31話 私は今音喰いの獣と戦います
封印を食い破り、音喰いの獣は咆哮する。それを合図に
「!?」
しかし、少し走ったところで異変が起きる。また周囲の音が消えたのだ。
封印が消えたということは、オトナシ一族だけが継承するという音を消すスキルの影響はもうないはずである。現に先ほどまでは普通に周りの音は聞こえていた。ならば、残る可能性としては1つ。獣が音を喰っているのである。その名の通りに。
(やっぱりそうなるよね)
名前を聞いた時から予想はしていたため、そこまで驚きはしなかったがやはり音がないというのは厄介である。戦闘を行うとなれば尚更で、感覚が狂うし異変に気づきずらくなる。
そう思考を巡らせているうちに、森の中心部に到達する。そこには木々が生えておらず、開けた場所となっていた。
そして、その中央にこちらを睥睨する者がいた。透き通る白色の毛は光を返し、発光しているかのような錯覚を見るものに与える。その姿は全長8mを超える純白の狼であった。
「....」
黒は獣の前で立ち止まる。
「人間、我の前に立ち、我を見据えるか」
「(喋った!?)!?」
黒は『喋った!?』と声に出そうとして声が出ないことに気づく。
自分の声や心臓の音など、体内から作る音ならば喰われる前に聞こえるかと思ったがどうやら問答無用で持っていかれるようだ。
「久方ぶりに外に出てみれば、あのころの人間とは見違えるほどに強くなっているではないか。なるほど、これがあやつの言う人間の強さというやつか」
獣は続ける。
「だがしかし、見たところ貴様はオトナシではないな...そうだな、我が封印を食えたということはそういうことか」
獣は勝手に話しては勝手に納得している。
「....」
ふと、獣は視線をずらし己の体を見下ろした。黒もつられてそちらに目を向けると、先ほどまで純白に輝いていた体毛に黒が混ざり始めている。
「忌々しいな...やはり消えておらぬか。人間、この時にここにいるということはおぬしが我を鎮める役割を持ったものなのだろう。名を聞こう」
いきなりこちらに話が振られたので少し驚いたが、黒は冷静に答えようとする。しかし声が出ない。
「ん?あぁ、そうか。これでどうだ」
獣がそう言った後に声を出せるか確認すると、出せるようになっていた。改めて、獣の問いに答える。
「クロって名前です」
「クロ...黒か。なんとも因果なものだ...そうか...」
獣は黒の名を聞き、少し瞳を見開いた。そして、続けて言う。すでにこの頃には獣の体毛はほぼ黒に染まっていた。
「人間、我はあと数刻で意識を飲まれる。死ぬなよ」
そう告げたあと、獣の体毛は完全に黒に染まる。最初の頃とは違い、今度はすべての光を飲み込みそこに大穴が空いているかのように錯覚させる。
そして、吠えた。
先ほどまでとはまるで違い、死を感じさせる肌にまとわりつくような気持ちの悪い空気に変わる。
「っ!?」
黒は咄嗟に飛んだ。先ほどまで黒が立っていた場所は獣によって抉られていた。
「(なんでこう、デカい魔物ってみんな速いのかな!)」
黒は着地し、距離を取りつつ悪態をつくがまた声が出ないことに気づく。
少し嫌な予感を抱きながらも、魔法を発動しようと右手を突き出して詠唱を始める。まずは攻撃しつつ周りにある木を薙ぎ倒す。森の中では素早く動けないし、木に隠れるにしても恐らく無意味だ。
「(
(やっぱり)
魔法は発動しなかった。まさかとは思ったが、声に出なければ魔法は発動しないらしい。
魔法を出そうとした隙に、こちらに繰り出された獣の前足による横凪の攻撃に当たりそうになり寸でのところで回避する。掠った際に切られた黒の髪が空中に舞う。
(死ぬかと思った...)
黒は冷汗を流しながらなんとか体制を整える。
この状況においても後方にいるレェーヴから魔法による支援がないということは、レェーヴも同じ状況だと考えられる。
この空間において、聞こえているのは獣の唸り声だけである。無音でないだけまだましかもしれない。
黒は獣の攻撃を避けつつ考える。今は避けられているが、体力には限界がある。このままではジリ貧だ。
そして、最終的に出た結論は単純なものだった。
(物理か...)
黒は右手に拳を作って覚悟を決める。
獣の攻撃を避けつつ、一撃を入れようと動くが、なかなか決めることが出来ない。
(デカすぎる...)
獣が大きすぎるため、効果の有りそうな腹や顔を狙うにはどうしても跳躍する必要がある。しかし、魔法が使えない今、空中では身動きを取ることが出来ないため不用意に攻撃することができない。
(!?)
決め手が見つからず、攻撃を避けるだけになっていた黒の身にいきなり衝撃が走る。
その衝撃に黒は肺の空気を吐き出し、真横に吹き飛ばされ、地面を転がる。
状況を確認しようと立ち上がったところで、近くに来ていたレェーヴに掴まれ横に跳躍する。
すると、先ほど立っていた背後に当たる位置から氷の礫が飛翔し、地面を抉った。どうやらあれに先ほどやられたらしい。
レェーヴに礼を言おうとするも、声が出ないので口を動かしただけになってしまったが、レェーヴは何を言いたいのか分かったらしく、こちらを見て頷く。
レェーヴは尻尾から野球ボールほどの大きさの球を取り出す。確か閃光魔石と言われるものだ。以前買い物に出かけたときにレェーヴが買っていた。魔を流した量によって、秒数が調節でき、その数秒のあとに破裂し光を生み出すものだ。スタングレネードのようなものだろう。
それよりもレェーヴの尻尾に意識を持っていかれて仕方がなかった。モフったことはあるがそんな道具が詰まっているような感触はなかったはずである。
(どうなってるんだろ...)
黒が尻尾に気を取られている間にも、レェーヴはそれをさらに3つ取り出し、獣に向かって投げる。それをもろに食らった獣はその場で暴れ狂う。その間に撤退する。
もしかしたら一度撤退する必要があるかもしれないということで、この行動は事前に話し合ったものだった。
戦略的撤退というやつである。
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