない。

 気づいたら、目の前で眠れる竜がズタズタに横たわっていて、俺も地面に横たわっていた。琥珀と明日花さんにすごく心配されていた。

 俺が何をやったのか。全く思い出せないが、一つだけ覚えていることがある。

 あの時。俺は。

 物凄く怒っていた。

 それだけが頭の中に残っていた。

 ただそれだけ。



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