三日目の戦闘
act.46 さよならゾン子ちゃん
「おはようございます。皇女殿下」
「おはようございます。姫様♡」
「ぴよよ!」
一晩放置されて相当に寂しかったのだろうか、ヒナ子がララに体当たりをしてくる。ララはそれをスルリとかわしてヒナ子に飛び乗った。
「ぴよ?」
「おまえ、あの勢いで突っ込まれたら一般人は圧死するぞ。ご飯は食べたのか?」
「ぴよっ」
「そうかそうか。ミハル済まなかったな」
「いえ、大丈夫です。その辺で捕まえた蛇やトカゲやネズミ等でしたが、喜んで食べてましたよ」
「ムカデやサソリまで食うんだから大したもんですよ。ああ、ムカデは頭、サソリはしっぽ落として食べさせてますからご安心ください」
「黒猫も済まなかった。今から王城へと向かいリラ・シュベルベと決着をつける各自搭乗せよ」
「って、ララ様、ひよこに乗っていくんですか? 専用のゼクローザスが届いてますけど乗らないんですか」
「また壊したら面目丸つぶれだからな。旭さん乗ってください。黒猫、説明してやれ」
黒猫の説明に従い旭は鋼鉄人形に搭乗した。最初はぎこちなかった動きもすぐにスムーズになっていく。
「帝国のドールマスターとしてやっていけるのではないか?」
「いえ、そんなことはありませんよ」
陰陽師というのも帝国で言う霊力使いと同系なのだろう。ゼクローザスは既に旭の手足のように動いていた。
フィーレ、グスタフ、シュナイゼルの三名もそれぞれの機体に搭乗する。フィーレは魔術で飛翔しコクピットへと浮遊して乗り込んだ。ソフィアは人形に姿を変えてララの肩に座っている。風呂敷包みに朝食の残りを詰め込んでいたゾン子はぽつんと残されていた。
「ララちゃん。俺っちもひよこに乗っていいかな?」
「かまわん。来い」
その場でしゃがみ、そのままカエルのようにジャンプしたゾン子はヒナ子の背に飛び乗った。
「それじゃあ出発しんこー!!」
ゾン子の叫び声で皆が前進を始めたがララは首を横に振る。
「ララちゃん。行かないの?」
「ああ、皆先に行ってくれ。私は10分後にここを出る。悪いがゾン子とヒナ子も付き合ってくれ」
「えー。何でえー」
「ぴよよ?」
訝しむヒナ子とゾン子であったが、ララは無視して合図する。一行は行動を開始した。黒猫は一気に上昇し、フィーレとシュナイゼルもゆっくりと上昇していく。ミハルのアカンサスは光学障壁を展開し姿が見えなくなった。アスラとゼクローザスは地響きを立てながら歩いていく。
「もういいだろう。出てこい」
ヒナ子の背にのったララは、左方のスクラップの山へと話しかけていた。スクラップの陰から一人の大男がのそりと姿を現した。
何の動物かわからない。馬か牛か、その頭骨を被っている。体には多くの生傷が刻まれていた。まだ血が滲んでいる。その体には動物の毛皮を巻き付けていた。
「副業傭兵エシュだな」
「なぜ知っている」
「お前はベルを持っている。あれは個別に信号を発しているから何処の誰だかはすぐにわかる。先ほどオペレーターが知らせてきた」
「オペレーター?」
「お前にはいないのか? 戦場外から状況を把握し分析して知らせてくれる便利な助っ人だ」
「いない」
「そうか、いないのか。私は味方だ。J陣営、プリンセス・フーダニットの代理ララ・アルマ・バーンスタインだ。そのよくわからんデカい剣を下ろせ。戦う意思はない」
動物の頭骨を被った傭兵エシュは首を横に振る。
「妹……アイダを返せ。おまえが眷属を焼き尽くしアイダをさらったことは分かっている」
「ああ、あの事か。ゾンビを引き連れて踊り狂っていたからな。皆自然に帰してやったのだ。カリスマのゾンビとフーダニットの兄もな」
「お前は敵か」
「味方だと言っている。妹のゾン子はモナリザ・アライ陣営だったからゾン子の方が敵だったんだよ。もうベルは破壊したから戦う必要はない」
「妹を返せ」
「私はゾン子と約束した。この社長戦争の間、彼女を害する者から守るとな。傭兵エシュ。貴様はゾン子を害する者か?」
「違う。俺はゾン子の保護者だ」
「だってさ、私の後ろでガタガタ震えているゾン子ちゃん。お兄さんが迎えに来ましたよ」
「うううう。帰るの嫌かも……。絶対怒られる」
「怯えていますよ。どうしますかお兄さん」
「怒らない。だからこっちへ来い」
「ホント? 怒らない?」
「ああ」
エシュが大きく頷く。
その姿に安心したのかゾン子の震えが止まった。ヒナ子の上から恐る恐る下におり、エシュの元へと向かう。
「ゾン子が背負っているリュックには着替えと食料が入っている。前に来ていた青いワンピースも洗濯して入れてある。ボロボロだったが大事な服のようだったからな」
「ありがとう」
「構わん。おお、貴様にプレゼントしてやろう。これだ」
ララもヒナ子から降りてエシュの元へ向かう。そして三個の十字手裏剣を取り出しエシュに渡した。
「これはな。戦車の装甲をブチ抜くタングステン合金製の手裏剣だ。めったに手に入らない業物だからな。大事に使え。貴様には銃砲よりもこういった武器は似合いそうだ」
「分かった」
「説明の必要はないな」
「ああ」
「じゃあな」
「じゃあ」
再びヒナ子の背に飛び乗ったララは手を振りながらその場を去っていく。ララはしばらくして振り向いたが、その時はもうエシュとゾン子の姿は見えなくなっていた。
「ララ様。ゾン子さんはお兄さんに出会えて良かったですね」
「そうだな。私もああいう妹思いの兄が欲しいぞ」
「あら、セルデラス様は妹思いの立派な方であると聞いておりますが」
「あれは石頭の唐変木だ。話にならん」
「あら厳しいですわね」
「妹が兄を慕い、兄が妹を愛でるなど幻想だと思っていたが、ゾン子を見ているとそうでもないと思ったよ」
「そうですね」
ソフィアとしゃべりながらゆっくりとしたペースで南へと向かう。
朝霧が立ち込める大地に朝日が差してくる。戦場となっているこの荒野でもこういった光景は美しいものだ。しかし、そのもやの中から黒い巨大な影が現れた。そしてそれに付き添う暗緑色の影が十数機。それぞれが10m級ロボットのようであった。
『ララさん。敵です。あれは闇夜(あんや)ですね。永久機関であるコード“太陽”を心臓に持つ起動兵器です。それと暗夜の元になったモデル清夜がいます。数は14機』
美しい風景を堪能させてはくれなかった。
前方ではミハルとグスタフが清夜と接敵、閃光がほとばしっていた。
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