10話 私は今制御不能です

 「...っ!?」


 また1つ、小夜世 黒さよせ くろの身に裂傷が走る。


 黒の身には切り傷が多く刻まれ、動く度に血が滴り落ちる。


 「ったく、なんだァその服は。血に染まらねーんじゃ白である意味がねぇ...」


 この男、戦い慣れている。今は辛うじてステータスで勝っているであろう黒は致命傷を避けられているが、それだけだ。反撃することが出来ない。

 魔法を使おうにも、発動しようとした魔法をイメージする際に少しの隙が生じる。この男はそれを見逃さず、確実に急所に攻撃を放ってくる。


 「ったく、にしても拍子抜けだなぁ...高レベルなのは間違いねぇが、戦いに関しちゃ素人もいいところだ。あいつらにくっ付いてレベル上げでもしてたか?っとにつまらねぇ」


 これまでの戦闘は圧倒的なステータス差か魔法で何とかなっていた。だが、今回は違う。

 男はこの世界ではかなりレベルが高いほうだろう。その上戦闘経験が黒と比べて段違いだ。これまで何とかなっていたせいで、楽観視していた自分が恨めしい。


 「おいおいどうした?そんな悲しい顔するなよ、俺も悲しくなっちまうじゃねぇか。お前さんはよくやってる方だぜ?ここまで持った奴は右手の指で事足りるぐらいしか見た事ねぇ」


 大規模魔法はレェーヴとシュテンを巻き込んでしまう可能性があるから使えない。

 黒化も使えない。あれは人間の闇そのものだ。シュテンの前で使うわけにはいかないし、レェーヴにも見られたくない。


 「っ!...」


 「っち、惜しい!」


 首の横を男の剣が通り過ぎる。少し切ったらしく、血が流れる感触が首を伝う。


 このままではいずれやられる。考える暇も与えてくれない。打開策が思い浮かばない。脳裏に死を連想する。


 「はっはぁ!お前今死ぬかもしれないって思ったな?その顔が俺は大好きなんだよぉ...見ただけでイッちまいそうだぜぇ!」


 男の速度が上がる。黒のステータスならば避けられない攻撃では無いはずなのに、身体が思うように動かない。

 覚えがある。ドラゴンと対峙した時と同じだ。死を前にして恐怖で身が竦む。


 突然、男の攻撃が止む。


 「どうして俺が強欲の名を冠しているか分かるか?」


 「....」


 「例えばだ、お前の髪の毛が俺の物じゃないのが嫌だ。お前のその流れる血が俺の物じゃないのが嫌だ。俺はこの世の全てが俺の物じゃないと気がすまねぇんだよ。俺の物じゃねぇやつが存在してると気が狂いそうになる」


 男は続ける。


 「そんな俺だからだろうな。神様ってのは最高だ。俺にぴったりのスキルを与えてくださった」


 男の目にはもはや正気の色がない。もはやあれは人間の皮を被った人間ではないだ。


 「このまま切り刻むのもいいんだが...やっぱりこれが1番いいなァ」


 「!?」


 黒の本能が危険を告げる。を発動させてはならないと。


 「炎柱えんちゅう!」


 咄嗟に魔法を発動する。しかし、炎の柱が立ちのぼる場所に男はいない。


 「ッ!?」


 男は黒の一瞬の虚を突き距離を詰め、腹部に蹴りを入れる。


 「かはっ!?」


 黒は辛うじて男の攻撃が当たる瞬間に後ろに飛んで衝撃を減らしたが、それでも相当なダメージだ。嘔吐しかけるのを我慢する。目に涙が浮かぶ。


 「効いたかぁ?この札はステータスを無視して攻撃を与えることが出来るやつでなぁ、1枚1回しか有効じゃないのがちと面倒だが、お前みたいな奴には1番効果的だろ」


 男が足裏をこちらに見せてくる。確かに札が1枚貼られていた。レェーヴを封じた際に札を使っていたので警戒していたつもりだったが、まさかこんなものもあるとは。


 「んじゃま、そこで大人しく見てな。我に仇なすは異形の者 その醜き姿 その卑しき魂ー」


 男はそう言うと詠唱を始める。


 「っ!!!!」


 黒は腹部の痛みを気合で組伏せる。まだ身体は動く。

 どうにか黒が立ち上がった瞬間、周りを無数の札に囲まれる。


 咄嗟に飛んでその輪から逃れようとしたが、相手の術の発動の方がはやい。


 「っ!?」


 札は無数の蛇となり、黒に巻き付き動きを拘束する。


 「全てが罪である その身を持って その命を捧げ 跪き 頭を垂れろ」


 「あぁぁぁぁぁあ!!!!」


 黒は纏わり付く蛇を力任せに千切る。男に急迫する。


 あと1歩。その距離まで詰めた時、男の詠唱が完成する。


 「罪魂呪縛ざいこんじゅばく!!」


 「!?」


 瞬間、黒の身体は地に落ちる。1mmとて身体を動かすことが叶わない。


 「まさかあれを千切るとは思ってなかったが...惜しかったなぁ?ひはははははははははははは!!!」


 「...クロ...」


 後ろから掠れたレェーヴの声がする。明らかに弱っている。


 「レェーヴに何をした...!!」


 「あ?口の聞き方がなってねぇな」


 「ぐ、っ!?」


 思い切り蹴り飛ばされて、数メートルを転がる。


 「まぁいい、今の俺は気分がいいからなぁ?教えてやるよ。この罪魂呪縛ざいこんじゅばくは読んで字のごとく、魂を縛る。魂とはその生き物の生命そのものだ。縛るってことは強く締めるのも弱く締めるのことも出来る。つまりだ、こんな感じだよ」


 「!?」


 これまでに感じたことのない程の苦しさが黒を襲う。喉を絞められて息ができないのに似ているが、それだけじゃない。全身が苦しい。意識が遠くなる。


 「おっとぉ、お前はまだ寝かせねぇよ。後ろの2匹を犯すところをちゃんと見ててもらわねぇとなぁ?」


 男がレェーヴとシュテンに近づいていく。2人はもう意識がないのか反応がない。

 その1歩1歩が酷く緩慢に見える。


 近づくな。


 ちかづくな


 チカヅクナ


 この世のなによりも黒く、深く、光さえ飲み込む闇が湧き上がり黒から流れ出る。


 「あぁ?なんだそれは...」


 黒から漏れる闇は尚も広がる。それは呪いすらも飲み込む濁流となる。


 「なっ!?俺の罪魂呪縛ざいこんじゅばくが消えただと?テメェ...何しやがっ...っち!」


 男は言いかけて、咄嗟に撤退を始める。引き時を誤ったことのない男にとって驚愕の自体が起きていた。引き時を超えた事態になったのだ。一瞬で。


 つまり、に。


 「クソがぁぁあ!!!!」


 次の瞬間、男の首が宙を舞う。


 殺し合いは呆気なく終わりを告げた。


 「っく...ァ...」


 黒の身体からは尚も闇が瘴気となって溢れ続ける。これまではなんとか抑え込み、黒化を解くことが出来ていたが、今回はなかなか出来ない。

 それどころか、先ほど男を殺したことによって黒化は勢いを増す。


 不味い。まずい。マズイ。ま ス ゛ い???


 思考が混濁していく。気を失い倒れているレェーヴとシュテンの元まで瘴気が流れてしまう。だが、止まらない。


 「ァ゛?ガッ...!?」


 誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。




 タスケテー

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