35話 私は今回想します
イルミールのギルドマスターであるハナセに音喰いの獣の件を話してから1週間後、ギルドの調査隊が帰国しその報告により、正式に黒達によって音喰いの獣が討伐されたことが認められた。
追加報酬もかなり貰うことが出来た上に、パーティーランクも特例でDからAに昇格させてもらえることになった。ハナセが言うには『本当はあれを倒せるレベルならばSSSをあげたいところだけど、僕の力じゃこれぐらいが限界なんだ。ごめんね』ということらしい。それでもいきなり3つもランクを飛ばした昇格は異例らしく、ハナセのギルド界における力が伺える。
しかし流石に大々的に話せる内容ではないらしく、ギルド上層部とイルミールの職員、黒達だけの話に留まらせておくということになった。
その他にも調査隊が帰国する数日前にちょっとした出来事があった。
それは黒達がいつものようにギルドでクエストの達成報告を済ませ、宿の自室に帰ったときだ。
「えっ、犬?」
部屋に入った黒がベッドの上に座っている白い生き物を見て声を上げる。
「犬?それは伝承とかに出てくる神獣のことか?...ん?」
そう言いながらレェーヴは黒のあとに続いて部屋に入ってきて、ベッドの上の生き物を見て固まる。
「なになに?」
そのあとにシュテンとオトナシが入ってきて、珍しそうにベッドの上の生き物を観察する。
そんな中、まず動いたのが黒だった。何よりも黒はモフモフしたものを見るとモフりたくなるのだ。その犬らしき生き物はなかなかにモフモフであった。
「あぁ~」
黒は顔を弛緩させてひたすらモフる。そんな様子を見てレェーヴ達も加わり、みんなで一緒にモフる。
「なるほど...確かに言い毛並みじゃな」
「レーちゃんのもいいけどこの子のもなかなか...」
「気持ちいいです...」
数分間そうしていると、ふいに聞き覚えのあるような声が黒の耳に届く。
「もうよいかな?」
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黒達4人は顔を見合わせる。
「いきなり撫でられるものだからなかなか話出せなくてな、すまないがもうそろそろ開放してもらえると助かるのだが」
「「「「えっ?」」」」
黒達4人が4人共同じような反応をした後、言われた通り開放してあげる。
「あの時は世話になったな人の子と妖の子よ。そして、今の世のオトナシよ」
犬らしき生き物は身体をぶるぶると振るわせたあと、こちらに向き直り黒達に話しかけてくる。
「もしかしなくてもあなたは音喰いの獣?」
流石にここまで言われて分からない黒ではない。音喰いの獣を倒した後、魔魂が見つからなかったことや、あそこまで強い魔物を倒したにも関わらずレベルが上がっていなかったことから生きているだろうことは分かっていた。
「懐かしき名だな...そう呼ぶ人間もいた。私の本当の名はフェリルガンドという」
「フェリルガンド...さん?はどうしてここに?」
黒はそう言いながらオトナシの方を見る。オトナシの親や仲間はフェリルガンドが殺したと言える。
「そんなにかしこまらなくてもよい。私がここに来た理由だが...私は君に殺されに来たのだ。オトナシよ」
そう言って、フェリルガンドはオトナシの方に顔を向ける。その視線を受け、オトナシは身体を震わせる。
「クロよ。既にそなたは分かっているとは思うが、私はある呪いにかけられていた。それ故に長い間オトナシの手によって封印されてきた。あの封印は呪いを消滅させるためのものでもあったのだ」
そう話始めたフェリルガンドは忘れ去られた真相を黒達に明かした。
事の始まりは約700年前。神の使徒であるフェリルガンドは天界で生活していたらしい。そんなある日人間のような者に出会ったという。
明らかに異質な雰囲気を放つその者にフェリルガンドは臨戦態勢を取ったという。しかし、気が付けば意識は暗転し人間界に倒れていたという。その時フェリルガンドを拾ったのがオトナシ一族であった。
通常であれば神の使徒は天界への特別なパスが開かれているため、簡単に戻れるはずだがそれが出来なかった。そんな理由もあり、フェリルガンドはオトナシ一族の守り神として共に200年ほど生きたという。
そんな時、フェリルガンドの身に異変が起きた。白く輝く体毛に陰が落ち、黒く染まり始めたのだ。それは日を重ねるごとにフェリルガンドを蝕んでいった。そしてとうとう、フェリルガンドはその呪いに飲まれ破壊の限りを尽くす。その後の展開は黒達が知っている内容と一致していた。
「私を封印する際に最初の犠牲となった女のオトナシがいた。あやつは私に人間の強さを説いた。人間は強い。今はあなたを助けられる人はいない。でも、未来には必ずいるからと。それまでは私が一緒にいてあげると。とても優しい娘であった。私はそんな娘の命を、多くのオトナシの命を喰ってしまった」
そう語るフェリルガンドの瞳は悲しみに満ちていて、しかしオトナシとの記憶を思い出すたびに嬉しそうにしていた。
「本来、神獣である私は人の手によって殺すことは出来ない。しかし今の私は神性を失っているため、人の手で殺すことが出来る。オトナシよ、君には私を殺す資格がある」
もう一度、フェリルガンドは強くオトナシを見つめる。
「私は...」
オトナシは震えながらも、口を開く。
「私は...あなたのこと、恨んでないです。おかしいですよね。お母さんも、お父さんも。友達だったあの子も優しかったおじさんも。みんなあなたを封印するためにいなくなっちゃって。それでも、私はあなたのことを恨むことができない」
「ナーちゃん...」
ちなみにナーちゃんとは黒がオトナシを呼ぶときに使う呼び名である。それを聞いてずるいとレェーヴとシュテンに責め立てられたため、今ではレェーヴのことはレーちゃん、シュテンのことはテンちゃんと呼ぶことにしている。
「だから、そんなこと言わないでフェリルガンドさん」
そう言って、オトナシは顔をあげ初めてフェリルガンドと視線を交わす。
「...あの時の娘と同じ瞳だ。雰囲気も似ておる。あの娘に子がいるとは聞いていなかったが、もしかしたらもしかするのかもしれぬな。しかし、どちらにせよ殺して貰うぞ」
「「「「えっ?」」」」
この流れでそうなる?と言わんばかりの4人分の『えっ?』が部屋に響き渡った。
「いやなに、私は神獣だからな。神が存在する限り何度でも蘇ることが出来るのだ。本当は蘇らずに黄泉へと落ちようかとも思ったのだが、それでは逆に気分を悪くさせるだけらしい」
「えぇ...今って神性を失ってるんじゃないの?」
黒は呆れながらも疑問を口にする。
「死んでしまえば関係のない話だ。それに見たところこの中ではオトナシ、君のレベルが一番低いだろう。私を殺せばそれなりにレベルが上がると思うぞ。そちらの鬼っ子も一緒にやるといい」
「軽いのぉ...」
レェーヴも呆れているようで、今では緊張を解いてゆったりしている。
結局、実行することになりオトナシとレェーヴは短刀を手に構える。
「血は出ないから思いっきりやるといい。それと、恐らく天界に生まれ落ちると思うのでな、そなたたちが天界に来ることがあったら私を訪ねてほしい。礼をしたい」
そう言い残し、2人に刺されたフェリルガンドは光となって天へと昇っていった。ちなみに魔魂は生まれなかった。
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