エピローグ

 この世界には人間族はもちろん、森人であるエルフや酒土族であるドワーフ、魔族や天使まで多くの種族が存在している。そのため多少の荒事は日常茶飯事だが、戦争と呼べるほどの争い事はここ数百年起きてはいない。人間界には4つの大国が存在するが、領土を巡って争うこともない。


 だからこそ、刺激を求めて冒険者になりダンジョンに潜る者がいるのか、はたまたダンジョンがあるからこそ戦争がない世界なのか。その答えを知る者は恐らく神界と獄界に生きるものだけであろう。


 そんな


 そんな平和な世界で生きてた生き物は、思いもしない危機に直面したらどうなるのだろうか。


 答えは簡単。




  ━━━何も出来ない




◯●◯● 


 1つ、また1つ。


 本来離れてはいけないものが宙を飛ぶ。


 狩る者は高らかに。


 狩られる者は喉を枯らして。


 地獄と化した世界にこえを鳴らす。



 「こうも張り合いがねぇと飽きるな」


 赤く染まった大地の上に、より鮮明な朱色の髪を持つ男が1人。


 両手に握る鉄の兜からは絶えず液体が流れ落ちている。


 「静かにして下さい。今いいところなのですから」


 屋根の上に、響くこえに耳を傾ける、地面にまで届こうかと言う長髪を持つ少女が1人。


 「っち、なにがいいんだか。うるせぇだけだろ」


 「殺すことしか能のない獣には分からないでしょうね」


 「殺すぞメス豚」


 「・・・」


 2人の間の空間が歪む。


 殺気によって空間が歪んだわけではない。歪みが大きくなり、その中心から女が1人姿を現す。


 「またやってるのあなた達...いい加減にしなさい。遊びに来てる訳じゃないんだから」


 女は同性すらも魅せてしまいそうな体を両手で抱きながら2人に声をかける。


 「っち...」


 男はその姿を確認すると、嫌なものでも見たと言わんばかりに顔を歪ませ、その場から遠ざかっていく。


 「エレミア、どう?」


 空間魔法を使ったであろう女は今もなお、こえに耳を傾ける少女に声をかける。


 「だいぶ静かになっちゃいました。残念です」


 少女は本当に残念そうな顔をしながら口を尖らせる。


 「そう、ありがと」


 そう言うと女は、突如生まれた空間の歪みの中へと消えていった。


 「・・・」


 少女は空を見上げる。


 「もっと素敵なこえが聞きたいな」


 それはこの地獄には似つかわしくないほど純粋な、彼女の願いだった。

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