3話 私は今決意する
ドヤ顔天使、アリシアは私、
「まず確認したいんだけど、黒ちゃんは現状をどう考えてる?」
「えっと...状況的には、私がいた世界とは思えない...普通は夢の中だとか考えるかもしれないけど...」
「けど...?」
そう聞き返す天使の顔は笑っている。まるで、私の考えを見透かしているかのように。
「けど、このワンピースの感触や、今、目の前にいるあなたの存在感は現実としか思えない」
「うんうん!」
「そこで、これまでのあなたの言動などから愚直に考えると、異世界に...転生?したってところ...ですか...?」
言っていて普通なら馬鹿だと、阿呆であると罵られるところだと思った。でも、私はこの答えを望んでいる。この答えであってほしかった。
「"愚"直だなんてとんでもない!素直でまっすぐなのはいいことさ!それにほぼ当たっているんだから胸を張るといい!」
褒められているのだろう。悪い気はしない。でも、これは私個人の勝手な思いなのだが、『胸を張れ』という言葉はあまり好きではない。張れる胸がないからである。自分でも本当に勝手なことを言っていると思う。しかし、世の同じ悩みを抱えている女性なら、きっと、少なからず共感してくれると信じているのであった。
そんな私の心情は置いておいて、アリシアは、先ほど"ほぼ"と言ったのだ。すべてが当たっているわけではないらしい。
「正しく言うなら異世界"転移"だよ!今、僕の前にいる黒ちゃんは、間違いなく、さっきまでいた世界で、黒ちゃんが認識していた黒ちゃんと同じ黒ちゃんなんだから!」
とても聞きづらい言葉であったが、それはつまり
「私は死んで生まれ変わっているわけじゃない...ってことですか?」
「そのとおり!転生は死を迎えないといけないからね。黒ちゃんの場合は、死なずにそのままこっちに飛んできたから、転移と言った方がいい」
その言葉を聞いて、少し心が和らいだのが分かった。私は人間が嫌いだが、家族も嫌いだったわけではない。妹は可愛いと思うし、親にも育ててもらった恩を感じている。少なくとも、家族のみんなは真っすぐに私を見てくれていたし愛してくれた。だからこそ、いいところに就職できるよう、親孝行ができるよう、辛いことばかりでも、大学に通えていたのだ。
なので、私が死んでしまったとしたら、家族を悲しませてしまうし、何も返せていない。そう考えていたのだ。
「でも...そうだとしたら、私は元の世界では行方不明者...ってことになるんですか?」
「いい質問だね!黒ちゃんがこちらに来た時点で、あの世界の時間は止まっていると言っていい。そうだな、もっと詳しく言えば、本来いるべき観測者の一人である君が違う世界にいるんだ。元の世界はエラーを起こして止まっているのさ。」
時間が止まっている。そうなると、私が行方不明になったとか、そういう騒ぎが起こらないということか。とてもありがたい話だった。
「ここまではいいかな?」
「えっと、はい。私は元いた世界とは違う世界に来ていて、私のいた世界の時間は止まっている...ですよね。」
「そうそう!すぐに現状を受け入れてくれて助かるよ~。説明しても、『嘘だ!』とか『夢だ!』とか言って、頑なに信じてくれない人もいて大変なんだ~」
「あの...その、前の話もそうなんですが、その言い分だと私以外にも転移してきた人がいるんですか?」
「うん。いるよ!」
あっさりと衝撃事実を認める天使。
「この世界、僕たちはラシャータと呼んでいるんだけどね。ここでは、転移してきた人が死ぬ、または転移、転生したら新たな転移者を君の世界からランダムに呼ぶようになっているんだ」
「だから、少し前に僕が言った『あの子』っていうのは、転移してきた子の中の1人だね!」
「そうだったんですか...」
「うん!それとね、これから言うことは大切な事だから、よく聞いて」
ドヤ顔ばかりしていた天使は、ふと真面目な声音で、顔を私に近づけた。顔を見て話すのが苦手な私は、このとき初めてきちんとアリシアの顔を見た。整った目鼻立ち。透き通るような肌。瞳の色は、夏の透き通る空を思わせるきれいな蒼色をしていた。
「転移した。と言っても、今はまだ完全な状態じゃないんだ。今、黒ちゃんが戻りたいと言えば、そのまま元の生活に戻れる。記憶を消したりなんかもしない。"あの子"は、ここで戻ることを選択し、ここでの少しの体験を元に本を書いたのさ」
「戻らないとしたら、今度こそちゃんと転移することになる。転移した後に死んでしまったら、元いた世界では存在がなかったことになり、誰の記憶にも残らないんだ」
誰の記憶にも残らない。これは...辛いことだと思った。可愛い妹や育ててくれた両親。少ない人数だが、私を忘れてほしくはない人たちは確かにいる。でも、今戻ったとしたら、毎日、同じ日を繰り返すだけの灰色の日々。暗く沈む心の先に見えた光である、この"異世界転移"を諦めろというのか。
諦めきれない。あの生きづらい世界ではなく、新しい世界で生きられるこの機会を、手放せるはずがなかった。
「...うん。そうか。君は行くんだね。これまで多くの人間を見てきたけど、君の瞳は誰よりも深く、重い。君なら大丈夫だろう。ささやかながら、天使の祝福だ。小夜世 黒。君に楽しき日々があらんことを。」
そういって、アリシアは私の額にキスをした。
普段なら赤面していることだろうが、そうはならなかった。慈愛というのはこのことを言うのだろう。優しく抱きしめられたような、暖かい感覚が身を包んだ。
「...。ありがと、アリシア」
「ふふっ。やっと"さん"を付けずに呼んでくれたね。嬉しいよ」
アリシアに微笑まれて、むず痒い思いだった。普段なら、こんなに人に気を許した事がない。彼女からは、きれいで純粋な気持ちが感じられたからだろう。さすが天使というべきか。
「最後にこの世界の構造についてだけ説明しておこうか。この世界は上から神界、天界、人間界、魔界、獄界の5層から成っているんだ。そして、それぞれの界層を繋ぐのがダンジョンと呼ばれるものさ。詳しくは、旅の楽しみにでも取っておいてくれ」
「そして、これは重要なことだが、神界に至れば転移を。獄界に至れば転生ができる。と言われている。天使の間での言い伝えだ。誰も未だ到達したことがないんだ。だから、詳細については分からない。ごめんね。」
そういって、アリシアは申し訳なさそうな顔をした。
「天界...ってことは、アリシアはそこに住んでたりするの?」
「さすが鋭いね!そう、天界に僕たち天使は住んでるよ。元々、この転移者システムは、他の種族に能力で劣る人間のための救済措置みたいなものだからね。転移を司ると言われている、神の使いであるとされる僕たち天使がこうやって案内を務めているのさ」
「だから、君が人間界から天界まで上がってこれたら、また会えるかもね!」
そういって、アリシアは楽しみだと笑った。
「だいたい、大まかにはこんな感じかな。あとは、目と鼻と足。全身で感じて、知っていくといい」
「あと、さっき言ったように、転移者は人間にとっての勇者みたいなものだ。とても強くなれるよう加護が得られるから、心配しないで大丈夫だよ。存分にこの世界を楽しんでおくれ!」
そう言うと、アリシアは羽を広げると、高く舞い上がった。その美しい姿に見惚れていると、黒の体が光り始める。その光は徐々に強さを増していく。
そして、アリシアは空中で黒に手を伸ばしながら叫ぶ。
「さぁ!
黒もアリシアに向かって手を伸ばす。そして光が周囲を飲み込み、意識が飲み込まれる中、最後にアリシアの声が聞こえる。
「あっ!言い忘れてたけど、出発地点だけはこっちで決められないんだ!変なとこに出ても、僕のせいにしないでよ!!!」
黒は今それを言うかと思いながら、意識を手放すのだった。
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