別れの夏

 それからというもの放課後には彼女と遊び、気が付けば夏休み目前になっていた。連絡先も交換をし、毎日やり取りをする日々が続く。けれど、彼女は学校に来ていなかった。理由を聞いても、体調が悪いだけ。としか教えてもらえずに悶々としながら夏休みに入ってしまった。友人たちは皆、勉強漬けであったりオープンキャンパスに行ったりと忙しそうで、でもキラキラしていた。俺とは違って。


 夏休み中盤。ようやく彼女の体調も良くなり、会いたいというメールが届いてからは毎日遊ぶようになった。それも全部、彼女が計画をして、したいことをしていた。それでよかった。苦でもないし、普通に楽しかったから。

 今日は彼女の家に招待され、お菓子を食べながら課題をやることになった。彼女のことを何も知らぬまま遊んでいた俺は、招かれた家が一般家庭より大きく、驚いていた。クラスの奴が言ってた気がする。親が医者だとかなんとかって。でも別に、どうでもいい話だ。


「なぁ、何で学校休んでたんだ?」

「前も言ったじゃない。体調が悪かっただけ」

「ほんとか?まぁ、いいけど」

「そういえば、なりたいもの見つかった?」

「まだに決まってる。秋になるまでに決めればいいんだよ」

「そんなこと言ってると、私も置いてっちゃうからね?」

「そういうお前はどうなんだよ。なりたいものって」

「私?私はね。お花屋さんになりたいんだ!」

「幼稚園児みたいだな、お前」

「なっ!いいでしょ!お花、好きなんだから!」

「わかったって!じゃあ、聞くけど何の花が好きなんだよ」

「えっとね、一番好きなのはスイートピー!けど、クローバーも好き!あとはー、勿忘草も!」

「多いなぁ」

「好きなものは好きなの!」

「はいはい」

「もう!」


 笑顔な彼女はとても楽しそうで、つられて笑う俺も楽しくて。こんな日が続くと思ってた。卒業までずっといられると思ってたのに。


 「将来なりたいもの、ちゃんと見つけておくんだよ!!」


 そのメールを最後に……


―――彼女と連絡が取れなくなった。


 夏休みが明け初日の学校はみんな笑顔で登校して、久しぶり。とか、元気にやってたか。と夏休みをどう過ごしてたかといようなやり取りばかりだった。俺はただ一人、うかない顔をしてみんなと話していた。気が乗らない。彼女からの連絡が一切ないからだ。

 六限目は学年集会で体育館に三学年だけ集まっていた。彼女の姿はなく、不安だった。また体調が悪くて休んだ。そう思っていたのに。先生は暗い表情で俺たち生徒の前に立った。そして耳を疑うことを言い放った。



「A組の島崎 陽菜さんが昨夜、持病により亡くなってしまったと両親から学校のほうに連絡がありました。みなさん、明日は葬儀があるので用事がない人は出ましょうね。黙祷をささげましょう。……黙祷」



 他人事のような言い分に俺は何も言えず、彼女が死んだということを受け入れずにいた。それからは早い。後日の葬式も、出席したはいいものの、祭壇の真ん中に大きく飾られた彼女の笑顔な遺影を見つめるだけで、気が付けば葬式は終わっていた。涙すら出なかった。彼女の死を泣いてすらやれない俺はずっと、彼女の遺影を見つめていた。急に後ろから声をかけられたと思えば彼女の両親で、話をさせてほしいと俺を空いている部屋へ案内してくれた。そこで聞いたのは彼女の持病と闘病生活。原因不明の病に侵され、頑張って学校に行っていたが夏休み後半、急に様態が急変し、病院に搬送されて入院していたという。学校に行く準備もして、俺に会う準備もしていたと、家族の前で楽しそうに俺と遊んだ話をしてくれたと、泣きながら感謝を伝える彼女の両親に、何も言えずにいた。けど一つだけ俺は、彼女の両親に伝えた。


「俺は、彼女に助けられてばかりで……本当に、何もあげられなくて。返すことなんてもうできないけど、最後にこれだけは伝えられなかったので言いたいんです。……彼女の笑顔好きでした。キラキラと輝く向日葵のようなあの笑顔が……」


 それ以降の俺は毎日、彼女と出会ったあの場所で進路に向かって勉強を続けている。ふと、机の中に手を突っ込むと一冊の本が入っていた。見覚えのある栞が挟んである。彼女の愛読していた本だ。栞の挟んであるページを開くとそこには、花の種類と花言葉、花言葉は類似する花の種類が載ってあった。そこには彼女の好きだといった花が載ってある。



 スイートピー/小さな喜び。優しい思い出。



 そのほかにもたくさん載っている。だけどその花たちには共通して同じ花言葉がつけられていた。


――私を忘れないで


 その花言葉に俺は彼女の葬式後、初めて涙が流れた。何もしてあげられなかったけど、彼女の小さな喜びも、優しい思い出もすべて俺たちが共有して、初めて通じ合えるものだった。これから先も忘れちゃいけない事だ。

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