12話 私は今天国にいます

 「それではあのメイドとやらはもう行ったのかの」


 今はシュテン達が買い出しで買ってきてくれた果物やパンなどで昼食を摂っている。今はあの戦闘から2日後の昼だ。話を聞くに、黒は結構な時間眠っていたらしい。


 「なんかゲートみたいなやつに入ってちゃったよ」


 「転移魔法か...流石は天使のメイドといったところかの」


 「それよりも2人は街に買い物に出て大丈夫だったの?」


 確か妖族は疎まれる存在だったはずだ。


 「それがの、妖族が絶滅してから時が長く経ったことでワシらの存在を知っているものはほとんどいないらしいのじゃ。あのメイドが言っておった。それと、ワシらの存在を知るカーサイブリースという組織のことも言っておった」


 その男が名乗っていたカーサイブリース。たしかあいつは番だとかいっていた。その発言が本当であるのだとしたら、少なくともあと7人はいることになる。何か情報を集めたほうがいいだろう。


 「でも、レェーヴちゃんの尻尾とかシュテンちゃんの角とか結構な存在感だけど何か言われたりしないの?」


 「特にはなかったの。少し珍しがって見てくる子供などもおったが、それぐらいじゃ。いざという時は妖術で認識を阻害することもできるしの」


 「そっか...よかった。あと、ちょっと気になってたんだけど...」


 「なんじゃ?」


 「シュテンちゃんってこんなに大人しかったっけ?」


 「んっ!?」


 いきなり話を振られて驚いたのか、シュテンはもしゃもしゃと静かに食べていたパンを喉に詰まらせている。


 「あぁ、出会いがあんなんじゃったからな。無理はない。シュテンは元々大人しいやつじゃぞ。人間の前だと強がってあのような態度でいるが、基本はこんな感じじゃ。力の強い鬼とは思えんじゃろ?」


 「レェーちゃんひどいよ...」


 「本当のことじゃろう。偽りの姿を見せるのは疲れるでな、ありのままでよいではないか」


 「むぅ...」


 そんなレェーヴの発言にシュテンは頬を膨らませる。まるで姉妹のようなやり取りだ。本当に仲がよいのだろう。


 「そういえば、まだ聞いてなかったんだけど、シュテンちゃんは私たちと一緒に冒険してくれるってことでいいの?」


 「はい。問題ない...です。」


 こう、シュテンは庇護欲を掻き立てるというかなんというか...。究極の妹属性みたいなところがある。


 「クロ、顔...」


 「ありのままでいいって言ったじゃん!」


 「その顔は別じゃ」


 「ひどい...」


 「...ふふっ」


 


 ◯●◯●



 昼食を摂り終わり、今は街中を見て歩いている。さすがは4大国の1つというだけあって、かなりの賑わいだ。


 「クロ、大丈夫か?」


 「大丈夫だよ、ありがとうレェーヴちゃん」


 「どうかした....ですか?」


 そういえばシュテンには共感覚のことを話していなかったので、話しておく。


 「そうなん...ですか。それは大変...ですね」


 「慣れればそこまででもないよ。心配しないで」


 「そういえばあのメイドの本心も見えたのかの?」


 「あぁーあのメイドさんはなんというか、こう、厚い布で覆われているような感じでよく分からなかった」


 「そうじゃったか」


 そんな感じで話していると、この国イルミールの冒険者ギルドが見えてくる。今日の目的は、2人を冒険者登録するのが目的なのだ。


 「見えてきたね」


 「そうじゃの」


 「おおきい...です」


 シュテンの言う通り、かなり大きな建物だった。黒はまだナルタの冒険者ギルドしか見たことはないが、恐らくここまで大きなギルドは他の街にはないだろうと思わせるほどだ。ナルタの5倍はあるだろうか。


 「うわっ」


 「壮観じゃの」


 「おおすぎ....です。でも...いい匂い...」


 ギルドに入ると、まず飛び込んできたのが嗅覚を狂わせるのではないかというほどの酒の匂い。どうやら1階は酒場になっているらしく、まだ日も高いというのにかなりの賑わいを見せている。


 「えっと...冒険者登録は...」


 黒が窓口を探していると、こちらに数人の男達が寄ってくる。どうやらかなり酔っているようだ。


 「なんだぁ?随分とちっせぇのがいるなぁ?それにこっちの嬢ちゃんは...胸はねぇが上物だぁ」


 男達は不躾な視線を容赦なく黒達3人に浴びせてくる。


 (うわぁ...テンプレだ...)


 アニメや漫画で見たことのあるこの光景をまさか自分が体験するとは。感慨深い気持ちが湧き上がる。しかし、それ以上に見過ごせない言葉を吐いたなこの男共は。


 「ちょっ」


 レェーヴが黒の方を見て狼狽える。その目は魔物さえも射殺してしまいそうなほどだ。


 「ひぃっ!?なんだよこの女!人がしていい目じゃねぇ!」


 「こいつ新種の魔物なんじゃねぇのか!?」


 「(バタン)」


 ひどい言われようである。しかも気絶する男もいた。


 「あ˝ぁ˝?」


 「「ひぃ!?」」


 黒がドスの効いた声を出しながら再度睨むと、男達はあわてて気絶した仲間を引きずりながらギルドを出て行った。


 「まぁ、なんじゃ。今夜はご馳走にしようかの」


 「...うん」


 悲しいのは何故だろうか。女として失ってはいけないものを失った気がする。


 「それよりもシュテンちゃん静かじゃない?」


 「そういえばそうじゃな」


 ああいう人間にはシュテンこそが牙を向くと思っていたが、特に何事も起きていない。


 2人でシュテンが先ほどまでいた場所を見ると、シュテンは床に転がって寝ていた。


 「シュテンちゃん!?」


 「はぁ...まさかこやつ酒の匂いだけで酔って寝おったな」


 「えぇ...」


 だが、まぁ、結果的に嫌な思いをしないで済んだ?のかも知れないし、これはこれでよかったのかなと思う黒だった。


 「どうしよっか」


 「せっかくじゃし、登録だけ済ませて帰ろうかの」


 「そうだね。じゃあ私がおぶるよ」


 そういって、黒はシュテンを自分の背中に寝かせ、立ち上がる。


 その瞬間、黒の身に電流が奔る。


 (!?....なにこの柔らかさは!?)


 おぶり心地は最高であった。手に優しく吸い付く太もも、確かに手はその柔らかい肉に吸い込まれていくのに、弾力もあり手を押し返してくる。生命の息吹を感じさせる。今この瞬間、黒は確かに天国にいた。



 「今度面でも買いに行こうかの...」



 レェーヴはこれまで見てきたものよりも、数段気持ちの悪い黒の顔を見て、面を買う決意をした。 

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