33話 私は今彼女が出来ます

 イルミール国内の大通りを女性2人組が注目を集めながら歩いていた。その2人組に向けられる視線は羨望の眼差しや訝し気なものなど多種多様だ。


 「えっとー...視線が痛いから...その...ね?」


 「殺るので待ってて...」


 「あ、うん。止めようね?このままでいいから止めとこ?」


 1人の女性は困り果て、もう1人の女性はその女性にべったりと腕を組んで歩く。


 「相変わらずだねー」


 「そうじゃの...」


 その2人の姿を後ろから2人組みの女の子は見慣れた様子で眺めている。


 注目を集めている2人組の正体は、小夜世 黒さよせ くろとオトナシである。どちらがどっちかは言うまでもないだろうが、困っているのが黒、くっついているのがオトナシである。その後ろを歩く2人組はレェーヴとシュテンだ。


 なぜこうなったかというと、今から一ヶ月前にあった音喰いの獣との戦いまで遡る。



 ◯●◯●



 「ふぅ...」


 黒は額に浮かんだ汗を腕で拭う。周りは黒が立っている場所とレェーヴ達がいる場所以外は見るも無残な荒野と化している。


 「何が『ふぅ...』じゃ!やりすぎじゃ!」


 レェーヴが黒に駆け寄りながら怒号を上げる。その後ろからシュテンとオトナシが歩いてくる。前もって渡しておいたポーションを摂取したらしく、傷はもう塞がっているようだ。


 「いやでもあの黒いモヤモヤこれぐらいやらないと倒せない感じだったよ?」


 「黒いモヤモヤ?」

 

 レェーヴは黒の言葉を聞いて首を傾げる。


 「まぁとにかく、このクレーターはどう報告するんじゃ...それに巻き込まれた人がおるやも知れぬ」


 レェーヴは周りを見ながらあきれたように肩を落とす。


 「それは大丈夫、人がいないの確認してから撃ったよちゃんと。あとこのクレーターも大丈夫だと思うよ」


 黒はそういいながら、魔法を発動する。


 「土創生つちよ成れ!」


 すると、黒が生んだクレーターから土が盛り上がり、ものの数分でクレーターを埋め尽くしてしまった。


 その様子を見ていたシュテンは凄いとはしゃぎ、オトナシは絶句し、レェーヴは呆れていた。


 その後、木も生やせるかもと試し、木を生やすことに成功し元の姿を取り戻した森を見て、レェーヴはもう何も言うまいと遠くを見つめてそれから数分は微動だにしなくなってしまった。


 そんなレェーヴの肩にシュテンはそっと手を置いて一緒に遠くを見つめてあげていた。


 そんな中、オトナシはおずおずと黒に近づき声をかけてくる。


 「あの...その...」


 「あ、オトナシちゃん大丈夫だった?ごめんね...巻き込んじゃって」


 「いえ、そんな...元々私達オトナシの問題だったのに...本当に...有難うございます...」


 オトナシは黒たちに向けて頭を下げる。


 「まぁまぁ、私が言うのもなんだけど終わり良ければ総て良し!ね、レェーヴちゃん、シュテンちゃん?」


 「ん...?あ、あぁそうじゃな。うん」


 レェーヴはどうにか現実世界に舞い戻り、受け答えをする。


 「楽しかったし、クロに頼ってもらえて嬉しかったから私は満足!」


 シュテンは先ほどの戦闘の興奮が冷めやらぬ感じで答える。稀に見るテンションの高さだ。やはり戦闘大好きっ子らしい。


 「みなさん...」


 オトナシは目に涙を浮かべながら俯く。そんなオトナシをクロは抱きしめてあげる。


 「よく頑張ったね」


 黒がそう告げたとき、オトナシは堰を切ったかのように黒の胸の中で泣き始める。家族を亡くし、一族を亡くした上に自分の命まで捧げるという過酷な人生を歩んで来たのだ。これまで色々な感情をその胸に押し込めていたのだろう。何より黒にはよく分かってしまう。


 こういう時、意識していないと自分もその感情に引っ張られて飲み込まれそうになるので、実は結構大変だったりする。しかしこれを言ってしまうのは感情を揺さぶるなと言っているようで酷な話だ。なので、みんなには内緒だ。


 そのあと、オトナシは黒達に同行してイルミールへと向かうことになった。土や森は元に戻せたが、オトナシの家を吹き飛ばしてしまったので、置いていくことは出来るはずがなかった。


 イルミールへと戻る道中、オトナシは家族のことやオトナシ一族について色々と話してくれた。その中でも驚いたのが、オトナシ一族は一族の間でしか子を成してはいけないというしきたりがあったそうだ。一族特有のスキルを引き継がせるためとは言え、なんとも大変そうな話だと黒は思った。


 しかしそれでも、無理やり一緒になるのではなく、双方の意見はしっかりと尊重されるらしいので遺伝子的な問題を除けばそこまで悪くない話なのかもしれないとも思ったが、結局は当事者にしか分からない問題なので黒はこういうことには突っ込まないようにしている。


 その他にも黒には縁遠い風習やしきたりがあり、オトナシは思い出しながら楽しそうに語りながらも、時々悲しい顔をしていた。





 そして、黒にとっての事件が起きたのはイルミールまであと少しと言うところだった。


 その時は、レェーヴとシュテンが魚を取りに川へと行き、黒とオトナシは野営地で料理をするための準備をしていた。そんなとき、オトナシに声をかけられ、黒は野営地から少し離れた場所まで赴いたのであった。


 「話ってなに?オトナシちゃん。レェーヴちゃん達呼んでこよっか?」


 正直この時点で黒にはオトナシの感情が筒抜けなのだが、オトナシがそれを知り悶絶するのはもう少し後になる。


 「い、いえ...その...2人で話がしたくて...」


 「う、うん」


 (えぇ...これってあれだよね?いや、うん、絶対あれだよ。えぇーこういう時どんな顔すればいいんだろ...というか私いまどんな顔してるんだろ...あぁぁぁぁぁあ!!!)


 黒の心臓はバックバクであった。気恥ずかしさと申し訳なさとこういうことに耐性がない故の緊張から手には汗がダクダクである。


 「えっと.......」


 「うん.........」


 2人の間に沈黙が流れる。黒は頭の中でレェーヴとシュテンを交互に数えて落ち着こうとするが、いつの間にかそれがオトナシに置き換わり、撃沈する。そんなとき、オトナシは決心したように口を開く。


 「....えっと、実は私...女の人が好きで...変ですよね...私もそう思います...一族の数が減っていっている中、子供を作らなきゃいけないって、そう思っても、分かってても、それでも男の人が好きになれなくて...」


 オトナシは必死にこれまで抱え隠してきた気持ちをまとめ、言葉を紡いでいく。


 「男の人よりも女の人に心を惹かれるって、この気持ちに気がついたのは割と最近で...両親に話したときは驚かれましたが、受け入れてくれて嬉しくて...だから、えっと、その...」


 オトナシはだんだんと自分が何を言っているのか分からなくなってきて余計に混乱し取り乱す。


 「ちゃんと聞いてるから、ゆっくりでいいから。大丈夫」


 黒はそんなオトナシの声に真剣に耳を傾ける。そんな黒の言葉を聞き、一息ついてオトナシはまた口を開く。


 「...それで、こんな...会ってからそんな時間も経ってなくて、暗くて、弱い...うぐぅ...」


 オトナシは自分で言って自分に大ダメージを与えて口ごもる。それでも負けじと声を出す。


 「そんな私がなに言ってるんだって思うかもですけど...その...クロさん、あなたを好きになってしまいました!」


 オトナシはえぇい、なるようになれ!と伝えたかった言葉を胸の奥から外へと押し出した。


 「ほんとは黙ってようって....思ってたんです...でも...日に日に胸が熱くなって...クロさんを見ると我慢できそうになくて....ごめんなさい、気持ち悪い...ですよね....助けて頂いたにも関わらず...こんなこと...でも...こんなに好きになった人は...初めてで...その...」


 オトナシは逃げ出そうとする足をどうにかその場に踏みとどめる。しかし膝は笑ってしまってさっきから震えっぱなしだ。もうそんなに立っていられそうにない。


 黒はそんなオトナシをそっと抱きしめた。


 「気持ち悪いだなんてそんなことないよ。むしろ嬉しいよ、こんなに想ってくれるなんて」


 恋愛感情はこれまで多く視てきたが、そのほとんどは他人が他人に向けていたものであったし、自分にこれほどまでに深く大きい恋愛感情を向けてくれた相手はオトナシが初めてだった。


 「えっと、それでなんだけどねオトナシちゃん」




 そうして、とりあえず黒とオトナシは付き合うことになった。とりあえずというのは、黒自身オトナシに対して恋愛感情を抱いているかと言われると難しいところであり、かと言ってここまで自分を想ってくれる相手の気持ちを無碍には出来ないということで、こうなったのである。今はそれでもいいとオトナシは同意し、落として見せると燃えていた。


 そうして必然的にオトナシは黒の仲間になり、その報告を聞いたレェーヴとシュテンの驚き様はこれまで見てきた中でも群を抜いたものであった。

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