1話 私は今燃えています

 小夜世 黒さよせ くろは洞窟の中を進む。今は念のために魔物探知と生物探知の範囲を半径20mにまで広げている。まだ魔物の反応はない。


 そのまま警戒をしつつ歩いていると、開けた空間に出る。目の前には全長10mほどの両開き式の鉄製の扉がある。


 「おぉ...」


 凄く...ダンジョンっぽい。これは絶対に中にはボス的なやつがいるに違いない。魔物探知にも反応がある。この扉の先に、四足歩行の大きい姿が見える。

 しかし、普通はこういうボス部屋みたいなのはダンジョン最深部などにあるものではないのだろうか。この世界のダンジョンはこういう形式なのだろうか。てっきり色々な階層が存在するようなものだと思い込んでいたので、エユエに詳しく聞いておかなかった。


 周りを見渡してみるが、特に変わったところはない。やはりこの扉の先に進むしかなさそうだ。


 「これ押せば開くかな?」


 物は試しにと近づいてみる。すると、いきなり脳内に声が響く。思ったよりも不思議な感じである。

 『脳内に直接声が...!?』というシーンをまさか体験するときが来るとは思っていなかった。


 『ここに人っ子が入り込んだのは何百年ぶりかのぅ...見たところ1人のようじゃが舐められたものじゃ...無理だとは思うが、生きてここから出られるようにせいぜい頑張ることじゃな』


 「なっ...」


 黒は顔を驚きの表情に変え後ずさる。


 「今の声の高さ...そして語尾が『のじゃ』。のじゃロリキャラ...だと...」


 黒はこうして1人の時は割とキモオタになる。

 ラノベを読み、物語に没頭しているときに可愛いキャラが出てきた時の顔は誰にも見せられないほどだ。現実世界に馴染めない黒にとっては物語の中だけが生き生きとしていられる場所であったので、オタクになったのは必然だったのかもしれない。

 ちなみにエルフと肩を並べて好きなのが、のじゃロリキャラであり種族は狐であればなおいい。


 「(狐だったら絶対仲間にして見せる...)」


 もはやそれしか頭にないほど黒は燃えていた。


 (この状況で闘気が溢れるとは...伊達に1人で来ておらんな。それよりも寒気がするのぅ...風邪でも引いたか...?)


 声が止んでから少しすると、突然地面が揺れる。これまで使われなかった年月を思わせるように、砂煙を巻き上げながらゆっくりと扉が開いていく。

 砂煙が収まり、その部屋に座する魔物の正体があらわになる。


 そこには、全長約15mにも及ぶかという巨大なモグラがこちらを向いている。目は退化したのかもはや存在しない。小さければかわいく思えたモグラだが、ここまで大きいとその相貌は不気味に感じる。


 黒はまたもや後ずさる。


 「え...まさかあなたが...さっきの声の主...?」


 『違うわたわけ!ワシはこのダンジョンの最深部におる。会うことはないと思うがの』


 どうやらこちらの声はあちらに聞こえているらしい。普通に答えてくれる当たり優しい魔物なのかもしれない。ますます仲間にしたくなった。


 その時、巨大モグラが動いた。その巨体に見合わぬ速さでこちらに突っ込んでくる。


 それを黒は横に飛んで回避する。反応できない速さではない。


 「氷の鋭槍アイスエッジ!」


 お返しとばかりに、着地する前に魔法を放つ。突如空中に氷の槍が生まれ、巨大モグラに向かう。


 巨大モグラはこちらを向くと、花形の口を開く。その中から触手のようなものが伸び氷の槍を巻き取り砕く。見た目が結構グロイ。


 どうやらこの程度の魔法では通用しないようだ。派手な魔法はまだ使ったことがないのでいい実験体になってくれそうだ。やってみたい魔法はたくさんある。


 「炎爆フレア!」


 着地と同時に詠唱する。すると、巨大モグラの頭上に小さい火球が表れる。瞬間、眩い光を放ち爆発する。その威力は凄まじく、黒の元まで熱波と暴風が届く。砂煙で敵を視認できない。


 「...やったか?」


 体験してみなければ分からないものである。このような状況だと、凄く言いたくなってしまう言葉だった。


 魔物探知で敵を探す。それと同時に魔量を確認する。魔量の表記は1255。十分に残っている。


 そのとき、魔力探知に反応があった。場所は...


 「下!!」


 咄嗟に飛びのく。先ほどまで立っていた地面を突き破り巨大モグラが顔を覗かせる。跳躍が不十分だった。思ったよりも巨大モグラとの距離が近い。


 巨大モグラの口から触手が伸び、黒の足を捉える。


 「ひっ...!」


 想像以上に感触が最悪だった。粘度の高さを感じさせるぬめぬめ感。人肌ぐらいに生温かい温度。全身に鳥肌が立つ。


 そのまま巨大モグラは首を横凪に振り、黒を吹き飛ばす。

 

 そのまま、壁に突っ込む。結構痛かった。それだけで済んだので、どうやら思ったよりも身体は丈夫らしい。


 「ごほっ...」


 砂を吸い込んでしまい、咳込みながら体に付いた埃を払う。巨大モグラは様子を見るようにこちらを向いている。


 ふと頭の上に何かが落ちる。取って見てみると、女性ものの下着だった。しかも何やら見覚えがある。


 ハッとして後ろを確認すると、背負っていたリュックが無残にも壊れていた。中身が散らばっている。


 「.....」


 魔物とのちゃんとした初戦闘だったので、つい楽しくなって忘れていたが今回の目的はあの声の主であるのじゃロリを仲間にすることだ。こんなモグラに構っている暇はなかった。

 ましてや足がさっきの触手のせいでベタベタだし、リュックは壊されるし。慈悲はない。黒は巨大モグラを睨む。


 突然向けられた物凄い殺気に巨大モグラは驚き、後ずさる。しかし、その恐怖を振り払うかのように体を震わせる。そして巨大モグラは瞬時に地中に潜る。


 「果てのない氷河グレイシア


 黒はそう静かに唱える。すると、黒を中心として瞬時に地面が凍っていき部屋全体が凍り付く。

 魔物探知にあった反応が地中で消える。自分が凍ったと認識する間もなく巨大モグラは絶命した。


 そして黒は振り返る。


 「どうしよこれ...」


 散らばったリュックの中身を見ながら黒は途方に暮れる。



 ◯●◯●



 部屋が凍る瞬間を別の部屋で見ていたものがいる。黒に話しかけた声の主である。


 「えぇ...」


 彼女は呆然としていた。これまでそれなりに長く生きてきたと思うが、あんな化け物は見たことがない。地中に籠っている間に人間はあんなにも強い種族になっていたのだろうか。正直言って勝てる気がしない。

 だからといって、人間相手に逃げるわけにもいかない。


 「どうしたものか...」


 

 うむぅ...と唸りながら、このダンジョンの主は思考を巡らすのだった。 

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