10話 私は今冒険者になります
「簡単ではありますが、魔法についてはこんなところですね」
ギルドの女性職員はそう言って話を締めた。
聞いたところによると、魔法を使える人の数だけ魔法の種類があるといったように、この世界の魔法は決まった形がないようだ。
例えば、同じ火の玉を出す魔法があったとしても、人によって詠唱が変わるらしい。『
また、この世界には基本属性として、赤、青、黄、緑、茶の5属性がある。赤であれば、この色に関連する魔法。例えば、火であったり血などが操れる。この5属性の他には黒と白があるらしく、黒だけは使える者を見たものはいないらしい。白は回復魔法などで広く使われている。
このように、魔法は使用者の想像力に依存しており、自由度がかなり高いものらしい。しかし、魔力がステータスで与えられなかったものはそもそも魔法は使えない。
ついでに空を飛ぶ魔法は認知されているのかを聞いてみたが、以外と使える人はいるらしい。しかし、魔量消費が激しく趣味の範囲で使われているようだ。
「いろいろと有難うございました」
「いえいえ、クロさんはこの後すぐ冒険者登録をする予定ですか?」
話の流れで自己紹介は済ませていたので、自然と名前が呼ばれる。ちなみに彼女の名前はエユエと言うらしい。『ユ』に横棒を増やされてエエエにされたりすると愚痴っていた。
「その予定です」
「そうであればついでに私が担当してもいいですか?少しは知っている間柄のほうがやりやすいと思いますし」
「そうしてもらえるならありがたいです」
エユエの好意でそのまま冒険者登録をすることになった。彼女はフレンドリーで結構喋る方だが、相手との距離感の測り方がとてもうまく、必要以上に踏み込んでこない。黒にとってはとても有り難い。
「役職は決まってますか?」
役職とは、言わば自分は何が出来るのかを表す指標らしい。基本職には剣士、魔法使い、剣魔使い、弓者、罠者、契者、万事者がある。それ以外にも上級役職というものがあるらしいが、これはその役職が得られる試験場に赴き、試験に合格したものにしか与えられないらしい。
私は個人的に魔法使いに憧れていたので、魔法使いにしようかと思ったが、万事者も気になっていた。なんでもできますよという役職らしい。しかし、弓も罠も使えないのでそもそもダメだろう。基本職は自己申告制なので、偽ることもできるがあまり得がない。
「魔法使いでお願いします」
エユエは判子の先をくるくるさせる。日時の判子は先が数字になっていて、そこを回すことによってその日に合わせられるが、仕組みはそれと同じもののようだ。
「分かりました。では印を押したいと思うのですが、押す場所は決まってますか?」
「どこでもいいんですか?」
「基本的にはどこでもいいんですが、街に入るときに見せる必要があったりするので見せやすい場所がいいですよ。それと、この印は必要のないときは透明にしたりもできるので顔とかでも問題ないですよ」
なるほど。アニメでお尻とかに印があるお色気キャラなどを見たことがあるが、そのようなことをすると人前で脱ぐ羽目になるということか。胸も同様だろう。実は少し大人っぽくてかっこいいと思っていたがやめておこう。
少し考えて、黒は口を開く。
「手の甲でお願いします」
「じゃあちゃちゃっと押しちゃいますねー」
エユエはそういうと、差し出した黒の手の甲にポンッと印を押す。すると、青白い光を一瞬だけ放つ。
判子をどけると、そこには○の中に21と書かれた青白く光る文字があった。
「驚きました...結構クロさんってレベル高いんですね...」
その文字を見たエユエは驚きの表情を出して固まっている。どうやらこの数字はレベルの値らしい。
「この辺りには魔物と言えばポコポンしかいなかったと思うのですが...結構遠くからいらっしゃったんですか?」
ポコポン...なんとも魔物らしくない名前だ。だが、クロには思い当たる節が1つある。
「まぁちょっといろいろありまして...それよりもそのポコポンって」
「可愛いですよねポコポン。あの大きいお腹を鳴らしてる様子なんてずっと見てられます」
絶対とは言えないが、確定したといってもいいだろう。森の中で目覚めたときにこちらを凝視しながらお腹をずっと叩いていたあのタヌキのようなやつのことだろう。
気になったので、嘘を交えてその時の状況を説明してみる。さすがにドラゴンを倒した話をするのはまずいだろう。
「なるほど。ポコポンの太鼓の音には獣を近寄らせない効果があるんですよ。さすがに魔物までは無理ですが、あの森には凶暴な猪とかがいますからね。守ってくれていたんだと思いますよ。ポンポコはこちらから危害を加えない限りおとなしい魔物ですから」
衝撃の事実である。あのタヌキ...ポンポコは無防備に寝ていた私を守ってくれていたらしい。無性にあの無表情なタヌキ顔がかわいく見えてきた。それに魔物だと思い倒していた猪がまさかただの動物だったとは...2重に衝撃を受けた。
「あの、魔物と動物ってどうやって見分けるんですか?」
「基本的には魔力を帯びているのかいないのかで見分けますね。魔物にもよりますが、体表面にうっすらと魔力が見えると思いますよ」
思い返してみると確かにポンポコからはオーラ的なものが見えた気がする。ただ迫力がすごいだけかと思っていた。
「それと魔物は倒したら魔魂という石に変わりますので分かりやすいですね。より上級のものほど変換は遅いですが、大きくて魔量の濃い魔魂になります」
だからドラゴンはすぐに石にならなかったのか。だとしたら土に埋めておいた猪達は普通に食べられたのだろうか。申し訳ないことをしてしまった。
「やっぱり魔魂ってギルドで買い取ってくれたりするんですか?」
「はい。買い取っていますよ。魔魂を使った魔道具の生産はギルドの資金源の1つでもありますので」
もしかしたら倒したドラゴンの魔魂が森の中に落ちているかもしれない。いくらで売れるかは分からないが、一文無しの黒からしたら探しにいかない理由はない。
レベルのことについても聞いてみようとしたが、話そうとしたタイミングでエユエの後ろから声がかかる。
「エユエ!すまないがちょっとこっちに来てくれ!」
「あ、はい!ちょっと待ってください!!」
「えっと、すいませんクロさん。所長はすぐ来ない人にはうるさくて」
小声で申し訳なさそうにこちらに謝ってくる。
「いえ、長時間拘束してしまってすいません。本当にいろいろと有難うございました、エユエさん」
「いえいえ、私もクロさんとお喋りできて楽しかったです。冒険者としてこれから頑張ってください。応援してます。あ、それとその印は消しておいた方がいいですよ、レベルを見て下だと分かったら襲ってくる悪党とかがいますから」
アヤとマヤを襲ったような連中だろうか。負けるとは思えないが、面倒に巻き込まれるのは嫌だ。消しておこう。透明になることを意識すると、簡単に手の甲の印は消える。
エユエに見送られながらギルドの外に出る。瞬間、黒は気持ち悪くなる。
「うっ...」
急いで出てきたことや新たに得られたこの世界の情報に気を取られて、スキル『共感覚』を調整するのを忘れていた。
そもそも調整のやり方がよく分かっていない。一度それっぽいことを宿で試したが出来なかった。
ここだと集中できない。1度部屋に戻って落ち着こうと、黒は急ぎ足でマレザの宿に戻るのだった。
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