30話 私は今戦闘開始です!
「な、なにも殴ることないじゃん...」
黒は不満げな瞳をオトナシへと向ける。
「あんな...大声...出すから...」
オトナシは黒が『じゃあ、獣狩りを始めたいと思います!!!』と大声で宣言したことに驚き、咄嗟に黒の頭を殴ったのである。パーではなくグーである。
ちなみにシュテンは先ほどの黒の大声に驚いて目を覚まし、状況が掴めずにあたふたしている。それを見かねて、レェーヴはシュテンに状況を説明する。
「私はこう見えても結構強いんだよ?レェーヴちゃんもシュテンちゃんも強い!いけると思います!」
黒はもう遠慮することなく、いつもの声量でオトナシへと話しかける。
「.......」
オトナシはこの3人を招き入れてしまった少し前の自分を呪った。黒が大きな
「何よりも、こんなに可愛い子を見殺しにすることは出来ない!」
そんなオトナシの苦悩に追い打ちをかけるかのように、黒は至って真面目な顔でそう続ける。
オトナシは日本人に近い顔つきをしていた。しかし、日本人離れしたその美貌は同性の黒であっても惚れ度半分、うらやまし度半分といったところだ。
これが異世界クオリティというものだろうか。黒がいた世界で見た雑誌のモデルでもこんなに可愛いと思える子はいなかったように思える。それとも実は自分がそっちの趣味に走りかけているのではないのかと疑い始める。確かに一般にイケメンと言われる男を見てもほーんとなるぐらいで特に男を好いたりはしないが...
と、そこまで考えて今はそこじゃないと現実に戻る。しかしそもそもレェーヴとシュテンだってとても可愛いじゃないか。いやしかし可愛いときれいは違うのだけれど....いや、それもまた今には関係ない話だ。
「何はともあれ決めました!やります!正直せっかく力を持ってるのでぶっぱなしたいと思ってました!」
黒はいつも以上のテンションでオトナシへと畳みかける。この子にはこの方法が効果ありだと分かっている。
「うっ....」
オトナシはそんないきなり豹変した黒の勢いに押されて後ずさる。
「なんじゃ黒、そやつの顔が見えたのか」
そんな中、ぽつりとレェーヴが黒に問いかける。
「え?あぁそっか。最初の戦闘のとき見れなかったら分からないかもね」
レェーヴの疑問は最もで、今の今までオトナシの顔は髪によってほぼほぼ隠されていた。前髪が長いのもそうだが、後ろ髪に至っては地面すれすれまで伸ばされている。
「あぁ、そのとき見えたのか。納得じゃ」
レェーヴは言われてみればと疑問が解決しすっきりした顔をする。
「って....そんなことは....どうでもいいです...!」
オトナシがこれまでよりも2割増しぐらいの声量でこちらに突っ込んでくる。
「獣を倒すって...正気ですか...!?」
今度は3割増しぐらいの声量だった。
「うん、本気だよ。それにもう迷ってる時間はないでしょ?」
黒は窓の外に目を向ける。先ほどから中心から風が吹いているかのように木々がなびいている。封印されている魔物の魔が溢れ出しているのだろう。もうすぐ封印が壊れる。
「っ...」
ここにいる誰よりも獣にかけられた封印魔法について詳しいオトナシが分からないわけもなく、その黒の言葉を聞いて唇を噛む。
「でしたら....私も戦い...ます!」
オトナシは真っすぐに黒のほうを向いて、そう叫ぶ。叫ぶと言っても成人女性の普段の声量よりもかなり小さいのだが。
黒はそんなオトナシの前髪から除く瞳を見つめ返す。
「じゃあオトナシちゃんにはもし私が負けた場合を考慮して、森の外で待機してもらっててもいい?あとシュテンちゃんはオトナシちゃんに同伴して」
オトナシは戦う人数を減らすなんて考えていなかったため、一瞬狼狽えるがすぐに反論する。
「私が...弱いって思ってますか?...これでも....結構...強い!」
そう黒に訴えるが、それに答えたのはレェーヴだった。
「ワシらが近くにいては逆効果なんじゃよ。クロが本気を出せない。今回は悔しいが見守るのが最大限の貢献じゃ」
「悔しいけど、レーちゃんの言う通りだよ」
シュテンは意思のはっきりした瞳をオトナシに向けて言う。
シュテンは己の弱さを自覚している。これまでの戦いでよくわかっている。その上で追いつこうと足掻くことは諦めず、かといって引くべきところはしっかりと引く。本当にいい子だなと黒はそんなシュテンの頭を撫でながら思う。レェーヴについてもそうだ。尻尾をモフってあげる。しかしこちらは尻尾で手を叩かれた。
「.....」
そんなにこの人は強いのだろうかとオトナシは思う。確かにこの森で仕留められなかった冒険者は黒が初めてだったが、これまでの態度を見る限りそうは思えない。
しかし...
「わかった....そこまで言うなら....でも....負けたら...許さない」
正直こんな時になんて言えばいいのか分からない。こんな状態にまで事態を悪化させた黒に対しての怒りや、もしかしたら私にも未来があるのではないかという希望、命を捧げてきた両親をはじめとするオトナシのみんなへの後ろめたい思い。そんなものがごちゃ混ぜになって心の中に渦巻いている。
そんな思考がぐちゃぐちゃな中、変なことを言ってしまっただろうかと、そんなことをオトナシは思った。
「時間がないみたい。レェーヴちゃんには悪いんだけど後衛として来てくれる?」
「おっ、なんじゃ。もしかしてとは思ったがワシを連れて行ってくれるか。嬉しいのぅ。久々に血が滾るわい」
「あっ!レーちゃんずるい!貸しってやつだからね!貸し!」
「なんじゃその理不尽な貸しは...まぁよい、分かったよテン」
そんな彼女たちのやり取りをオトナシは黙ってみている。これが友達や仲間と言ったものなのだろうか。実際に目にすると本で読むよりも凄く眩しく感じる。
「えっと、オトナシちゃんだから...オトちゃん、かな?いこ!」
「...うん」
シュテンにそう言われてオトナシは我に返る。オトちゃんと呼ばれたのは初めてだ。ドキッとした。なんだろう、この気持ち。名前なんて関係なかったので不思議な気分だ。
黒はシュテンとオトナシが森の外へと向かって走っていくのを確認する。
「よし、じゃあレェーヴちゃん準備はいい?というかごめんね、こんなことになっちゃって。あとで2人にも謝らなくちゃ」
「謝るでない。正直冒険しているという感じがしてワシは楽しいぞ」
「レェーヴちゃんはやっぱり優しいね」
「おぬしも大概じゃぞ」
前に交わしたことのあるような会話をして、2人とも微笑む。
その時、オトナシのスキルによる影響がなくなったのか、風の奔る音、木々が掠れる音、土が舞う音、大気が震える音が2人の耳に届く。
「来るよ!」
黒の掛け声と同時、それを掻き消そうとするかのように、腹の底まで響きわたる獣の咆哮が森に響いた。
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