第3闇 俺は決してコミュ症などでh

 俺とアリスは、クリュトというガチョウみたいな見た目の動物に乗り草原をひたすら走っていた。


 「ちょっと、変なとこ触らないでよね」


 「俺に落ちろというのか?」


 「そうは言ってないけど...とにかく触らないでよね」


 「ふん、心配せずとも他に触るものか。掴める場所もない」


 「あ˝!?」


 「いや、何でもない」


 今俺はこいつの腰を掴んでいる。本当は触りたくもないが、この乗り物、結構揺れるのだ。しかも普通に速い。落ちたら骨折待ったなしだ。


 「それでどこに向かっているんだ?」


 「へ?あんたもこれから向かうところに行こうとしてたんじゃないの?」


 「だからそこはどこだと聞いてる」


 「冒険者にとって始まりの街、グギガよ」


 なんだそのネーミングセンスは...言いづらいにもほどがあるぞ。


 「おい、グギガって10回言ってみろ」


 「はぁ?なんでよ」


 「いいから言ってみろ」


 「しょうがないわね...。グギガ、グギガ、グギガ、グギガ、グギガ、グギャ...」


 「.....ぷっ」


 「なっ!?笑ったわね!?」


 「そんなことないぞ...っぷ」


 「...っ!!!」


 それからというもの、アリスはひたすらグギガを10回言えるまでやり続けた。結局、言い終えることは出来なかった。



 ☆★☆★



 俺たちは今、グギガにある冒険者ギルドに来ている。


 「え?あんたも冒険者登録してないの?」


 「してないな」


 「あんな強いのに?」


 「してないな」


 「ふーん...まぁいろいろあるのよね、聞かないでおいてあげるわ」


 なんか気を使われたぞ。馬鹿なのかこいつは。


 「それじゃちゃちゃっと済ませちゃいましょ?」

 

 そういうとアリスは窓口に向かって歩いていく。


 「はい、冒険者登録ですね。お一人様一万ナイルです」


 アリスとのやり取りをしていた受付嬢がこちらにも視線を配りながら言う。


 「ナイル?」


 「え、あんたお金持ってないとか言わないわよね?」


 「持ってないが?」


 「はぁ!?」


 「あの...?」


 俺たちがごちゃごちゃやっていると、受付嬢が申し訳なさそうな顔でこちらに声をかけてくる。どうやら後ろが詰まってしまっているようだ。


 「はぁ...後で返しなさいよ?」


 そういって、アリスは二枚の札を受付嬢に渡す。二万円みたいなものか。


 「はい、確かに。ではこちらの番号札をお持ちください。順次お呼び致します」


 「待ち時間って今どれぐらい?」


 「えぇと...今の待ち時間は3時間ぐらいですね」


 「分かったわ、ありがとう」


 そういって、アリスは番号札を受け取る。そのうちの一つを俺に渡してくる。


 「結構時間かかるわね。丁度いいから、お互いのことについて少し話しましょうか」



 

 場所は変わって、今は酒場にいる。


 「何飲む?」


 「何があるんだ?」


 「そりゃお酒とかでしょ」


 「はぁ...(これだから脳みそアメーバは)」


 「今悪口言わなかった?」


 「言ってないが」


 なんでこいつはこんなにも悪意に敏感なんだ。女の感というやつなのか。


 「で、何にするの?」


 「俺は酒が飲めないんでな、コーラを頼む」


 「なに言ってんのあんた...コーラってお酒じゃない」


 冗談のつもりで言ったが、この世界にもコーラという名前の飲み物が存在するのか。少し気になるが、酒では仕方がない。俺は未成年だからな。


 「じゃあ水でいい」


 「分かったわ」


 そう言って、店員を呼んで注文する。なんだかんだ言って面倒見のいいやつだなと思いながら、アリスの顔を見つめていると、


 「な、なによ...」


 「いや、別になんでもないが...」


 「そ、そう...」


 なんだこの微妙な空気は。


 「んんっ、えと、改めて自己紹介するわね」


 「名前はもういいわよね。えっと、まず、私が冒険者になる理由なんだけど...ごめん、詳しくは話せない。他には、えぇと...終わり」


 終わった。正直言ってなにも紹介されていない。こんなにも自分を紹介してくれない自己紹介は初めてだ。


 「では次は俺だな。俺の名は闇より出ずる執行者ダークマター。夜を支配し世界を支配するものだ。以上だ」


 「「.....」」


 家族以外とは碌に喋ったことがないので、こういう時何を喋ればいいのか分からん。


 「まぁそうよね。冒険者になる人なんて色々抱えているものよね...喋りたくないことは喋らない。そういう方針でいきましょ」


 なんか独りでに納得しているので、放っておく。


 「これからのことなんだけど、予定とかあるの?」


 「特にないな」


 「じゃあ、当分はこの街を拠点として資金を稼ごうと思うんだけど、それでいい?」


 「問題ない」

 

 「「.....」」


 会話がまた途切れる。


 「お待たせしましたぁ!ビーザと水です!」


 元気な声を響かせながら、店員が飲み物を運んでくる。いつもなら煩わしいと思うだろうが、今はもう少しここにいてほしい。ちょっと気まずいんだ。

 だが無慈悲かな、店員はすぐに戻って行ってしまった。


 「あー、それはなんだ?」


 「これ?ビーザっていうお酒よ。度数は低いけど、安いわりにはおいしいから私は好きね」


 「そういえばお前はもう酒が飲める歳なのか?」


 「...?。お酒飲むのに歳なんて関係あるの?」


 「あぁいや、何でもない」


 「そういえば、そんな制約を設けてる国が辺境にあるって聞いたことがあるかも。ダークマターはそういうところからきたの?別に差別とかそういうの私はしないから安心して」

 

 面と向かって真顔でダークマターって呼ばれたことが初めてだったので、かなり驚いた。いつも名乗ってきたがいざ呼ばれてみると変な感じがする。


 「あー、ダークマターではなく、飽人でいい」


 「アキト?それが本当の名前なの?」


 「ただの仮初の名だ。普段はこちらを使え」


 「ふーん...分かったわ、アキト」



 そんな感じで、細々と話題を繋ぎ時間を潰した。今日だけで数年分は他人と話したな。

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