2話 私は今天使と出会う

 ただそこは、真っ暗な空間だった。

 どれほどの広さなのか検討もつかない。

 それどころか、足が地面についている感覚がない。浮いているのだろうか。それとも、落ちているのだろうか。それすらも分からない。

 それと、猛烈に気になる点があった。


「なんで...裸...」


 触覚は生きている。何も見えないが、何も着ていない状態であることだけは分かった。



 ○●○●



「ん...」


 どれほどの時間、その空間にいたのかは分からない。1分か、それとも1日か。

 最初のうちは出口がないか探そうと、もがいたりしてみたが、そもそも進んでいるかさえ分からないのだ。

 次第に肉体、精神共に疲れ果て、今では、いろいろな感覚が希薄になっていた。

 この地獄のような時間を終わらせたのは、不快に思うほどの大きな女性の声だった。


「ごっめーん!!!」


 心臓が張り裂けるかと思った。これまで観たホラー映画のびっくり度合を軽くオーバーするほどだった。

 ちなみにホラーは苦手である。しかしなぜか、ホラー映画を視聴したくなり、その度に後悔するのであった。


「足が...地面についてる」


 その大きな声が聞こえた直後、そこは地面と呼べるものがある空間となっていた。

 地面の感触はあるが、周りは未だ真っ暗であるため、なにも見えない。

 これほどまでに、地面に立っていられることをありがたく思うことは、今後ありそうにないと思った。


「いやー、ほんとごめんね!別に忘れていたわけじゃないんだよ?ただ、仕方なかったんだ。うん」


 声は頭上から聞こえる。目を向けるとそこには、白い羽を携えた、純白のワンピースを着た女性が浮かんでいた。

 というか、その人は発光していた。


「あの...」


 まだ何やら弁解のような言葉を並べている、天使のような人に声を掛けてみる。

 目覚まし時計がどうだのと聞こえたが、気にしないでおこう。


「ん...?あぁ、すまないね。自己紹介が遅れてしまった!」


「私の名前はアリシア。天使だ!」


 天使だ!とドヤ顔をされてしまった。私の知っている天使はもう少しお淑やかだった気がする。

 アニメや漫画で見た存在ではあるが。


「あっ、はい...えと、私の名前は小夜世 黒さよせ くろです。えっと、人間です」


 人間です、と自己紹介するのは不思議な感じだったが、天使と名乗られたので、そう返すべきだろうと思った。


「おや?あまり驚かないんだねぇ。私としては宥めるのがメンドク...んんっ!!大変だから助かるんだけどもね!」


 馬鹿な訳じゃないのでメンドクサイと言おうとしたことは分かった。

 それと、この人...天使?が嘘をついていないことも分かる。

 人の感情や思考が感覚的に分かってしまう体質であるが、どうやら天使にも有効らしい。


「こういう展開、見たことがあるので...アニメとかで...」


 私のこの体質のことは言わない。信じてもらえるか怪しいし、言う必要もない。


「アニメ?あぁ、君の世界の娯楽の一種か!確かあの子が書いた本、アニメになっていたねぇ」


「っと、気が利かなくてすまないね。とりあえずこれを着るといい」


 そう言って、天使は自分が着ているのと同じ純白のワンピースを手渡してくる。

 その時やっと意識したが、そういえば裸なのだった。

 暗闇空間にずっといたせいで、羞恥心や注意力が希薄になっていたらしい。

 許すまじ。暗闇空間(勝手に命名した)


「あ、ありがとうございます...えと、天使さん」


「ははっ、そこはちゃんと動揺するんだねぇ。あまりにも堂々としているからそういう趣味なのかと思ったよ」


「あぁ、それと僕のことはアリシアでいいよ!くろちゃん!」


「分かりました...えと、アリシアさん」


 そういう趣味だと思われていたのか...結構ショックだった。

 ショックで忘れそうになったが、気になることをアリシアは言っていた。


「あの、さっきあの子が作った本って...」


「ん?あぁ、あの子っていうのは、君の、えっと、何回目だっけ...確か4回目前かな?の転移者のことさ」


 なんともいきなりすごいネタバレを食らったような気がした。


「そうだね、自己紹介も済んだことだし、そろそろこの世界について説明しようか!」


 こうして、またもやドヤ顔をする天使、アリシアは私にこの異世界の説明を始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る