11話 私は今目が覚めます

 目が覚めると黒い湖の上に立っていた。どうやってここまで来たのか、なぜここにいるのかは分からない。ただ独りで湖の上に立っていた。


 特に何をするでもなく、特に何が出来るでもなく。ただ立ち尽くしていた。

 ふと、足元の水面を覗いたら。見覚えのある醜悪に歪んだ無数の顔がこちらを見ていた。






 「っ...」


 胸がもやもやする。こういう時は決まって悪い夢を見た時だ。なんの夢を見ていたのかは覚えていないが、もやもやだけが残っている。寝ざめは最悪だ。


 「ここは...」


 知らない部屋だ。一通り見回して見るが、見知ったものは1つもない。レェーヴやシュテンの姿も見当たらない。そもそも、あの時私はー


 「っ!?」


 思い出そうとして、突然の頭痛に襲われる。まるで体が拒絶反応を起こしているようだ。

 考えるのはあとにしよう。とりあえず、この部屋から出て状況を確認しなければ。そう思い、ベッドから降りようとしたとき、部屋のドアがゆっくりと開いた。


 「おや、お目覚めでしたか。クロ様」


 そう言って、部屋に入ってきたのはメイドだった。あちらはクロを知っているようだが、黒には見覚えがない。


 「えっと...」


 「ご挨拶が遅れました。私はアリシア様のメイドをさせて頂いているものです。ただのメイドとでもお思い下さい」


 アリシアのメイド?まさかこんなときに彼女の名前を聞くことになるとは思っていなかった。


 「知っていらっしゃると思いますが...一応。私はクロといいます。えっと、メイドさんは私を助けてくれたんですか?」


 状況を見るに、そう考えるのが妥当だろう。何より、服が元々来ていたワンピースではないし、所々に包帯が巻いてある。


 「そうですね。私はあなたを助けました。黒化によって暴走し、止まれなくなってしまったあなたを鎮めてここまで運んできました。一緒にいた鬼っ子と狐っ子も一緒ですよ。今は買い出しに出てもらっています」


 よかった...2人とも無事らしい。それが聞けただけでも気がふっと楽になる。それにしても、あの時の記憶がないので覚えていないが、どうやってあの状態を鎮めたのだろうか。聞きたいことは山ほどある。


 「聞きたいことが山ほどある、という顔ですね。申し訳ありませんが、多くは語れません。語れることと言えば、ここはどこなのかということと、どうして私があなたを助けたのかという2点だけになります」


 「いえ...助けて頂いたのにすいません...それだけで十分なほどです。ですが、せっかくなので聞かせて頂いてもいいですか?」


 「そんなにかしこまらないでもいいですよ、クロ様。私はただのメイドなのですから」


 「えっと...」


 「無理にとはいいません。クロ様のお好きなように。では、先ほどの2点についてですね。お話いたします。まず、ここがどこなのかですが、ここは東の国イルミールです。東南に位置する場所にある宿屋の1室が今いる場所です」


 驚いたことに、当初の目的地であったイルミールにいるらしい。クロが戦闘を行った山からはここはかなり離れているはずだが、このメイドはどうやってここへ3人もつれてきたのだろうか。


 「もう1つの、なぜ私があなたを助けたのかですが、アリシア様からの命令があったからです」


 「アリシアから...ですか?」


 「はい。アリシア様はクロ様がこちらにお見えになられたときに、直ぐに迎えに行けなかったことを申し訳なく思ってらっしゃいました。その償いにと何かあったら助けるように仰せつかっていました」


 「アリシア...。メイドさん、アリシアに会うことは出来ますか?」


 「出来ません。本来ならば、このように案内人をした天使自ら干渉することは禁じられています。なので、私が見守れるのもこれが最後です。クロ様がご自分でアリシア様に会いに来られるのは問題ありませんので、是非会いにいらしてください。アリシア様も喜びます」


 「そうですか...。分かりました。アリシアに宜しくお伝えください」


 「かしこまりました。では、私はこれで失礼します。長居は面倒を引き連れますので」


 「あ、はい。メイドさんも有難うございました。本当に...」


 「いえ、ご命令でしたので。....。最後に、お分かりになられているかとは思いますが、黒化のご使用はお控えください。あれは人の身には余る力です」


 「...はい。有難うございます」


 「あぁ、あと1つ。ワンピースはクローゼットの中に置いてあります。ボロボロでしたので、直しておきました。では失礼します、クロ様」


 そう言うと、アリシアのメイドと名乗った彼女はゲートのようなものを創り出し、その中へと消えていった。


 黒は自分の手に視線を落とす。これまでは黒化に頼りすぎていたところが大きい。その結果があれだ。だいぶ落ち着いてきたのか、だんだんとあの時の記憶が鮮明になってきたので、分かる。


 「強くならなくちゃ」


 ステータスや魔法ばかりに頼る戦い方はダメだ。武術や剣術、なんでもいい。戦闘技術を身につけなくては。


 黒がそのように決心していると、部屋の向こうから声がしてくる。


 「いやぁ~まさかじゃったのぉ。あのメイドの言う通りじゃった」


 「そうだね...」


 「やはり人の波の中を歩くのはきついか?」


 「ちょっとね...ごめんねレーちゃん」


 「よいよい、少しずつ慣れていけばいいのじゃ」


 どうやら、レェーヴ達が帰ってきたようだ。しかし、どうも顔が出しづらい。シュテンちゃんとはまだちゃんと話せていないので、どうしたらいいのか迷う。


 「ん?クロ!目が覚めたか!」


 部屋の中で唸っていると、レェーヴが部屋に入ってきて、クロに抱き着いてくる。


 「よかった...本当に...。何も出来なくてすまなんだ...」


 「レェーヴちゃん...。ありがとう。もう大丈夫だよ。レェーヴちゃんこそ大丈夫だった?」


 「ワシは気絶しておっただけじゃからな。大丈夫じゃ」


 「よかった」


 2人で無事を確認していると、その様子を部屋の入口から覗くシュテンの姿が目に入る。


 「シュテンちゃんも大丈夫だった?」


 「えっ、あの、えっと...」


 「ほら、テン。素直にならんか。ワシも一緒じゃ」


 「....うん。えっと....」


 黒は何か言おうかとも思ったが、黙って様子を窺う。


 「ごめんなさい...でした」


 「すまんかったの、クロ。テンを許してやって欲しい」


 「え!?」


 いきなり謝られたのでびっくりした。恐らく今までのことの謝罪なのだろうが、シュテンにはしっかりとした理由があった。謝ることはないと黒は思う。


 「謝ることないよ。えっと...」


 「テンにはワシから黒に昔のことを話したと伝えてあるぞ」


 「ありがとうレェーヴちゃん。えっと、勝手に聞いちゃってごめんね、シュテンちゃん。でも、だから、分かってるから。謝らないで?ね?」


 「....ありがとう...です。........クロさん」


 その時、感動的な場面にも関わらず黒に電流が奔る。


 (なんという....破壊力.....!!!)


 「はぁ...いつもの気持ちの悪い顔を見るに、本当に体の方はもう大丈夫なようじゃな」


 「ひどいよレェーヴちゃん...」


 「ふふっ...」


 初めてシュテンが黒に笑顔を向けてくれる。黒は心の底から守り抜けてよかったと思いつつ、その笑顔に自分の顔をさらに気持ち悪くするのだった。

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