2章 東の国イルミール

プロローグ

 小夜世 黒さよせ くろは今いる領土を治めている国イルミールへと向かうため、ナルタを出発し森を歩いている。

 今のところ魔物に遭遇することもなく、順調な旅路だ。


 「こう、異空間に繋がってて無限に荷物入りますみたいな入れ物があれば便利なんだけど...」


 長時間歩いていると、やはりリュックが邪魔に思えてくる。何かの漫画で見たことがあるが、あれはとても便利そうだ。魔法でやってみようにもなかなかイメージするのが難しい。


 「あと思っていたよりも1人旅って孤独...」


 独り言が多いタイプであると黒は自覚しているが、今はいつも以上に多く喋っていると思う。


 「こういうのってヒロインとかとすぐ出会えたりするものじゃないのかなぁ...」


 異世界転移、転生ものと言えばやはりヒロインだろう。何故か決まって主人公に寄ってきて仲間になる。しかもみんな可愛い。


 「いや、私は女だから男が寄ってくるのか...?それは...やだな」


 女には珍しい機械系の道に進んだため、必然的に男性の比率が多い空間で生活してきた黒だが、思い返せば碌なやつがいなかったので男にあまりいいイメージを持っていない。笑顔で近づいてくる奴らの内側は決まって腐りきっていた。これは私の男運がないだけなのか。

 

 「やっぱり一緒に旅する仲間欲しいかもしれない...」


 黒は人間を嫌って生きてきた。この世界には人間以外の種族もいる。もしかしたらそんな彼らなら一緒に居たいと思えるかもしれない。もしくは、ここは異世界だ。好きになれる人間がいるかもしれない。まだこちらに来て数日だが、元いた世界の人々よりも生き生きとした人が多く見られたのは事実である。


 「そもそも人のこと仮面被っているとかなんとか言ってるけど、自分も変わらないけどね...」


 結局最後は自虐に終わる。1人でいると色々考えてしまってよくない。せっかくの異世界なのだ。こんなことよりも、魔法のことなどを考えた方が建設的だ。


 今黒が永続的に使用している魔法は2種類ある。以前、魔物探知のつもりで使っていた魔法は生物を探知するものになっていて、魔物との区別がつかなかった。そこで、知識が加わった今改めて試してみたところ、恐らくうまくいった。まだ魔物に出会えていないので分からないが。


 なので今は人や動物、魔物を区別して探知するために生物探知と魔物探知を使っている。どちらも範囲は半径10m以内である。


 「ふぅ...」


 いくら黒のステータスが人間離れした強さであったとしても、知らない世界、慣れない森歩き、魔物への警戒をしながら歩くのは精神的に疲れる。


 「そろそろ休憩しようかな...」


 ちょうど座るのに丁度よさそうな岩がある。あそこで休憩しよう。


 黒はその岩に腰かけると、特にやることもないのでぼーっと空中に目を彷徨わせる。

 そのまましばらくそうしていた黒であったが、少しその景色に違和感を覚える。普通にしていては気が付かないほどの違和感だ。

 暑い日などに見られる蜃気楼というものがある。それに近いだろう。少し空間がぼやけて見える。


 「...?」


 今はそこまで暑くない。疲労や睡眠不足で視界が歪んでいるわけでもないと思う。


 黒はその揺らぎに近づく。しかし、はっきりと見えるようになるわけでもなく、本当に僅かに空間が歪んでいるように見えるだけだ。


 「んー...」


 これが何なのか分からない。もしかしたら黒の目が悪くなっただけかもしれないが、こういう時は取りあえず殴ってみるに限る。実家のブラウン管テレビはそれで大抵直る。


 「シュッ」


 ボクシングポーズをとり、左ジャブを空間が揺らいで見える場所にお見舞いしてみる。

 ちなみに部屋の中で出来るダイエットの1つとしてシャドーボクシングはなかなかいいらしい。黒もたまにやっている。


 ジャブを放った左拳に僅かだが抵抗を感じる。空気抵抗ではない、確かな感触。カーテンをパンチしたときの感覚に近いだろうか。

 それに先ほどよりも揺らぎが大きくなっているような気がする。


 「シュッ!!」


 今度は渾身の右ストレートをお見舞いしてみる。すると、今度は紙をパンチしたときのような音が鳴り響き、それまで見えていた景色が一変する。半径2mほどだろうか、そこだけ切り抜かれたかのように景色が違うのだ。どうやら洞窟の中らしい。先が真っ暗で何も見えない。


 「ダンジョン...?」


 野良ダンジョンがあると聞いていたが、冒険者ギルド受付嬢のエユエから聞いた話ではまだ野良ダンジョンがある地域までは歩いてきていないはずだ。察するにまだ見つかっていない未発見ダンジョンというところだろう。


 中を覗いて様子を見ていると、だんだんと円が縮まってくる。空間が閉じようとしているようだ。


 もう1度開く保証はないし、今はまだ水や食料もある。そもそもの目的はダンジョンで冒険することなので逃す手はない。


 「えっと...浮遊する光フライライト

 

 黒がそう唱えると、頭上少し前方に丸い発光体が表れる。魔法名も段々と調子が出てきた。

 ネーミングセンスを馬鹿にされたトラウマでこれまでは堅苦しい魔法名ばかりだったが、せっかくの異世界なので少しずつそれっぽくしていきたいなと黒は思いつつ、洞窟に足を踏み入れる。



 黒が入って数秒したのち、空間は閉じ、誰もいなくなった森はいつもの静寂を取り戻す。

 先ほどの場所には微かな揺らぎもなく、正常な景色に戻っていた。

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