2話 私は今再び黒に染まります

 小夜世 黒さよせ くろは散らばった着替えやポーションをかき集める。


 リュックを見ると、もう使えそうもないほどにボロボロだ。もう少し丈夫なやつを買っておけばよかった。


 裁縫道具も持っていないので、その場しのぎで仕舞うこともできない。

 ちなみに、入ってきたところとは反対側に入口と同じような巨大な扉があった。モグラを倒した後、しばらくして開いたので、先へ進めはする。だが流石にここに荷物を置いていくわけにはいかない。


 「もう1回試してみようかな」


 1度試して失敗した異空間への収納。成功させるしかなさそうだ。


 イメージするのは、私だけが知っている、私だけの空間。そうだな、どうせなら壁は可愛いほうがいい。兎のシルエットが付いたピンクの壁紙を想像する。


 入口は...想像しやすいようにアパートの玄関扉にでもしておこう。広さは私が住んでいた、アパートの一室と同じ広さぐらいでいいだろう。


 「ふぅ...。よしっ」


 (さっきから何をしておるんじゃ?あやつは)


 「収納空間マイルーム!」


 そう唱えると、目の前に見慣れた扉が出現する。


 (なんじゃあれ...?)

 

 「成功...した?」


 開けて中を見てみる。想像した通りの部屋に出来上がっていた。ちょっと壁紙を子供っぽくしすぎたかな?とも思う。だが可愛いのでよしとする。

 やはり物は試し。やってみるものだ。

 

 黒はそのまま集めた荷物を中に運んでいく。


 (!?まさか...いや...うむぅ...?)


 明らかに異空間を作り出した黒の魔法を見て、迷宮の主は困惑する。魔法に長けた種族の中でも、ほんの一握りの者しか成功しないと言われている魔法だ。まさかそれを人間が成したとあっては、天変地異を見せられている気分である。


 (やっぱり逃げようかの...)


 

 ◯●◯●


 「よしっ!」


 運び込むついでに、着替えを収納できる入れ物なども作っていたら思ったよりも時間がかかってしまった。これは結構楽しいかもしれない。今は力もあるので、模様替えもしやすい。時間があるときに色々試してみよう。

 今はのじゃロリ(願わくば狐)を仲間にほかくするのが先だ。


 扉を潜り、先へ進むとまた同じ扉が見えてくる。魔力探知によって、扉の先に3体の魔物の気配が感じ取れる。

 扉の前に立つと、またもや脳内に声が響く。


 『先ほどは人間にしては見事じゃった。...人間じゃよな?おぬし』


 「え?えと、はい」


 まさか質問されるとは思っていなかったのでびっくりした。


 『そうか...う、うむ。知っておったぞ?ちゃんと聞いているか試したのじゃ』


 声の端々から動揺が感じられる。かわいい。


 『本当はワシの部屋を含め、あと4部屋あったのじゃがな。おぬしが早くワシに会いたそうにしていたので短縮してやる。この部屋に3部屋分の魔物を集めた。ここを突破すれば、次はワシの部屋じゃぞ。有り難く思うがいいぞ』


 なるほど。いきなりこのダンジョンの全容が明かされたが、都合がいい。ここを抜ければやっと会える。最初から全力でいこう。

 黒の心はこれまでの人生の中で一番燃えていた。


 (さっきのやつみたいなのが3体じゃぞ?何故やる気に満ちておるんじゃぁ...)


 扉がゆっくりと開く。部屋の中央には、ウツボのような頭とライオンのような体を持つ魔物、頭が3つあるデカい亀、尾に蛇の頭を持つデカい鳥がいた。3体ともがビッグスケールである。

 残りの魔量は1005。まだ余裕がある。


 3体の魔物はまだ動かない。扉が開き切るのを待っているようだ。


 ならば都合がいい。先制はもらう。


 イメージするのは、無数の鋭き刃

 「音速の風刃かまいたち!」


 不可視の凶刃が魔物を襲う。最初に反応したのは鳥型の魔物である。縦横無尽に空を駆け、全ての刃を避けきって見せる。

 次が亀型の魔物。3本のうち1本の首が切断されて落ちた瞬間、甲羅に身を潜めた。甲羅の強度は高く、傷1つついていない。

 最後に、キメラ型の魔物だが、あっさりと首を落とされ絶命する。死する間際のウツボの顔には悲しみが垣間見えた気がした。


 「ふっ!!」


 魔物が生き残ったことを確認した瞬間、黒は亀型の魔物に向かって走る。飛んでいるのを相手取るのは大変そうだ。初めにノロそうなやつを仕留める。


 「せいっ!!」

 

 甲羅に向かって全力パンチを放つ。当たった瞬間、鈍く低い音が部屋に鳴り響く。


 「いったぁぁぁ!!!?」


 想像以上に甲羅は堅かった。折れてはいなさそうだが、右手が悲鳴を上げている。


 甲羅の上から飛びのいたところを、鳥型の魔物が襲う。


 大きくこちらを扇ぐように翼を動かすと、暴風が黒を飲み込む。


 着地できない。荒れ狂う風の中で無防備な状態になってしまう。


 それを見越していたかのように、すかさず鳥型の魔物の尾の蛇が強襲する。


 間一髪で牙を避けるが、上空に打ち上げられてしまう。そしてまた、暴風の中に閉じ込められる。


 煩わしい。思った通りに体が動かない。

 以前に黒化状態になったことによって、黒は体の使い方をしていた。どうすれば相手を壊せるのかも。

 

 だが、今のままではその動きをすることが出来ない。能力が足りない。黒化状態にならなくては。


 そう思った瞬間、胸の当たりから黒い感情が噴き出す。以前よりも黒く、深く、醜い。その奔流はあっという間に黒の全身を飲み込む。


 「邪魔だ」


 黒が横凪に右手を振ると、黒い波動が奔り、周りを渦巻いていた暴風はかき消される。その勢いで鳥型の魔物は壁に叩きつけられる。


 黒が着地した瞬間、水の牢獄に閉じ込められる。亀型の魔物がこちらを睥睨していた。おそらくそいつの魔法だろう。


 普通の人間ならば水圧に耐えきれずに潰れるか、窒息死する魔の牢獄である。しかし、今の黒には通用しない。


 黒はその牢獄を無理やりこじ開けた。亀型の魔物を睨む。


 殺気を受けて亀型の魔物はもう一度甲羅に籠る。この判断は致命的なミスだ。まだ魔法を放っていた方が効果的であった。


 黒は一瞬のうちに距離を詰めると、先ほどと同じように甲羅を殴る。


 甲羅が割れる鈍い音と、肉がつぶれる嫌な音が響く。亀型の魔物は無残にも砕け散ったのだった。


 瞬間、より力が高まるのを感じる。レベルが上がったようだ。


 その間に体制を整えた鳥型の魔物が、音速を超えようかという速度で突っ込んでくる。


 しかし、今の黒にとっては大した速さではない。砕けた亀の甲羅の欠片を拾うと、投擲する。


 避けられようはずもなく、甲羅の欠片が当たった瞬間、鳥型の魔物は弾け飛んだ。


 戦闘が終了し、黒はステータスを確認する。


小夜世 黒さよせ くろ Lv.31 魔法使い

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状態異常:黒化

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筋力:102⇒5712

魔力:152

魔量:2600⇒1100

精神力:24⇒-112

物理耐久力:102

魔力耐久力:152

俊敏力:102⇒5712

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スキル:共感覚A 天使の加護-

特殊パラメータ:黒力56


 やはりそれなりに強い魔物だったのか、レベルが結構上がっている。それよりも筋力などの上がり方が尋常ではない。これではもはや魔法使い(物理)である。


 黒は湧き上がる殺人衝動、破壊衝動を必死に抑える。前使ったときよりも激しくなっている。やはり使用は控えたほうがいいだろう。戻れなくなりそうだ。


 黒化がとける。瞬間、疲労感や倦怠感、鈍い痛みが体を支配する。


 「うぅ...」


 これにはなれそうもない。収納空間から飴型ポーションを取り出し、即座にかみ砕く。


 すると、体中の痛みが引いていく。疲労感や倦怠感も随分とマシになった。やはり持つべきものは回復アイテムである。


 「はぁ...」


 一息つく。丁度いろいろやっている間に、3体の魔物は魔魂に成ったようだ。回収して収納空間にしまう。やはりかなり便利だ。使えてよかった。


 これで残るは本命のじゃロリ。そう思うと疲れなんて吹き飛ぶ。あと一息だ。


 「よしっ!」


 新たに開いた扉に向かって、黒は歩き出した。それにしてもなんかいきなり髪が伸びたような気がする。黒化の副作用だろうか。セミロングぐらいだったのがほぼロングになっていた。



 ◯●◯●


 最初こそ、いいぞ!そこじゃ!と応援していたが、黒が黒化状態になった後はもう完全にお通夜状態であった。完全に目が死んでいる。


 「長いようで短かったのぅ...まぁ十分に生きた。悔いは...いっぱいあるが...無理じゃもんあんなの...」


 その部屋には涙する迷宮主の悲しい姿が火に照らされ、壁に揺らめいていた。

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