8話 私は今酒飲み対決をします

 小夜世 黒さよせ くろは手に持ったコップに入ったお酒を見つめる。ちなみにこのコップは黒が魔法で作ったものだ。ウサギのマークがついている。


 (匂いと見た目から、たぶん日本酒のようなもの...だよね)


 黒はそこまでお酒が得意ではない。大学の飲み会など付き合いで飲みに行くときは大抵カクテルか烏龍茶を飲んでいる。甘いお酒ならばまだ飲めるといった感じだ。

 なので、アルコールを強く感じる日本酒は正直苦手な部類に入る。


 「飲まないなら、私が先にいく」


 そういって、なかなか飲み始めない黒を見てシュテンは酒を注いだ盃を傾ける。


 その様子を見て、意を決した黒もコップに口をつけて酒を流し込む。ちょびちょび飲んでいたら置いて行かれる。


 酒を飲み干すと、喉が焼けるように熱くなる。それに少しだが視界が揺らぐ。思っていた以上に度数が高い酒のようだ。負けまいと一気に飲んだのは失敗だった...


 このままじゃ....と黒が思いつめ始めた時だった。

 

 バタンッ


 ?


 突然聞こえた音のほうを見ると、シュテンが仰向けに倒れていた。


 「え?」


 「はぁ....」


 「レェーヴちゃん、シュテンちゃんどうしたの?」


 「寝ておる」


 「え...?」


 「シュテンは一杯飲み終わる前に倒れたからの。お主の勝ちじゃ、クロ」


 「えぇ...」


 そうして、始まってから5分と経たずに酒飲み対決は終わりを告げた。



 ◯●◯●



 シュテンが安らかな寝息を立てている。あの後、二人でシュテンを寝床に運んで寝かせた。


 「レェーヴちゃん、もしかしてシュテンちゃんって」


 「うむ。酒にめっぽう弱い」


 「じゃあなんで酒飲み対決なんて...」


 「それがの、あやつ弱いくせに酒が好きでの。自分が弱いとは欠片も思っておらんのじゃ。それどころか強いとさえ思っておる。酒を飲むと記憶が飛ぶから寝落ちしたことを覚えておらんしの」


 どうやらこの世界の酒呑童子はお酒に凄く弱いらしい。そもそもシュテンという名前だから、酒呑童子だというのが間違いなのかもしれない。


 「じゃあ勝負のことって忘れちゃったかな?」


 「勝負をすると言ったのはもっと前じゃろ?それで寝て起きたんじゃ。こやつもそこまで馬鹿ではない。状況を理解するじゃろ。約束事は絶対に守るやつじゃ」


 「じゃあシュテンちゃんとも一緒に冒険が出来るんだね。よかった...」


 「あれだけの殺気を放った相手にそんな態度とは、相変わらずお人よしじゃの」


 「レェーヴちゃんの友達だもん。悪くは思わないよ。かわいいし」


 「そう言って貰えるとありがたいのぅ。こやつも好きで人間を憎んでいるわけではないのじゃ...そうじゃの、テンが起きるまで昔話をしようかの」


 そう言って、レェーヴは自分とシュテンの昔の話を始めた。


 「まず、妖族というのはどうやって生まれると思う?」


 「え?う~ん...普通にお母さんに産んでもらってじゃないの?」


 「その生まれ方をするものもいる。ワシはそれじゃな。だが、そうでない者も多いのじゃ」


 「まさかコウノトリが運んでくるとか?」


 「?、コウノトリが何奴かは知らんが、違うの。生まれておるのじゃ」


 「気が付いたら?」


 「そうじゃ。ふと気が付いたら、生まれておる。見知らぬ土地で、自分がどんな妖なのかだけを認識してな」


 「赤ちゃんが1人きりでってことだよね...?生きられるの?」


 「赤ん坊というよりは、人間でいうと5~7歳ぐらいの姿で生まれてくるのじゃ。だからといって生きられるというわけではないがの。生まれていきなり大きな試練じゃな」


 「じゃあ、シュテンちゃんは...」


 「うむ。シュテンはこの生まれ方じゃった。自分が鬼ということしかわからず、山を徘徊しておった。普通の妖ならば、自分で狩りをして食べ物を取るなどして生きるのじゃが、こやつはそれをしなくての。ワシが見つけた時には餓死寸前じゃった」


 「そのあと家へ連れ帰り、ワシの母はワシと同じように、シュテンを我が子同然に育てた。シュテンという名はワシの母が付けた名じゃ。じゃから、こやつからしたらワシの母が実の母親のようなものでな。じゃから、母を殺した人間への憎しみは大きかった。ワシはまだ父を知っておったからな。数年しか一緒にいられなかったからほとんど覚えておらぬが、優しい人間の温もりは覚えておった。しかし、こやつにはそれがなかったからの。憎しみしか残らんかったのじゃ」


 「シュテンちゃんとは、その...お母さんの事件のときに離れ離れになったの?」


 「違う。あの時は一緒に逃げられた。いや、シュテンのおかげで助かったのじゃ。母が命を賭して人間の数を減らしてくれたおかげで、追手は数人じゃった。ワシは人間を殺めることができんかったからの、逃げるように言ったのじゃがあのときのシュテンは憎しみに飲まれておった。追手を皆殺しにしたのじゃ。その時に大きな傷を負ってしまっての。どうにかこの山に転がり込んだのじゃ」


 「そうだったんだ...でもそれじゃずっと一緒にいればよかったんじゃ...?」


 「そうもいかぬ。居場所はすぐばれた。あのまま同じところに居ては共倒れじゃ。ワシはシュテンの幻影を作り、山を出ることによって囮になったんじゃ。まぁそのあと色々あって、あのダンジョンに籠ったというわけじゃな」


 話を聞いている限り、やはりこの世界の人間にも黒が嫌いな人間が多くいるらしい。人を蔑み、貶め、苦しめる。自分だけがよければいい人種。なぜお互いに優しく出来ないのだろうか。

 ここ最近は忘れていた感情がまた湧いてくる。元の世界にいた時にはずっと感じていたものだ。気持ち悪くなる。


 「ん...すまぬの。気分を悪くさせたか」


 「んーん...大丈夫。私も人間が苦手だからさ。嫌いと言ってもいい。もちろん全部の人間がそうとは言わないけどね。凄く2人の気持ちが分かっちゃって」


 「お互い大変じゃのぅ」


 「そうだね...」


 そう言って2人は空を見上げる。そこには月には照らしきれない闇が広がっている。


 この世界では星を見たことがない。上は天界という天井に覆われているし、この世界の果ての先を見ても闇が広がっているだけだ。太陽の動きや月の動きも、元の世界とは全然違う。


 黒はいつもこの空を見て、星がないことを寂しく思うのだった。


 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 んん....。薄っすらと誰かの声が聞こえる。


 誰だろう....。たまちゃんと別れてからここ数百年。ずっと独りだった。


 たまちゃん....。あぁそうか。たまちゃん。また会えたんだ。生きててよかった...


 今はレーちゃんなんだっけ。ちゃんと覚えておかないと。


 あと...そうだ。人間。お母さんを殺した憎い人間。


 そんなやつがレーちゃんの傍にいた。初めて2人を見た時は驚きのあまり絶句してしまった。


 レーちゃんはいいやつだって言うけど。私には信じられない。


 今でもお母さんを殺したやつらの顔が、臭いが、声が夢にでる。


 あの卑しい目。血で濁った臭い。耳障りな声。


 思い出すと体が熱くなる。狂いそうになる。


 それなのに、それなのに。なんでレーちゃんはそんな人間と一緒にいるの.........


 「」

 

 「」


 声が聞こえる。耳を澄ましてみる。


 「そうもいかぬ。居場所はすぐばれた。あのまま同じところに居ては共倒れじゃ。ワシはシュテンの幻影を作り、山を出ることによって囮になったんじゃ。まぁそのあと色々あって、あのダンジョンに籠ったというわけじゃな」


 レーちゃんの声。聞いていると落ち着く。


 「ん...すまぬの。気分を悪くさせたか」


 「んーん...大丈夫。私も人間が苦手だからさ。嫌いと言ってもいい。もちろん全部の人間がそうとは言わないけどね。凄く2人の気持ちが分かっちゃって」


 人間の声。名前はなんだったか。思いだせない。


 そういえば酒飲み対決を....


 そうか、私は負けたのか。



 ............



 心の中がもやもやする。あの人間は少しお母さんに似ている。だから余計に腹が立った。なによりも、人間にお母さんの姿を見てしまった自分自身に怒りが湧いた。



 あの人間を見ていると心がざわつく。


 

 .............



 もう一度寝てしまおう。


 レーちゃんと話したかったが、しょうがない。


 こういう時は寝てしまうに限る。




 起きたらきっと、レーちゃんが笑顔でおはようを言ってくれる。長い間聞けていなかった、おはようを。

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