22話 私は今怯えられます

 小夜世 黒さよせ くろはレェーヴと伝承の話をしたことで、アヤとマヤに本を読んであげたときがあったことも思い出す。2人は元気にしているだろうか。まだ一か月も経っていないというのに妙に懐かしい気持ちになる。それだけ色々なことがあったということだろう。

 楽しかった出来事と共に、黒の頭の中をこれまで視てきた色々な人の感情が共に駆け巡る。いつも過去を想うと、決まってついてくるのが溢れんばかりの人の感情だ。特に負の感情は頭痛を起こさせるほどに頭の中を走り回る。 


 楽しかった出来事を思い出しても、この有様なので黒はあまり思い出すという行為が好きではない。しかし、無意識に行ってしまうことがほとんどなので困っているのである。これらの理由から、黒は元の世界では、思い出す要因になる写真などはあまり持たないようにしていた。


 「どうかしたか?」


 笑顔から一変、顔を歪めている黒を見てレェーヴが問いかけてくる。


 「ううん。なんでもないよ」


 「...そうか」


 レェーヴは言いたくないならば言わなくてもいいと思ってくれている。そんな彼女の心遣いは素直にありがたい。


 「そういえば黒色の魔法なんだけど、試してみない?」


 「ん?そうじゃな。せっかくじゃしな。ちなみにクロは黒色の魔法で何を思い浮かべたんじゃ?」


 「えっ?まぁ...レェーヴちゃんと似たようなやつだよ...あはは...」


 さすがに呪いなどとは言いづらかったので黒は言葉を濁して目を泳がせる。


 「レェーヴちゃんが言ってた重力のやつやってみよっか」


 「そうじゃな」


 黒はレェーヴが言っていたような黒い球を思い浮かべる。重力で相手を潰すと言っていたので、効果範囲は球の下だろうか。その範囲の重力を強くするイメージ。


 「ん...」


 何だかんだでイメージしてみると難しい。重力なんて変に意識したことがないからだろうか。したとしても、物理学で計算時に重力加速度を9.81m/s^2にしたりなどする時ぐらいだ。いや、なんだかんだで設計などもしていると重力の影響は考えなければいけなかったりするので必然的に考えるが、これとはまた勝手が違う。


 「結構イメージが難しい...」


 「どこら辺が難しいんじゃ?」


 「重力が強いとかそこらへん...」


 「そこらへんは変に意識せずに、相手を倒してしまうほどの力がかかる、みたいな感じでいいんじゃないかの」


 確かに言われてみればそんな厳密にイメージする必要はなかったと思う。水を構成する原子などを特に意識することなく、水は水として魔法に出来ていたのだから今回の重力も出来るはずだ。

 

 「よし、やってみるね」


 「うむ」


 黒は右手を突き出し、大まかに照準を合わせる。こうして発動する方向を示したほうがイメージする際の負担が減るのだ。

 

 「黒猫球くろねこきゅう!」


 黒がそう唱えると、黒い球...に猫の耳が生えた形のものが空中に現れる。その球が形成し終えると、その下にある地面が陥没する。どうやら上手く発動できたようだ。


 「え、えげつないことをするのぅ...猫を模るとは...」

 

 そういえばこちらの世界の猫は凶暴らしい。黒的にはかわいいをイメージしてみたのだが、レェーヴには逆効果だったらしい。


 「シュテンちゃん!出来そうだったらこの黒い猫の下に魔物投げ込んでみてくれる?」


 黒は少し離れたところで魔物を殴っていたシュテンに声をかける。


 「え?ひぇ!?なにその禍々しいの!?えと...魔物?わ、わかった」


 シュテンは振り返って黒猫球を見るなり、怯えた様子を見せる。どうやらシュテンにも不評なようだ。しかし、シュテンは怯えながらもきちんと魔物を黒猫球の下に投げ込んでくれる。投げられた魔物は何ともいえない鳴き声を上げながらこちらに飛んでくる。


 ちなみに名前が適当っぽいのは、カッコイイ名前を考えるのが少し疲れたからだったりする。


 投げられた魔物を3人が眺めていると、魔物は黒猫球の下に入った瞬間嫌な音を響かせて潰れる。血液などが飛び散ろうとするが、重力がそれを許さない。一気に肉片共々地面に叩きつけられる。

 正直あれが重力なのかは黒には謎だったが、しっかりと望む機能を果たしているので、良しとしよう。


 「うっ...」


 「ひぇっ...」


 「....」


 魔物がつぶれる様子をみたとき3人は三者三様の反応だった。


 「なんともえげつない魔法じゃな...」


 「猫怖い...」


 「あはは...」


 黒は魔法を発動した本人なので、微妙な反応をするしかなかった。


 「んんっ!まぁ黒色の魔法は使えたということで!次いこ次!」


 黒は無理やり話題を本題に戻す。正直黒は「あ、潰れた」ぐらいにしか思っていなかったりしたので妙に気まずかったのだ。


 「うむ...そうじゃな」


 「もうちょっと魔法試そうとしたけど、正直なんでも出来そうな気がするから一旦おいて置いて3人で戦う際の連携とか確認しない?」


 「それがいいの。テン!こっちに来てくれんか!」


 レェーヴが黒の意見に同意し、シュテンを呼ぶ。すると、それに気が付いたシュテンが待ってましたと言わんばかりに笑顔でこちらに走ってくる。その笑顔を見て、ちょっと1人にしすぎてしまっていたかもしれないと黒は反省する。


 「お待たせ、シュテンちゃん。ごめんねずっと1人でやらせちゃってて」


 「ううん、大丈夫だよ。ずっとああやって戦ってなかったからリハビリにもなったし」


 内心は寂しかったと言っているが、気を使ってそんなことを言ってくれるシュテンは本当にいい子だ。ついつい手が伸びて黒はシュテンの頭を撫でてしまう。歳では明らかにシュテンのほうが年上なのだが、その見た目から子供のような扱いをしてしまう。

 

 嫌だと思われていないし、どちらかというと喜んでくれているというのが黒には分かるので、そういった意味でもこういうことをしてしまう。この共感覚、もとい黒の体質が良かったと思える数少ない瞬間である。


 「えへへ」


 シュテンは黒に撫でられてご満悦である。この顔を見るとそんな力必要なかったとも思えるが、それはそれ、これはこれである。


 「3人で戦う際の連携についてやっていこうと思うんじゃが、いいかの?」


 「うん!」


 「よし、じゃあまずは話し合いの邪魔されないように障壁張っちゃうね。守護する乙女バル・ガルディエーヌ!」


 そう黒が唱えると、最初に使ったときよりも大きな障壁、結界が展開される。

 こうして、3人の戦術会議が始まった。

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