9話 私は今怒っています

 小夜世 黒さよせ くろは目を覚ます。あの後、レェーヴはシュテンの隣に布団を敷いて眠り、黒は収納空間マイルームの中で1人寂しく寝た。話し合った結果、そのほうがよいということになったのだった。


 外に出ると、朝日が黒を出迎える。少し目を細めた後、水浴びをしようと場所を探す。

 この世界に来てからは、朝に水浴びをするようになった。夜は暗くて危険だからだ。

 

 レェーヴを誘おうかと思ったが、折角の2人きりの時間だと考え、やめておいた。


 シュテンの拠点から少し離れた森の中に、水浴びをするための壁を作ろうとする。流石に外で堂々と水浴びをすることはできない。そんな性癖は持ち合わせていない。


 (...?)


 ふと、なにか嫌な感じがした。まさか、怨霊の生き残りかと震えたが肌寒さはないし、太陽の光が届いているこの場所にはいないはずである。


 念のため、生物探知と魔物探知を使う。範囲は半径10km。念には念を入れる。


 「...!」


 魔物の気配はなかったが、人間の気配がある。数は1人。こちらに真っすぐ向かってきている。


 黒は踵を返して、急いでレェーヴとシュテンの元へと向かった。


 



 「レェーヴちゃん!!」


 「おぉう、どうしたのじゃいきなり」

 

 「....人間」


 「こっちに誰かが向かってきてる」


 「なんじゃと?」


 「....」


 「距離は分かるか?」


 「ここから西に6kmぐらい。歩いて登ってきてる」


 「うぅむ...テン、ここへは結構人間が来たりするのか?」


 そうレェーヴがシュテンに聞いた時だった。シュテンが外へ駆けていく。


 「なっ、テン!!」


 「シュテンちゃん!」


 「追いかけるぞ、クロ!」


 「わかってる!」

 

 急いでいたとはいえ、シュテンの前で言うべきではなかった。己の浅はかさを悔やみながら、2人はシュテンを追った。






 「シュテンちゃん速くない!?」


 「まったくあやつは...普段は優しいやつじゃというのに人間となるとすぐこうじゃ!今はクロの魔法のおかげで見失わないことだけが救いじゃ」


 すぐに追いかけたのだが、あっという間にシュテンとの距離が開いてしまう。木が多いこともそうだが、何よりシュテンは山に慣れている。最適な道を選び、駆け抜けていく彼女に追いつくのは不可能だった。


 「っ、接触した!」


 (早まるなよ、シュテン...もうお主に人は殺させとうない...)




 ◯●◯●



 山の中を1人の男が歩いていた。


 「まったく、人使いが荒いぜ...せっかく久々の休暇だってんで女を漁ってたのによ」


 「こんなんじゃそこらの女を犯しちまいかねないっつーの」


 「にしても、ほんとにここの雲が晴れてるとはなぁ...俺の休暇じゃないときにしやがれっつーんだ。緊急任務入れられてこっちはいい迷惑だ」

 

 男は独りごとを喋りながら、山を登り続ける。


 「そもそも、こんなとこに鬼がいるのかっつー話だ。俺だったらこんなとこ住みたくねーな。まぁ、調べていなけりゃそれでいい。それなりにいい報酬だしな。いた時はそうだな...メスだったら犯して殺す。オスだったら拷問して殺す、で決まりだな」


 男はその光景を思い浮かべて、愉悦に浸る。


 そんな男の前に、何かが飛び降りてくる。


 「おっとぉ、なんだぁ?」


 「....人間!!!」


 「おいおい、ガキがこんなとこで何してって...なんだおめぇ、それ角か?そんじゃあ、もしかしてお前鬼か?おいおいおい、俺の今日の運勢は大吉らしいなぁ!」


 「なにをごちゃごちゃ言っている!」


 「うるせぇなぁ...いきなり大声だすなよ。そうだな、よし、決めた。まずはその口を裂いてやる。そのあとは歯を全部抜く。そしたらその口を便器代わりに使ってやるよ。本望だろ?」


 「っ!!!!」


 シュテンが怒りの形相で殴り掛かる。男はそれをたやすく躱す。男がいた場所には、大きなクレーターが出来ていた。


 「おいおい、腐っても鬼ってか。すっげー力だなぁ。まぁ、でもお前は俺には勝てねぇよ」


 「うるさい!!!」


 シュテンの攻撃はまた宙を裂く。


 「我に仇なすは異形の者ー」


 男はシュテンの攻撃を躱しながら詠唱を始める。


 「くそっくそぉ!!」


 「その醜き姿 その卑しき魂 全てが罪である その身を持って その命を捧げ」


 「くっ!!」


 悪寒を感じたシュテンは後ろに飛ぶ。


 「逃げらんねぇよ! 跪き 首を垂れよ 罪恨呪縛ざいこんじゅばく!」


 「!?、ガハッッ」


 瞬間、シュテンは地に叩きつけられる。立ち上がろうと力を籠めるが、体はびくともしない。


 「ひひはははっ!!いい光景だねぇ!気分はどうだいぃ?便器さんよぉ!」


 「ガァァァアアアア!!!」


 

  ◯●◯●


 ガァァァアアアア!!!


 「!?」


 「テン!?」


 怒りの咆哮が黒とレェーヴの耳に入る。その直後


 「いた!」


 やっと視界にシュテンを捉える。今まさに、男がシュテンに剣を振るっているところだった。


 間に合わない!レェーヴがそう思った時、前を走っていた黒の体が消える。その次の瞬間には、黒はシュテンを庇って斬られていた。


 「!?」


 男が飛びのく。


 「なんだてめぇ...折角うるせぇ鬼の口を裂いてやろうとしたってのによ」


 「...人間」


 黒の腕から血が滴る。


 「それに今の感触...っち、高レベルか」


 普通の人間であれば、腕が落とされていてもおかしくない攻撃だった。しかし、黒の腕は繋がっている上に、比較的軽傷だった。


 「大丈夫か!」


 「あぁ?次から次に何だってんだ...。あ?狐だぁ?おいおい、わらっちまうねこりゃぁ。今日は大吉なんてもんじゃねぇな!」


 「大丈夫だよレェーヴちゃん。それよりもシュテンちゃんを」


 「テン!」


 「レーちゃん...」


 「この術は...」


 「2対1か。まぁどうせすぐに1対1になる。さすがに女に負けるほど落ちちゃいねぇ。それにいい女だ...楽しめそうだなこりゃあ」


 気持ち悪い。アヤとマヤを襲った連中がまだ子供に見えるほど、こいつは腐りきっている。


 「クロ、気をつけろ、あやつ恐らく...」


 「おいおいおい!勝手にバラすなよ俺のことぉ!自己紹介って知らねぇのか?自分で紹介するから自己紹介なんだよ、俺にやらせろよぉ!」


 「っ...」


 「そんなに睨むなって。俺はカーサイブリースの8番、強欲を預かってるものだ。一応こんなマークもあるんだぜ?」


 そういって、男は手のひらをこちらに向ける。


 「!!、やはりおぬし!!」


 それを見たレェーヴが怒りをあらわにする。


 「ははっ!うちの先代が世話になったなぁ!」


 「レー...ちゃん...まさか...」


 シュテンは顔を上げられないため、そのマークを確認することができない。しかし、会話から内容を察する。


 「き...さまぁ!!!!」


 シュテンからこれまでとは比較にならない程の力の奔流を感じる。しかし、術を破ることはできない。それどころか、無理矢理抑えられているせいで、自身の力で身を壊しつつある。


 「テン!落ち着け!その術はワシらでは解けん!身が持たんぞ!」


 「っ...うああああぁあぁぁ!!!」


 何もできない悔しさがシュテンの身を焦がす。耐えきれずにシュテンは吠えた。


 「ったく、ガキがギャーギャーと。うるさくて仕方がねぇ」


 「解く方法は分かる?レェーヴちゃん」


 「これは一種の呪いじゃ。魔法とは似て非なるもの。術者が自分の意志で解くか...術者が死ぬほかに解く方法はない」


 「話し合いは終わったか?じゃまぁ、とりあえずー」


 「お前も沈んでろ」


 男はそういうと、一枚の札を取り出す。その札が光ったかと思うと、レェーヴは地面に叩きつけられる。


 「なっ!?」


 「レェーヴちゃん!」


 「ワシのことはいい!こんなこと...させたくはないが...」


 「大丈夫だよ。それ以上は言わないで...ありがとね、レェーヴちゃん」


 「クロ...」


 「いやぁ...待っててあげる俺ってホント優しいよなぁ?優しさの塊。そう思うだろぉ?」


 「...」


 「無視かよ...傷つくなぁ...。まぁいいぜぇ。どうせこのあと嫌って程泣き叫ぶことになるんだからなァ!!」


 そういって、男は地を蹴り黒に剣を振る。


 


 黒がこの世界に来て2度目の、人間との殺し合いが始まった。

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