4話 私は今絶体絶命である

 くろが目を覚ますと、そこは石造りの部屋であった。黒はその部屋の丁度中心あたりに横たわっていた。


 「ん...。ここは...?」


 それほど広い部屋ではない。あたりを見回すが、出口のようなものはない。

 目を引くものと言えば、前方に台のようなものが見える。近しいもので例えるならば、教壇であろうか。


 「ここはもう異世界なのかな...」


 しばらく周りを探索するが、中心の台以外にはなにも見当たらない。


 「とりあえずアレ、見てみるしかないよね...」


 そう言うと、黒は台に近づく。すると、台の上に文字が浮かんだ。


 『手ヲ』


 文字が浮かび上がったことには対して驚いていない。異世界に転移したのだし、そういう技術もあるのだろうと思った。黒がこれまで観たアニメや漫画にもそのようなものがあった。


 「...?」


 最初は意味が分からなかったが、台にさらに近づくと意味を理解した。台の上は手形に窪んでいた。おそらく、ここに手を置けということなのだろう。


 「痛いのはヤダからね...」


 昔見た映画で、手を置いたら棘が飛び出し手を貫くというものがあったのを思い出していた。

 正直いうと、結構怖いが、アリシアが加護があるとかないとか言っていたし大丈夫だろうと右手を置いた。


 すると、新たな文字が浮かび上がる。


 『転移者小夜世 黒さよせ くろト認識。ステータスノ更新ヲ行イマス』


 そして、次のような情報が続いて表示される。



 小夜世 黒さよせ くろ Lv.5

━━━━━━━━━━━━━━

筋力:3⇒50

魔力:0⇒100

魔量:0⇒1000

精神力:-5⇒10

物理耐久力:2⇒50

魔力耐久力:0⇒100

俊敏力:4⇒50

━━━━━━━━━━━━━━

スキル:共感覚A 天使の加護-

特殊パラメータ:黒力50


 その表示を見た直後、黒は全身が熱くなるのを感じた。その熱は段々と勢いを増し、身を焦がす。


 「かっ..!はっ...!」


 息ができない。手を台から放そうとするが、びくともしない。その場で声にならない叫びをあげながら、黒は意識を手放した。



 ○●○●



 目を覚ます。気づくと手は台から離れ、黒は台の前で横たわっていた。


 「痛いのヤダって言ったのに...」


 黒は恨めしそうに台を睨み、蹴とばした。


 それから少しの間横たわっていた黒は、ふと立ち上がり自身の身体に異変がないか確認してみる。

 気を失うまでにはなかった活力なようなものが胸の内にあるのが分かる。とても不思議な感覚だった。

 それ以外には、特に異変は見当たらない。


 「う~ん...。このぽわぽわしてるのが何なのか分からないけど、病気って訳じゃなさそうだし。まぁいいっか...」


 黒は考えても分からないものは、深く考えないようにしている。その結果が元の世界での黒の現状なのだろうが、黒はこの生き方を変える気はなかった。

 

 次に、浮かんでいる文字を確認してみるが、依然と、同じ文字が浮いていた。


 小夜世 黒さよせ くろ Lv.5

━━━━━━━━━━━━━━

筋力:3⇒50

魔力:0⇒100

魔量:0⇒1000

精神力:-5⇒10

物理耐久力:2⇒50

魔力耐久力:0⇒100

俊敏力:4⇒50

━━━━━━━━━━━━━━

スキル:共感覚A 天使の加護-

特殊パラメータ:黒力50


 「強くなったってことなのかな...」


 比べる対象がないので、この数値が高いのか低いのかが分からない。しかし、元の身体能力を左の数値が表しているとしたら、かなり身体能力が向上していると考えられる。

 精神力についても気になったが、目が覚めてから不思議と心が軽く、気分が晴れていたので、おそらくそういうのが関わっているのだろうと黒は思った。


 「スキルについてもよくわからないし...説明書がないゲームやってる感覚だなぁ...」


 「でもまぁ...これから色々試していけばいいっか」


 元々、黒は説明書を見ないタイプである。なので、今の状況はあまり気にならない。


 ふと、黒のお腹から音が鳴った。


 「それよりも、これからどうするのかだよね...」


 ここに来てから少し調べた感じだと、この部屋には出口がなかった。このままここにいては、餓死してしまう。今日はなにも食べていないので、正直ペコペコな状態だ。


 どうしようか困っていたら、台の上に浮かんでいた文字が変わる。


 『ヨウコソ、ラシャータヘ』


 その文字が表れた直後、部屋の中心に渦が表れる。

 よくアニメとかで見る、ワープゲートみたいなやつだな、と黒は思った。


 「これに入れってことだよね。他にやれることがないし...行こう」


 意を決して、黒は渦の中へ入っていった。



 ○●○●



 「...っ!!」


 渦を抜けた先で、いきなり太陽の光を見てしまった黒はたまらず目をつむった。

 目を塞ぎながら、周りの音に意識を向けると、多くの木々が風に揺られている音が聞こえた。どうやら、ここは森か林の中のようだ。


 それと、もう一つ気になる音が聞こえていた。その音は、以前動物園に行ったときに聞いた、ライオンの呻き声を彷彿とさせる。いや、それよりも低い音だ。それは大きな振動となり、黒の鼓膜を揺らしてくる。


 恐る恐る、目を開ける。視力が光の影響から逃れ、やっと景色が見えてきた黒の前には、アニメや漫画で見たことのある"ドラゴン"そのものがこちらを睥睨していた。


 「...!!!」


 絶句、という言葉があるが、まさしく今の黒の状態がそれであった。

 この時、黒はふとアリシアの言葉を思い出していた。アリシアはたしか、『転移してきた人が死ぬ、または転移、転生したら新たな転移者を君の世界からランダムに呼ぶようになっている』と言っていた。また、転移や転生をしたものは未だいないとも。


 つまり、今黒がここにいるということは、黒の前の転移者は死んだということになるのだろうか。それとも、こちらには来ずに引き返したのだろうか。しかし、少なくとも今の状況では、引き返したなどという楽観的な思考はできそうもなかった。


 黒が固まっていると、ドラゴンが啼いた。その声は大地を揺らし、木々を慄かせ、空を歪めた。


 「ひぃっ...」


 アニメや漫画で、異世界にいった主人公が強敵を簡単に倒していたので、自分も簡単に出来るのではないかと黒は考えていた。先ほどのステータス変更のこともある。しかし、現実は違った。足は震え、腰が抜けてしまった。逃げたいのに、その場を動けない。


 ドラゴンは黒を喰らおうと、こちらに迫る。


 黒はただ、震えて見ていることしか出来なかった。



 そうして、黒はそのままドラゴンに飲み込まれた。 

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