7話 私は今鬼っ娘に出会います

 小夜世 黒さよせ くろとレェーヴは目的の山を登っていた。


 「この山のどこかにいるの?」


 「恐らくいるとしたら頂上じゃと思うんじゃが...」


 山の高さ自体はそれほど高くはない。普通の人間でも1日あれば頂上まで登って下りきることができるほどの高さだ。しかし、この山には普通の山とは大きく違う特徴があった。


 「ねぇ、レェーヴちゃん。なんかこの山に入ってから寒気が凄いんだけど...」


 「あぁ、すまぬ、言い忘れておった。この山は所謂、怨霊が集まる場所でな。普通ならば獄界へと落ちるはずなんじゃが、ここはちと特殊での。溜まり場になっておるんじゃ」


 それを聞いた黒の顔は一気に青ざめる。怨霊といったか。それはつまり、ホラー的なあれか。


 「じゃから普通の人間は近づかんし、それなりに強いやつでも入りたがらない。隠れるには持ってこいの場所じゃな」


 「....クロ?」


 返事がないことを不思議に思い、レェーヴは後ろを振り返る。すると、両耳を両手で塞ぎ、辛うじて薄目を開けて走っている黒が目に入る。


 「何をしとるんじゃ...」


 「私ホラーむりなん...むりなん...」


 「喋り方が変わっておるぞ...ホラーというとあれか?怪異譚とか恐怖譚のことじゃったか?」


 「...え、何か言った?」


 「まず耳に当ててる手を離さんか、碌に会話も出来んぞ...」


 そう言ってレェーヴは黒の手を耳から引きはがす。


 「なんで意地悪するのレェーヴち゛ゃ゛ぁ゛ん゛...」


 「うわ、泣いておるのか!?」


 「泣いてないもん...」


 「安心せい、ワシの妖術で怨霊は寄ってこんから」


 言われて気づいたが、周りを火の玉が浮いている。普通にホラーだった。


 「ちょ、クロ!?」


 そうして黒は恐怖が頂点に達して、意識を手放した。


 


 ◯●◯●


 

 「ん...」


 「大丈夫か?」


 「レェーヴちゃん...?」


 「気を失って倒れたのは覚えておるか?」


 「あ...ごめん...」


 「いや、先に言っておかなかったワシも悪いからのぅ。それにしてもこんな弱点があったとはのぅ」


 「なんか昔からお化けだけは無理で...」


 「怨霊といっても、元は人間じゃぞ。未知の生物などではない」


 「余計やだよ...」


 「そういうものかの...」


 「そういうものだよ...」


 「それでどうするんじゃ?このままクロは下に降りて上へはワシだけで行ってもよいが...」


 「ううん、大丈夫。ありがとね」


 「無理はするでないぞ?」


 「大丈夫だよ。あ、でも一つ聞きたいことがあるんだけど」


 「なんじゃ?」


 「怨霊の弱点ってなに?」


 「光じゃの。特に太陽の光。実はここにはずっと太陽の光が届いておらぬでな。ずっと曇りなんじゃ。そのせいもあって溜まっておるんじゃろうな」


 「わかった」


 黒の目に怪しい光が灯る。心なしか魔力が溢れて見える。


 「ク、クロ?」


 「雲をどけちゃえばいいんだね...」


 「それが出来れば手っ取り早いが...」


 黒は天に向かって手を突き上げる。黒の周りに魔力が渦巻く。


 邪魔な雲をどける。それだけに集中する。

 雲を消し飛ばすだけの暴風を。あの遥か遠くの空まで届かせるだけの破壊力を。


 「遥か遠き暴風シュトゥルム・ヴェル!!!」


 黒を中心として風が渦巻く。それは次第に威力を増し、周りの地面すらも抉る。そしてついには天に届き、厚く重なった雲は跡形もなく消し飛ばされたのだった。


 「もはや歩く天災じゃな...」


 その姿にレェーヴはため息を漏らす。黒の規格外な強さに慣れつつある自分を褒めてやった。



 黒が雲を消したことにより、大地に太陽の光が降り注ぐ。すると、周りから怨嗟の呻き声がしきりに響きだす。その声が止むまで、黒は両耳に手を当ててしゃがみ込んでいた。


 声が止んだことをレェーヴが黒に告げると、『勝ったぜ...』といわんばかりのやり切った顔で黒は空を数秒見上げていた。


 その様子をレェーヴがなんとも言えない顔で眺めていると、不意に声がかかる。


 「たまちゃん?」


 「ん?その呼び方はテンか!?」

 

 いつの間にか、目の間に小さい子供が立っていた。普通の子供と違うのは、頭の上で存在を主張する立派な角が生えていることだ。


 「生きておったか!」


 「たまちゃんも!」


 「あーそれなんじゃが、今はレェーヴを名乗っておる」


 「じゃあ、レーちゃんだね」


 2人のロリがきゃっきゃうふふしている。完全に2人の世界が出来上がっており、共感覚の感度を上げずとも、どれだけ親しいかが伝わってくる。


 ハブられた形になっている黒はというと


 (眼福だ...やっぱり異世界は最高だったんだ...)


 相変わらずであった。


 「ところでレーちゃん、そいつ...」


 大人しく外野からその様子を眺めて、目に焼き付けていた黒にいきなり殺気が向けられる。


 「人間...だよね?なんで...」


 「早まるなテン。こやつはこれまで会ったどの人間とも違う」


 「え、えぇと...」


 黒は反応に困る。正直こんなに殺気を向けられていては、共感覚の感度を上げたくない。負や敵意の感情ほど心に負うダメージは大きい。ここはレェーヴに任せるしかない。


 「...いくらレーちゃんの言葉とはいえ、信じられない...お母さんはこいつら人間に...」


 「テン...」


 「....人間。私と勝負をして。それで見極める」


 「何で勝負をするんじゃ?」


 「力じゃ私に敵わないだろうから...お酒...お酒を多く飲んだ人が勝ち」


 (たぶん黒のほうが強いじゃろうが...戦いよりはよっぽど平和じゃな。じゃが、まさか酒とはの...何を考えておるんじゃテン...)


 「...分かった。やろう」


 「...ついてきて」


 そう言われて、テンちゃんに付いていく。そういえばフルネームは何というのだろうか。勝負を始める前に聞いてみよう。


 「それにしてもよくワシらの居場所が分かったの?」


 「そういえばそのことなんだけど...いきなり膨大な魔力が爆発したと思ったら、風が凄い吹いて...気がついたら雲がなくなってて...怖かったけどその魔力の中心に向かったらレーちゃんがいたの」


 「そ、そうじゃったか...(あれだけのことをやったんじゃ...流石に気づくか...)」


 「レーちゃんがやったの?」


 「ま、まぁそのじゃな...そのうち教えるから今は置いておいてくれんか?」


 「?、別にいいけど...」


 「ありがとの」


 そんなやり取りをしつつ、黒たちは山を登る。怨霊がいなくなった山は快適だった。


 「着いた。ここに私が溜めたお酒がたくさんある」


 「おぉ...こんなによく集めたのう」


 「えへへ...」


 「あの...始める前に名前を聞いてもいいかな?私はクロ」


 「...私はシュテン」


 なんとなく察しはついていたが、名前からして酒呑童子だろう。これは勝ち目が薄い戦いかもしれない。だが、引くわけにもいかない。折角レェーヴという仲間が出来たというのに、負けたら分かれることになってしまうかもしれない。それだけは嫌だ。


 「ルールはさっき言った通り。多くお酒を飲んだ方の勝ち」


 「分かった」


 「じゃあ、レーちゃん。合図お願い」


 「承った」


 レェーヴは黒のほうをちらりと見る。黒もそれに答えて、レェーヴのほうを見てウインクをした。

 レェーヴはその様子を見てから、一息つき、声を上げる。

 

 「始め!」



 こうして、シュテンと黒の酒飲み対決の幕が切って落とされた。

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