エピローグ
マレザが昨日に引き続き、豪勢な料理を作ってくれている。黒は明日の早朝にはこの街ナルタを出発する予定なので、今日の夕飯はお別れ会も兼ねている。
「こうして、勇者は魔王を倒し世界に平和がもたらされました」
見たことのあるような締め言葉で話が終わる。この絵本の題名は『勇者と魔王の物語』という、なんとも安直な名前だ。子供向けということで、これぐらいが丁度いいのだろうか。
この本はアヤとマヤが好きな本で、暇があるときに黒が朗読してあげるのが日課になっていた。
「やっぱり勇者様かっこいいなぁ~」
「勇者!強い!」
「そうだね」
2人が物語の余韻に浸ってニコニコしている様子を見る。自然と2人の頭に手が伸びる。
「ん...」
「えへへ...」
2人はおとなしく黒に撫でられている。
大人になるにつれて、人は心に仮面を持つようになる。自分の本心を相手から隠すようになる。マレザだってそうだ。優しい人でもそれは変わらない。いつも子供を見るとこのまま元気に育ってほしいと思ってしまう。
つい、しんみりとしてしまう。これではいけないなと頭を振る。
「さ、もうすぐ料理が出来るんじゃないかな。ちょっと私はやることがあるから先に行っててくれる?」
「分かりました」
「分かった!すぐ来てね!」
少し名残惜しそうにしながら、2人は部屋を出ていく。
見送って、黒は昼間にこっそりと買っていたアヤとマヤ、マレザへのプレゼントを用意する。幸せのブローチと言って、天使の加護がかかっているらしく、持っている人に幸運をもたらしてくれるらしい。
もしかしたら、黒のスキルにある天使の加護は幸運なことが起こりやすいということだろうか。これについてはギルドも把握していなかった。特殊パラメータの黒力も同様だ。幸運だとか癒しといったものは確認されているらしい。いずれにしても、特殊パラメータを持つものは珍しいということだ。
下に降りると、丁度料理を運び終えたところだった。見たところ、鳥の丸焼きにグラタンのようなものなどがあり、食欲をそそられる。ついつい喉がなってしまう。
「早くー!!」
いち早く黒の存在に気がついたマヤが黒を呼ぶ。黒はそれに答えて席に着く。
食べ始める前に、3人にプレゼントを渡すとすごく喜んでくれた。マヤなんて嬉しさのあまり、椅子の上に立ちマレザに怒られたほどだ。この日の夕飯はいつも以上に笑いが絶えない時間となった。
食事後、いつものように井戸水で身を清めた後、就寝する準備をする。いつもはアヤとマヤはマレザと同じ部屋で寝ているが、今日は黒と同じベットで寝たいということで、3人並んで眠る。黒を真ん中として、マヤが左、アヤが右だ。結構キツキツだが、2人は小柄だし、黒も同年代の女性と比べると小柄なので、寝れないことはない。
「起きてますか?クロさん」
アヤが声をかけてくる。
マヤは布団に入って、黒の腕を抱き枕にしてすぐに眠ってしまった。今日はずっと街を歩き回っていたので、疲れていたのだろう。
寝返りが打てないのがちょっとキツいが、腕に感じる幼さを残す柔らかい感触が黒に癒しを与えるのでよしとする。
「なに?アヤちゃん」
「えっと...やっぱり、行っちゃうんですか...?」
「...うん。ごめんね」
「いえ...私こそ、すいません...」
アヤは黒に背を向けて眠っている。1人の姉としての見栄だろう。マヤのようにくっついてきたりはあまりしない。
黒はそんなアヤの頭に手を置く。
「おいで?」
少し逡巡した様子を見せた後、アヤはこちらを向いて黒の胸に顔をうずめる。包容力のない胸で申し訳ないなと思いながら、アヤを抱き寄せる。
少女の嗚咽する声を聞きながら、黒は目を閉じる。
時間は無情にも過ぎていく。明日は必ず来てしまうのだ。
◯●◯●
次の日の早朝、アヤとマヤ、マレザに見送られながら黒は宿を出た。
マヤは我慢しているようだったが、堪らず泣き出してしまった。それでも、笑顔を一生懸命作ろうと頑張っていた。きっといい子に育つだろう。
アヤは昨日泣いたことで気持ちの整理がつけられたのか、笑顔で見送ってくれる。
マレザはサンドイッチのようなお弁当を持たせてくれた。少し変わっていて、形が円形だった。
今は丁度、街の門の前にいる。入ってきたときは、南門からだったがこの領土を収める国イルミールへ向かうため、北門から出る。
エユエには換金の際に別れを済ませてある。多くの冒険者を見送ってきた彼女は別れには慣れているのだろう、激励の言葉だけでわざわざ見送りにきたりなど必要以上に踏み入ってこない。彼女らしい。
今の黒の装備は大きめのリュックを背負っている以外にはこれまでと変わりない。防具などを見て回ったが、鎧はまず暑いし邪魔なので却下。レザーアーマーなど皮で出来たものは軽いし買っておこうかとも思ったが、しっくりこないので止めておいた。
武器も見て回ったが、慣れないものを扱うよりかは素手のほうがいいと判断した。厨二病であった黒は、中国拳法やいろいろな格闘技を練習したりしていた。どこまで通用するのかは謎だが、刃物を使って自分を刺してしまうよりかはマシだろう。一応料理や剥ぎ取り用として、短剣だけは購入しておいた。
服装がなぜ変わらずワンピースなのかというと、この服はどんな汚れも浄化するように消してしまうので、洗わなくて済む上にそれなりに丈夫なのだ。これ1枚あれば、服は着替えずに済む。女性としてどうなのかとも思われるだろうが、冒険者になったのだし気にしない。
そんな感じで、あまり出費せずに済んだため、金貨137枚が残った。マレザに金貨50枚を渡してきたので、今手元にあるのは金貨87枚だ。
最初マレザはこんな大金受け取れないと猛反対していたが、またこの街に来たときにお世話になりたいということや、アヤとマヤに不自由なく暮らしてほしいと説得しどうにか受け取ってもらえた。
黒はこれから始まる冒険者としての人生、憧れたダンジョン探索やまだ見ぬ仲間を想い、期待に胸を膨らませる。本音を言うと、1人旅のほうが気楽でいいがエルフとはお友達になってみたい。そんな下心も携えて森の中を歩いていくのだった。
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