act.43 法術科学士ミサキと精神移植
「ミサキ姉さま。どうしてこんな場所にいらっしゃるのですか?」
「あら、あなた達だけ楽しい思いをして私だけ疎外されていたのです。少しくらい羽目を外しても構わないでしょう」
「羽目を外すとか……。姉さま限度というものがあります」
「プンプン怒らないの。怒ってばかりだとしわが増えますよ」
「私はそんな歳ではありません。ところで姉さまは何故ここにいるのですか? ここは帝国の敵ですよ」
「直接の敵ではないわね。敵の味方だから敵なのでしょうね」
「だから。その敵の中にどうしているのかって聞いています」
「ララ姫。お知り合いの方なら紹介してもらえないだろうか」
半球形の頭部をくるくる回転させながらクルックスが話しかける。
「ああ済まなかった。こちらにいるのは私の姉でアルマ帝国第三皇女のミサキ・アルマ・ホルストです。帝国の法術科学士です」
「おお、ララ姫の姉御様でしたか。髪の色は黒く目の色も違っているので、ララ様のお身内の方とは気が付きませんでした」
クルックスは頭をクルクルと回転させている。
「このどこかで見たことがある姿のロボットですが、実はサイボーグです。勇者ロボットの研究では第一人者のDr.クルックスです」
「初めましてミサキ姫。クルックスと申します」
「よろしく。クルックス博士」
ミサキに頭を撫でられさらに高速で頭部を回転させている。
「こちらの少女はフィーレ姫、その隣の少年がグスタフ。そこにいるでかい金髪はシュナイゼル。日本人の旭。シュナイゼルの陰でぽっぽしてるのがゾン子。もともと顔色が悪いみたいだけど今は桜色だ」
「皆さまよろしくお願いします。私がミサキです」
そう言って笑顔で握手を交わしていくミサキである。ララとは違い彼女はこういった社交術は得意であった。
「もう紹介は済みました。ミサキ姉さま。ここにいる理由を教えてください」
「せっかちね。じゃあこちらへ。お茶でも飲みながらお話ししましょうね」
一行を休憩スペースへと案内するミサキ。そこには数台のテーブルと其々に備えてある椅子。脇には飲み物と軽食の自動販売機まで備えてあった。
「ソフィア。頼む」
「了解しました」
瞬時に人の形態となったソフィアは自動販売機から飲み物を取り出し皆の元へと運んでいく。その手際の良さは暗殺人形とするには不釣り合いであった。
お茶とスナック菓子が置かれたテーブルに皆が座っている。その視線はすべてミサキへと注がれていた。
「私がここに来たのは社長戦争が始まる一週間前です。帝国を出発したのはララさんたちの一日前だったのですが、時間の調節をしてもらいました。カンパニーの移転技術は途方もなく高度なものでした」
(そうだった。御前会議では一言もしゃべらず、無表情のまま押し通したのはこういう裏があったからなのか。あの存在感のなさは計算されつくした演出だったのだ)
ララは頷いているが、それはもちろん御前会議でのミサキの態度についてである。
「もちろん。鋼鉄人形強奪事件の解決へ向け諜報部からの依頼があり、移転技術の調査をしていたのは事実ですよ。その為にカンパニーの金森氏と会いそのあたりの情報を聞き出すことに成功しました。その過程で、帝国以外からの兵器の徴用や略奪があった事実も確認しています。その中で興味深かったのが精神移植の技術でした」
話が核心にたどり着き、周囲が緊張していく。皆息をのみミサキの話を聞いていた。ただし、ゾン子一人がスナック菓子をボリボリと貪っていたことは内緒にしてあげたい。
「義体と呼ばれる機械の体に精神を移植する技術です。具体的には精神の源である魂を肉体から取り出し、義体の方へ定着させる技術となります。義体の方からは任意に精神を離脱させることができます。元々はとある未来社会で、自分の母星を遊星の衝突から守るための特攻攻撃専用に開発された技術なのです」
「母星を守るための特攻兵器……」
特攻という言葉に反応したのは旭だった。
「ええそうです。故郷と故郷の愛する人を守るため、運動エネルギー兵器で小惑星に突っ込んでいく若者の命を守るために開発されました。戦争のための技術ではなかったのです」
「それをソリティア陣営は戦争のために使ったと」
旭の問いにミサキは頷く。
「ええ。優秀な兵士に育てるには莫大な時間と費用がかかります。優秀な兵士を温存することができるこの技術にソリティアが飛びついたのは自明の理でしょうね。ただし、上手に運用すれば兵士の命を救うこともできます。私はこの技術をぬす……いや研究して応用できないかとここに潜り込んだ訳です。その過程でそちらにおられるフィーレ姫の精神移植にも関与しております。もちろん、情報を横流ししてお小……いや、シュナイゼルさんに協力したことも事実ですよ。本来なら口を滑らすことがないのですが、なぜか作者が私の性格を暴露しようと悪ふざけをしてますね」
「そうだったのですか。ミサキ姫、ありがとうございます。ところで、肉体を人質に兵士を無理やり戦わせるという噂は本当でしょうか?」
「ソリティアはそのつもりだったようね。でも私がここにいるからそんな悪事はさせません。もうフィーレ姫以外はみな負けて義体が全損しちゃったから開放してるわ。ところでフィーレ姫。その姿のまま闘いたいの? それとも元の肉体に戻りたいの?」
「分かりません。この体で走り回って、超加速できたりして、それは今までの私にはできない痛快な体験でした。でも、それはものすごく違和感があるんです。私であって私じゃない。別の誰かの物語を読んでいるような感覚です」
「それでどうするの。元に戻すならすぐにできるわ。でも、一週間以上は続けないほうが良いみたいね」
「それはどうしてですか?」
「元の体に戻れなくなることがあるの。厳密には元の肉体に精神が定着する確率が下がるの」
「え?」
「肉体に魂が戻れなくなる。つまり、この世で死ぬという意味よ」
「……」
「姫。ここは元のお体にお戻りになる方が良いと存じます。お命を賭けてまで為すべきことであるとは思えません」
「そうねシュナイゼル。でももう少し待って。やっぱり自由に歩けて自由に走れるこの体に未練があるの。私の右脚はどうしてこうだったの? 神様が意地悪したの?」
「姫様それは……、我々に人間には計り知れない事です。しかし、神を疑ってはなりませぬ。神が与えられる試練とはその人が乗り越えられるものであると言われています」
「そうかもしれないわね。私たちアルマの教えでは、試練とはその人が望んで与えられると言われているわ」
「え? 私が不自由な脚を望んで生まれたと言うのですか?」
「恐らく。貴方がその不自由な脚を苦にすることなく公務をこなす姿に人々は感銘を受けることでしょう。個人の楽しみではなく大いなる公に尽くす姿にこそ人々は付き従うものです。今はお辛いかもしれませんが、その脚でお生まれになったことは大きな意味があると思いますよ」
「分かりました。未練は絶ちます。元の体に戻してください」
ミサキは大きく頷いてフィーレ姫の手を取った。フィーレ姫の目には大粒の涙があふれていた。
「ララさん付いてきて。ほかの方はここでお待ちになってください。殿方は決して部屋の中をのぞかないように」
ミサキに手を引かれたフィーレ姫、その後と追ったララは奥の部屋へと入っていく。その場に残された男たちの目元も心なしか緩んでいるようだった。
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