7話 私は今救います
それで分かったことと言えば、やはり食べ物は無味無臭になってしまうため恐ろしく不味いこと。飲み物も同様であったということだ。しかし、水は普通に作ることができた。おかげで喉の渇きだけはどうにかなった。
その他にも、思いつく限りの魔法を試してみた。驚いたことに、その全ての魔法を使うことができた。自分で想像出来るものは大抵使えるようだ。黒は色々と妄想するのは好きなので、この条件はかなり都合がいい。
「あとは、魔量に気をつけなくちゃ...」
魔法を試しつつステータスを確認していて気が付いたのだが、魔法を使うたびに魔量が減っている。
例えば、食べ物を出すのに使った魔量は50ほどだった。魔量は他のステータスに比べて凄く高いので、そこまで気にすることはないだろうが、0になったときどうなるか分からないので注意しておく。それと、魔量は時間経過で徐々に回復するようだった。
考え事をしながら歩いていると、前方に気配を感じる。今黒が使っているのは、半径10m以内にいる魔物を探知する魔法だ。使っている間は永続的に魔量を消費することがネックだが、魔量消費量が10分間に3なので気にならない。
「ふっ...!!」
黒は先制攻撃を仕掛ける。およそ10mの距離を一息で詰める。
突然、黒が出てきたことに驚き対応が遅れているイノシシのような魔物に黒は蹴りを入れる。
当たった瞬間、ドゴッという低い打撃音と共に魔物は吹き飛び絶命した。
「ふぅ...」
実は、いろいろな魔法を試している間に何回か魔物の襲撃があった。最初は驚いて何も出来なかったが、どうやら黒のステータスは魔物と比べてとても高いようで、傷1つ付くことはなかった。そして偶然振った手が魔物に当たったところ、数十メートル吹き飛んで魔物は絶命したのであった。そこからは黒無双である。
「だいぶこの体の使い方にも慣れてきたかな...」
試しに本気でジャンプしたときは死ぬかと思った。周りに生えている木よりも高く跳んだのだ。
それから調整も兼ねて手当たり次第に襲ってくる魔物をボコっていた。
今は先制攻撃を仕掛けるまでになっていた。
「でも少し悪い気はしちゃうかな...」
ゲームのように倒したら光となって消滅するようなことはなく、しっかりとした実体を持ってそこに倒れ伏した魔物を目の前に黒は思う。
一応そのままというのも悪い気がしたので、これまで倒した魔物は土に埋めている。食べようかとも思ったが、腹を壊したらそれこそ絶望的なので止めておいた。
外でするような自体だけは勘弁である。これでも女の子なのだ。
「そういえばこっちって化粧水とかあるのかな...」
元々、黒は化粧をするタイプではないので、化粧道具は必要ないのだが、肌の手入れはしたい。こちらに来て肌に悪いことしかしていないので、肌が荒れてきている。憂鬱になりながら黒は歩を進める。
黒が向かっている先は、飛行魔法を使ったときに見えた街のような場所だ。内心は飛行魔法が使えたことで喜びでいっぱいだったが、そもそもこういう魔法は普通の人間は使えないというのが常識である(黒のオタク知識)。それなのに飛んで街に入ったら絶対面倒なことになるに決まっている。そのような理由から黒は徒歩で向かっているのだ。
◯●◯●
それからさらに数匹の魔物を倒しつつ進んでいると、不意に人の声のようなものが聞こえる。
「...て!!」
今の黒は五感の能力が元の世界にいたときよりも高いようで、遠くのものを見たり聞いたり出来るようになっていた。
取りあえず、その音がした方面へ向かってみる。
近づくにつれて、声が鮮明になる。
「助けて...!!助けて...!!」
茂みに隠れつつ、様子を窺うとそこには複数人の男らしき姿と、髪を引っ張られながら引きずられている女の子1人、気絶しているのか静かに担がれている小さな女の子1人が見える。
「うっ...!?」
まず、その姿を確認した黒は嘔吐した。嘔吐といっても、何も腹に入っていないため胃液しかでない。口の中が気持ち悪い。
この世界にきて初めての人間を見た瞬間、まさかこんな目に合うとは思っていなかった。
黒は元々、人の性格や感情を感じ取る体質であった。それ故に、性根が腐っている人を見ると凄く気分が悪くなる。しかし、嘔吐するほどではなかった。
だが、今回はこれまでとは感じ取る情報レベルが違っていた。
まるで目に見えるようであった。それほどまでに、感じ取る感覚がこれまでの比ではなかった。
それに加えて、元いた世界では、ここまで気分を悪くさせるような奴らはいなかった。
黒の中で、あいつ等は最低のクズ野郎という認識が確立した。
「うるせぇぞ!黙ってついてこい!殺されてぇか!!!」
「おねがいです!!その子だけは助けて!!!」
「おい、あんまり傷を付けすぎるなよ」
「っち、あのチビと同じように眠らせちまえばいいんじゃねぇか?」
「あのチビは商品にするが、こいつは俺たちで使うんだ。寝てるやつをヤるんじゃつまらねぇだろ?」
その言葉を聞き、周りにいる男たちは下卑た笑みを浮かべる。そんな中、泣いている女の子は必死に周りに縋る。
「私をどうしたって構いません。どうかその子だけは離してあげて下さい!!」
姉妹なのだろう。妹だけは助けてほしいと必死に叫んでいる。
「おいおいなんだこいつ。どうかして欲しいってよ!とんだビッチじゃねーか!」
また周りで笑いが起きる。
「じゃあそうだなぁ...まずは服を脱いで踊ってみろ。面白ければ妹は助けてやるかもなぁ」
周りの男どもはニヤニヤと笑っている。そんな中、俯きながら女の子は服に手をかける。
もしかしたら、これまでの魔物が弱いだけであいつらは私よりも強いかもしれないという不安。
私も女だ。同じような目に合うのではないかという恐怖が心を支配する。ましてや、今は黒化状態ではない。それ故になかなか出ていくことが出来なかった。
しかし、それももう限界だった。同じ女として、見過ごすわけにはいかなかった。
先手必勝である。まず一番近くにいた男を気絶させようと、接近し頭を殴ってみる。
すると、黒の意識とは裏腹に男の頭は吹き飛んだ。
「あ...?」
突然仲間の頭が吹き飛んだことに理解が追い付かず、男たちは固まる。
それよりも衝撃を受けたのは黒のほうだった。
「え...?」
いきなり人を殺してしまった。その気はなかったとはいえ、元の世界であれほどしてはならないと刷り込まれ続けた人殺しを行ってしまったのだ。それなりにショックであることは確かだった。しかし、
「思ったよりも...何も感じない...」
グロイな、とかやっちゃった...と思うだけでそれ以上のダメージはなかった。
「そもそも...こいつら人間じゃない...」
近づいてより鮮明に感じた、ドス黒い醜い感情。もはや黒には人間として見えていなかった。それはもう黒の敵だった。
「なにが起きて...!!、おい!テメェの仕業か!!」
頭がなくなった男よりも小さい黒は最初気づかれていなかったが、胴体が死んだことを理解したかのように倒れ伏したことによって、黒は男たちに見つかった。
女の子は何が起きているのか分からずにその場でうずくまっている。
「ごめんね、怖かったね。もう大丈夫だから。目と耳を塞いでいてね。あと、この子お願いね」
黒は女の子に近づき、優しく声をかける。担がれていた女の子も男の手から持ち出し、隣に寝かす。
黒は基本的に人間が嫌いだが、幼い子は大丈夫であった。まだ心を偽ることを知らず純粋であり、感じ取れる感覚は不快なものではない。むしろ微笑ましい。決してロリコンというわけではない。
「な...!!いつの間に!?」
位置関係的には、女の子を囲むように男たちは立っていた。つまり、女の子は中心にいるのである。先ほどまで円の外にいた黒が一瞬のうちに女の子のそばにいることは、男たちからしてみれば瞬間移動したようにしか見えなかった。ましてや、担いでいた女の子が気づかぬうちに取られていたことに驚愕していた。
「おい!てめぇ何したか分かってるんだろうな!?」
クズが何か喚いている。とても耳障りな音だ。黒は叫んでいた男に向けて手を向ける。
「
すると、男の足元から炎の柱が天に向けて伸びる。男は声を発する暇もなく灰と化す。
「は...?」
その様子を見ていた他の男達は呆然とする。そしてハッと我に返る。
「な、なんだあいつ!やべぇ!!」
「あんな魔法みたことねぇよ!化け物かよクソが!」
「散れ!!」
おそらくリーダー的存在であろう髭を伸ばした男が叫ぶ。同時に、男たちは各々違う方向に走り出す。
「あと4匹。逃がさない...」
そこからはもはや地獄であった。逃げられるはずもなく、男達は数秒で焼き尽くされた。
人だったものは全て灰となり、風に流され、痕跡と言えば地面の燃え跡のみであった。
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