12話 私は今お金を手に入れます
「あの、エユエさん」
「クロさん!午前はすいませんでした...用事は済ませたので今はもう大丈夫ですよ」
そういいながらエユエは黒のお腹に視線を移す。
「それで、あの...失礼ですが、クロさんって妊娠してましたっけ...?」
ほかに手段が思い浮かばなかったので、この恰好でここまで歩いてきたが、結局注目を集めることになってしまっていた。道中すれ違ったおばあちゃんにはこれを食べて頑張りなと飴をもらったほどだ。
「それなんですが、魔魂を売りたいんです」
「え、その服の中にあるのが魔魂ですか?」
「はい。1個だけなんですが」
「1個でその大きさ!?あっ、すいません...ここじゃ目立ちます。個室があるのでそちらに」
エユエは小声で黒に喋りかけ、個室に通してくれる。エユエは所長を呼んでくるから待っていてくれと言い残して部屋から出ていく。
少し待っていると、所長らしき男を連れたエユエが戻ってくる。男は口を開く。
「初めまして。私はこのギルドの所長を務めているアリュガートと申します」
「初めまして。クロって言います」
この世界ではフルネームを教えるのは、相手が信用できると思ったときのみらしい。最初挨拶したとき、本名だと言ったら驚きながらマレザが教えてくれた。冒険者に至っては、通り名だとか偽名がほとんどらしい。名を使う魔法があるらしく、悪用されかねないからだそうだ。
それよりも、このアリュガートという男。エユエがすぐ来ない人にはうるさいと言っていたので、性格がちょっと悪い人なのかと思っていた。しかし、正対してみて分かったがそこまで悪い人ではない。歳は見た目から察するに40後半だろうか。
大抵、ギルドなどの所長はお金を横領したり、自分はなにもしなかったりと無能な人が多いと思っていたがどうやら偏見だったらしい。オタク知識を当てにしすぎるのはやめておいたほうがよさそうだ。
「かなり大きな魔魂を持ち込んだと聞いたが、その服の下にあるもので間違いないかね?」
「そうです。あ、えっと...出すので少しだけ横を向いていてもらってもいいですか...?」
完全に失念していたが、これを他人の前で出すのはかなり恥ずかしい。たくし上げるか、下から出すかしかないがいずれも酷い恰好だ。
「ん、あぁすまない」
そういって素直に横を向いてくれる。
「見たらセクハラで牢屋行きですからね、所長」
「エユエ、給料を下げられたいか?」
ぐぬぬ...とエユエが唸る。結構仲がいい。エユエがアリュガートに向けている気持ちには尊敬と恋慕の感情が混ざっているのが分かる。こういうことが分かってしまうので、人と接するときは凄く気を遣う羽目になる。
そのやり取りを見ながら、黒はさっと魔魂を取り出す。
「これです」
「なっ...」
「えっ...」
魔魂を見たエユエとアリュガートは2人同じ様に固まっていた。少し間をおいて、硬直状態から立ち直ったアリュガートは黒に問う。
「クロくん、これは何の魔物の魔魂かね?」
やはり何も聞かずに換金とはいかないか。黒は少し考えて答える。
「色々と事情がありまして。これに関しては何も聞かずに換金してもらえると助かるのですが、ダメでしょうか」
普通はダメだろうが、アリュガートは断らないはずだ。共感覚を10割の力で使用し、より深くアリュガートという人物を探った。本人よりもアリュガートのことが分かると言っても過言ではない。
「後ろ暗いことはないのだね?」
「はい」
「...君には何もかも見透かされているようで落ち着かんな。この場から早く去りたいのでな、換金しよう」
そう言って、アリュガートは換金に応じた。ちなみにエユエは口を開いたままずっと固まっていた。
◯●◯●
この世界の通貨は1種類で、名をラタというらしい。この世界の名前であるラシャータから取られたとか。ラタには金貨、銀貨、銅貨の3種類が存在する。金貨1枚で銀貨10枚。銀貨1枚で銅貨10枚という価値である。
今回ドラゴンの魔魂を換金したことで得られたラタは金貨150枚。ちなみに金貨1枚で何が出来るかというと、高級宿屋に1週間は泊まれるらしい。結構なお金持ちになったようだ。
今日はもう日が暮れてきたので、マレザのいる宿屋に帰ることにする。余裕をもって街中が歩けるようになって気が付いたが、ちらほらと異種族のような人達を見かける。異世界っぽい。
見かけた異種族と言えば、毛むくじゃらの熊みたいな人や顔が魚じみた人がいた。エルフは見かけていない。実は黒はエルフが大好きである。読んでいたラノベに出てきた好きなキャラがエルフだったことから、エルフが好きになった。聞いたところエルフはちゃんといるらしいので、早く見てみたい。
そんなことを考えていると、黒を呼ぶ声がする。
「クロおねーちゃーん!!」
前からマヤが走ってくる。可愛い。
「すいません、クロさん。お邪魔してしまって」
その後ろからアヤが息を切らして走ってくる。どうやら買い出しの途中のようだ。
「大丈夫だよ、これから帰るところだったから。買い出し?」
「はい。今日の夕飯の分を」
「一緒にお買い物しよー!」
「マヤ、クロさんが困っちゃうよ」
「えー...」
そういってマヤは頬を膨らます。可愛い。
「大丈夫だよ。今日はご馳走をマレザに作ってもらおうか?食材は私が奮発しちゃうよ」
そう言って、2人と手を繋いで歩き出す。アヤは申し訳なさそうにしていたが、途中で折れて納得してくれた。2人に食材やどんな料理があるのかを聞きながら、買い物を楽しんだ。
宿に戻ると、マレザは驚いていたが、今日の狩りの結果がよかったと話し納得してもらった。その日の夕飯は魚や肉を惜しむことなく使った豪華なものとなった。
◯●◯●
夕飯のあと、アヤとマヤと一緒に水浴びをして今は自室に戻っている。街に温泉施設があるが、基本は井戸から汲んだ水で身を清めるらしい。正直黒は温泉に行きたかったが、アヤとマヤがあまり好かない上にお金がかかるので行っていない。
正直、今の生活は結構楽しかった。子供が好きな黒にとってアヤとマヤとの生活は癒しだ。マレザも良くしてくれる。しかし、心の中では物足りなさも感じている。黒は自分で思っていた以上に冒険家らしい。ダンジョンに行ってみたいし、せっかく強くなれたのだから存分に力を振るいたい。
路銀や最低限必要な情報は得られた。あとは装備を整えるだけだ。明日は買い出しに出かけて、明後日にはここを出ようと決意する。
そんな中、黒の中のある感情が大きくなるのを感じる。黒はいつも心の中にある、この感情が何なのかが分からない。他人のことは分かるのに、自分のことは分からないことだらけだ。
いつか分かるときが来るのだろうか。黒はそんなことを思いながら、眠りについた。
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