第2話 彼の想い
待ち合わせの喫茶店に行くと、そこには田沼さんがいた。彼はスーツを着ていて、私に気が付くと嬉しそうな顔をした。
田沼さんが座っている席に近付いて、彼の向かいに腰掛ける。
「あなたが来てくれて嬉しいです」
田沼さんが私に笑いかける。私も彼に笑い返して、メニューを手に取った。
店員にアイスコーヒーとケーキを注文すると、田沼さんはココアとケーキを注文した。
「先日はすみませんでした」
田沼さんはそう言って、吸っていいですかと断りを入れて煙草に火をつけてそれを吸い始めた。
「先日も言いましたが、どうかお気になさらず」
煙草の匂いは、苦手だった。でも何故だか田沼さんのそれは嫌じゃないと思った。
「……あなたには話したいと思ったので話しますが」
田沼さんはそう前置きして、話し始めた。
「僕の父は、僕とは血が繋がっていないんです」
田沼さんの言葉に驚いて、抑えていた興味が大きくなるのが分かった。
「僕は所謂孤児という奴で、僕の父が僕の家族になると申し出て僕を引き取ったんです。僕の父は大層僕を可愛がってくれました。……色々な意味で」
田沼さんは意味深に言って、手に持つ煙草を見つめた。
「煙草は、嫌いなんです。でも、気付いたら買ってて、吸わないと落ち着かない。煙草の銘柄はあの人が吸うものと同じです」
田沼さんが言うあの人が誰か直ぐに分かって、遠回しな言い方だったけれど、田沼さんの気持ちに気が付いた。
「……田沼さんは、お父さんを憎んでいるんですよね?」
田沼さんははい、と頷いて、苦く笑った。
「あの人にはスキンシップという名目で酷いことを沢山されましたから。大嫌いですよ」
吐き捨てるように言って、「でも」と田沼さんは続けた。
「孤児である僕の家族は、あの人だけです。僕には、あの人しかいない」
その声には熱が込められていて、嗚呼、と私は理解した。
この人は、父親であるあの老人をあいしているんだ。それはとても歪んだものだけれど、確かな事実のように思えた。
「……あの時……危うくそのたった一人の家族を殺しかけるところでしたから……あなたには本当に感謝しているんです」
私は父である老人の首を絞める田沼さんの姿を思い出した。
「どうして、あんなことを……?」
「……父が、見舞いに来た僕に触ってきたんです。僕は拒みました。でも、歓んでいる自分も確かにいて……それが嫌で、何もかも終わらせたくなって、気付いたら父の首を絞めてて」
田沼さんはそこで言葉を切った。店員が来て、アイスコーヒーとココアとケーキを運んできてテーブルの上に置いて、ごゆっくりと笑って去っていった。
私はアイスコーヒーに口をつけて、ケーキをじっと見つめた。何だか食べる気になれなかった。
「すみません。気分が良くなる話ではないですね」
田沼さんもココアには口をつけたけれど、ケーキには口をつけなかった。
田沼さんの話を聞いて、彼の気持ちを知って、何と言えばいいか分からなかった。
「そういえば、あなたの名前を聞いていませんでしたね」
あなたのお名前は? 私はその問いかけに答えた。
「加藤
「智子さん……良いお名前ですね。智子さんとお呼びしてもいいですか?」
「どうぞ」
田沼さんは嬉しそうに笑って、笑みを消した。
「智子さんは僕みたいな男を、どう思いますか?」
「どう……とは?」
「気持ち悪いと思いますか。大嫌いな相手に、父親である存在に触れられて感じた男を」
日中に話す内容ではないなと思ったが、私は「いいえ」と答えた。
「詳しい事情を知らないのであまり言えませんが、そういうこともあると思いますし、気持ち悪いとは思いません。人間って摩訶不思議な生き物ですから」
田沼さんは目を見開いて、まじまじと私を見つめた。
「……面白い人だ」
呟いて、彼はケーキに口をつけた。食べる気になれなかったが、一口も食べないのも、と思って私もケーキを食べた。
「智子さん」
ケーキを半分程食べて、田沼さんは私を呼んだ。
「あなたはご結婚されているんですか?」
「……いいえ」
「恋人はいますか?」
「……いいえ」
「じゃあ、また僕に会ってくれますよね」
私は思案して、「考えておきます」とだけ答えた。
田沼さんはケーキを全て食べ終えて、煙草を口にくわえた。
その後は当たり障りのない話をして、ケーキを少し残して私は席を立った。
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