11話 私は今調整を試みます

 小夜世 黒さよせ くろはマレザに借りている宿の自室に戻ると、ベッドに倒れるように横になる。


 「はぁ...」


 やっと一息つけた。さすがに少しは慣れたが凄く疲れる。早くスキル『共感覚』を制御できるようにならねば。常時発動している今は黒を苦しめる毒だが、相手の本質を一瞬で見抜けるのは武器になる。この世界で生きていくには必要だろう。


 まずはオフに出来ないかを試してみる。これは昨日も試したことだ。知識が増えた今なら何か変わるかもしれない。

 

 共感覚がない状態をイメージする。しかしやはり上手くいかない。何かが足りないのか、見落としているのか。黒はエユエの言葉を思い出す。確か『意識型は意識できる範囲であれば自由にオンオフやランクの範囲内で強弱を変えられます』と言っていた。


 「あ...そうか...」


 そこで、単純な見落としに黒は気づく。あくまでオンオフを行えるのは『意識できる範囲』だ。今ほど強力ではないが、黒はもともと物心ついた時から相手の感情や性格を感じ取ってしまう体質だった。それ故にそもそも共感覚が状態を知らないのだ。普通の人の感覚がイメージできないほどに根強く残ってしまっている。意識するべきイメージが分からないのだから、出来ようはずがなかった。


 しかし、ならばせめてこちらの世界に来る前の強さには落とすことができるだろう。

 思った通り、弱くすることには成功した。これでやっと普通に冒険ができそうだ。


 「いつか普通の人の世界が分かるのかな...」


 この世界ではイメージさえ出来ればこの能力をオフにできる。元の世界では叶わなかったことだ。諦めずに頑張ってみよう。



 ◯●◯●



 あの後、丁度昼時だったのでアヤ達3人と昼食を摂った。


 そして黒は今、森の中を走っている。倒したドラゴンの魔魂が落ちているかもしれないからだ。


 お金を持っていない黒は、生活に必要な最低限のものですら揃えられない。そのため今は、マレザにお世話になりっぱなしである。『共感覚』をどうにかできた今、最優先事項はやはりお金である。


 「この辺りだったと思うんだけど...」


 黒は記憶を頼りに、森の中を走る。

 少しして、目当ての場所にたどり着く。腐臭がしたので、その臭いを捉えてからは早かった。


 「ひどい臭い...」


 そこには胃液によって溶かされたのであろう残骸が転がり、地面は腐っていた。本体は見当たらないので、魔魂になったのだろう。しかし、体外に排出されたものは魔魂にはならないようだ。


 「浮遊ふゆう


 黒がそう唱えると、黒の足は地面から離れ宙に浮く。空に浮く魔法だ。飛行というとどうしても飛行機などが先に頭を過ぎりうまくいかなかったので、浮遊になった。

 黒はネーミングセンスが普通の人とはズレているらしく、よくクラスメイトに笑われた。なので、変に名前は考えずに無難なものを選んでいる。結構ショックだったのだ。


 黒は鼻をつまみながら魔魂を探す。すると、バスケットボールぐらいの黒い球体を発見する。見たことはないが、おそらくはこれが魔魂で間違いないだろう。球の内側から魔力を感じる。


 黒はちょこっとガッツポーズをする。いくらになるのか分からないが、ドラゴンの魔魂だ。きっと高いだろう。


 重さは10Kgぐらいだろうか。以前の黒なら持ち運ぶのは困難だったが、今は楽々持てる。黒は魔魂を抱えてルンルン気分で街に向かって歩を進めた。



 街まであと少しというところで、黒はふと思った。このまま魔魂を手にもって街に入れば少なからず注目を浴びてしまうだろう。そこで黒は、魔魂をワンピースの中に入れてギルドへ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る